第21話 その魔法は誰が為に
●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン11階層
地に伏せている。【重力魔法】、強力な魔法だ。未攻略ダンジョンの奈落のモンスターが固有魔法持ちなんて、初めて知った。
なるほど、俺では勝てない。けど、諦める理由にはならない。第一、今の俺では、だ。
リリィ先輩は、無茶な試練は与えない。あの人は、俺が乗り越えられるギリギリを与えてくる。
そこには俺の願望が入っているかもしれない。でも、ただモンスターの魔法で叩き潰すなんて芸の無い事を彼女がするとは思えない。
何故か? それは、――リリィ先輩もまた、配信者だからだ。
これはコラボ企画だ。彼女の思惑が多く入っているとしても、その前提にはコラボであるという事が、まず初めにあるのだ。
だから、俺が乗り越えられるヒントが紛れているはず。
何か、何か――――
『固有魔法は、その人の願望を色濃くうつしだすの。だから思いだして、あなたの原点を』
――――俺の原点。
俺は目立ちたがりだ。そんな俺の固有魔法、【領域魔法】はなんだ?
俺が目立つ為に役立っているか?
答えは是。役立っている。この魔法が無ければ俺はS級にはなれなかった。この魔法が無ければ俺は配信でバズらなかった。
だが、それは間接的に、だ。固有魔法自体が目立っているわけではない。
もし、固有魔法が俺の原点を元に芽吹いた才能ならば、それはおかしいのではないか。
「固有魔法。願いが芽吹く、才能の原点」
なるほど?
目立ちたがりな俺に発現した、この固有魔法の核心は何だ?
【領域魔法】の本質とは。俺の原点から考えろ。
空間の支配? 敵の殲滅? 違う。全部、副次効果にすぎない。
この魔法の本質は――――
「(俺の承認欲求を満たす為の場を整える事にあるッ!)」
このままだと、俺は負ける。いや、今この瞬間、敗北している。
ボロボロになって、先輩にトドメを刺されるのだろう。
そして、俺が無様に地べたに伏せて負けた姿が世界に出回るのだ。
あぁ、俺を煽るコメントが目に見える。
▼コメント
:S級最弱探索者シルバー爆誕www
:ロリに負けるS級さん笑
:S級探索者による華麗なる床ペロ動画
:あ、S級って言ってもピンキリなんですね!!
そんなの許せるか?
許せるわけないよなぁ???
ハンデで魔法が使えない?
リリィ先輩は、力の剥奪をリセットと称していた。つまり、今の俺の身体は探索者になる前と同様、魔法を宿していない状態という事だ。
固有魔法が人の原点から芽吹くのなら、俺の原点はいつでも俺にある。
逆説的に、俺の原点が挫けぬ限り、何度リセットされようとも、俺は幾らでも固有魔法を芽吹かせられる。
つまり、俺が
屁理屈にしか聞こえないが、屁理屈でも理屈が通っているなら構わない。そもそも魔法に理屈を求めるな。
だから来い! 魔法よ発現しろ! というかしてくれ!!
