第20話 ダンジョンブートキャンプ3日目

●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン10階層


 3日目が始まる。

 マッチョメンが消え去り、俺一人だけ寂しく並んでいる所にリリィ教官とシトリンがやってきた。


「よし、これより3日目の訓練をはじめる!」


 手を挙げる。


「なんだ、シルバー!」


「マッチョメン……ジョンソン達はどうなったんですか?」


「やつらは敗北者だ! すでに世界から消えさった存在だ! そんな負け犬のことをきにするな!」


 分かっている。もともと、彼女が創り出した存在なのだ。彼等を生かすも殺すも彼女の手のひらの上なのだろう。


「撤回を。彼等は僕という勝者の心の中で、共に生き続ける。負け犬なんかでは、断じて無い」


 彼等の