「(なんだ……?)」
ぶっちゃけるとダメ元だった。今のハンデマシマシ状態ではリリィ先輩に勝てる方法が、お祈りくらいしか思いつかなかった。
――だからコレが先輩の思惑通りなのかは分からない。
熱心に祈ってると、ふと、胸の内が熱くなった。
何かが欠けていたその場所を熱く満たしてくれるような。
そうだ。この“熱”を俺は知っている。俺が【領域魔法】を扱う時に動かしている――
「(そういう事か)」
――今、全てを理解した。
「(俺は今まで、【領域魔法】を感覚で使っていた)」
この“熱”は魔力だ。ダンジョンに満ちているモノとは違う、俺だけの魔力。
俺が【領域魔法】を使う時は、いつもこの魔力を外の空間に押し出していたのか。
そうして外へ広げた魔力に概念を付与していたんだ。
分かる。
ただ剣を渡された素人よりも、剣術を解した玄人が強いように。
これから俺は【領域魔法】を、俺が目立つ場を整える為の道具だと理解した上で行使する。
この“熱”――魔力に俺の原点、俺の底無し承認欲求を乗せて領域を顕現させる。
――そう心に決めた瞬間、歯車が噛み合ったような、パズルのラストピースをはめたような感覚が身体を包み込んだ。
――
「(感じるぞ、この身に宿る目立ちたがりの魔力を。今までとは格段に違う魔法の
探索者に成り立ての頃の、初めてスキルや遺物を手に入れた時のような万能感。
ああ、今すぐにでもこの魔法を解き放ちたい。
だが、何事も俺に課されている【重力魔法】をどうにかしなくては始まらない。だって地面に伏せながら魔法を使うとかカッコ悪いだろ。そんな状況で魔法を使っても目立てない。
そして、この魔法は既存の領域では打ち消せないだろう。
だったらどうするか。単純だ。既存の領域じゃ太刀打ち出来ないのなら、太刀打ち出来る領域を作れば良い。
相手が重力を課している空間に、わざわざ領域効果を重ねて敷く必要はない。俺だけが【重力魔法】を乗り越えられれば良い。
だから、その領域に込める概念は――――
「【領域魔法】、『
――効果、『俺に対する全固有魔法の無効化』。
新たな領域の創造。本来であれば多くの時間と労力が必要なソレを刹那で生み出せた。
実感する。俺は今、羽化しているのだ。単なる新人S級探索者から、誰もが認める
俺にかかる圧力が無くなった。
立ち上がる。俺という、固有魔法の効かない人型領域が今、生み出された。モデルはシトリンだ。彼女が俺の固有魔法を無効化するように、俺は他人の固有魔法を無効化する。
これで重力は元に戻った。固有魔法を打ち消したのだ。リリィ先輩の【遊戯魔法】すら、今の俺には効いてない。
【遊戯魔法】が効かなくなった結果、着ている軍服が変わる。スキルと遺物が復活する。
リリィ先輩を見据える。
強くなったように見えて、戦況は何も変わってない。イーブンになっただけ。スタートラインに、俺はようやく立てた。
「……ほんとうに、すごいよシル坊。あなたはいつも、わたしの想像をこえてくれる」
「口調が変わってますよ、リリィ教官」
「そんな事、もういいよ。でも、シル坊? どうやってわたし達に勝つ?」
黒の巨狼だけじゃない。大小様々なシルエットが現れる。みな、奈落の怪物なのだろう。
でも、今の俺の敵じゃない。
強化された身体能力を操り、領域魔法の核心に至り、無数のスキルを習得し、大量の遺物を振り回す。
そんな俺は――
「S級探索者、シルバー。ここに見参」
――他を寄せ付けない、
怪物達が向かってくる。無駄だ。
今の俺なら、出来るだろう。
「【領域魔法】、『
パチンと、指を鳴らした。
以前までは出来なかった複数の領域の発動。
重要なのは、各領域を構成する魔力の維持だったのだ。レイヤーを分けるように。意思を固く持て。
俺を目立たせる為の領域を、世界に見せつけろ。
今の俺なら、複数の効果を維持したまま複数の領域を展開できる。固有魔法の本質に辿り着いた俺ならば。
無銘領域で彼等の固有魔法は効かない。その上で俺の固有魔法は彼等に通る。強者と弱者の関係が逆転した。
しかし、非効率だ。わざわざ敵が領域に入ってくるのを待つなんてめんどくさい。領域を広げるのもダルい。
そうだ。新しい領域を作ろう。込める概念は『虚無』。圧縮した領域を、斬撃の如く、モンスターに向けて放つ。
名付けるなら。
「【領域魔法】、『
不可視にして、不可侵の極薄領域がダンジョンを一閃する。世界が上下に斬られた。
狼のような影が斬られた。
象のような影が斬られた。
巨人のような影が斬られた。
先輩が呼び出した巨大モンスター達のシルエットが、次々と崩れて消えていく。
小型ゆえに、その一閃から逃れたモンスター達は、灼天領域で焼かれていく。
死の間際に魔法を放ってくるモンスターも居るが、俺には効いていない。
雷鳴はかき消され、大瀑布は消失し、煉獄は沈黙する。
「ハハッ」
その光景に、笑いがこぼれる。
未攻略ダンジョンの奈落のモンスター。強力だ。強力だった。それでも、――俺の承認欲求には敵わない。
「(聴こえてくる。視聴者達の歓声が……俺をたたえる世界の声がッ!)」
気づけば、全てのモンスターを倒していた。
残っているのはリリィ先輩だけだ。
「……おめでとう。この『ダンジョンブートキャンプゲーム』はわたしを倒してクリアだよ」
「リリィ先輩」
「なに?」
感謝を。このコラボ企画で、進化を遂げた。
今の俺なら、誰にも負けない。
偽りの最強じゃない。俺が望んでいた、他を寄せ付けない圧倒的な強さを手に入れた。
これで、俺の配信は更なる次元へと到達できる。俺が目指す、最強の配信を提供できる。
「ありがとうございます」
「……どういたしまして」
俺は静かに、痛みのないように、一瞬でリリィ先輩を魔法で殺した。
目の前にホログラムが浮かび上がる。
《Congratulations!》
これで、全てが終わりだ。
……そう言えば、目の前に浮かぶコレも先輩の固有魔法の効果の一部だよな。どうして先輩を殺したのにそのままなんだ?
まあ良いか。疲れた。先輩が凄いからだろう。うん。
振り返ると、地面にへたり込むシトリンがいた。
思えばこのコラボ中、あまり話せなかった気がする。
心配させてしまっただろうか。途中まで、俺の負けフラグが立ちまくってたし。
シトリンに近づき、その頭を撫でた。地面に座ってるからちょうど良い高さだ。
「安心してくれ。僕は一人でも最強なんだよ」
ちょっとキザったらしいだろうか。まあ、これくらいのカッコつけ許してほしい。
――こうして、俺の初コラボ企画は終了したのだった。
***
マスターが無双している。
シトリンが勝てないと悟った怪物達を、瞬殺していく。
マスターが実力を隠していた訳ではない。
急激に進化していっている。真なる奈落の怪物達との戦いに、適応していっている。
シトリンの身体が震える。これは畏怖だ。
全てのモンスターを殲滅し、リリィすらも殺したマスターが歩いてくる。
――あぁ、やはり、マスターは神だった。
手が伸びてくる。
マスターが触れてくれるだけで、シトリンの心は満たされ――――
「安心してくれ。僕は一人でも最強なんだよ」
――え?
そうだ。このコラボ企画で、活躍したのはマスターだ。シトリンは、ただその場にいただけ。
最初から、最後の戦いまで、シトリンは不要で、マスターだけで乗り越えた。
「(私は、マスターにとっての何?)」
リリィの言葉で理解した。ただマスターの後ろで付き従う人形ではダメなのだ。
「(私の価値は、何?)」
シトリンという存在は、マスターにとってどんな利益になる?
「(私は、何の為に生きてるの?)」
マスターの心の中は、……既に何も見えていない。シトリンがそう望んでいるのか、はたまた別の理由か。
――その人形は悩み続ける。自身の存在理由、レーゾンデートルを。
*――――――――――――――――――――*
【読み飛ばし】あとがきというか落書き【推奨】
ここまでお読み頂きありがとうございます。
コメントなど返信できなくてすみません。全て読んでいます。感謝。
不穏な終わり方ですが、これにて2章S級コラボ動画編は終了です(嘘です掲示板回等をはさんで終了します)。
ネタバレになるかもしれないのですが、本作は30話前後、10万字程で一旦締めくくれるようにプロット的なのを組んでいます(ちなみに3話目くらいからプロットとのズレが出ています草)。
なので、あと1、2章でこの物語の本編(あるいは第一部)は終了となります。
それと、本作とは何も関係ないのですが、作者はハッピーエンドが大好物です。関係ないですけどね。
以上by作者より
P.S.
このあとがきは後で消すかもしれません。あとけしです。
それと
すみませんm(_ _)m
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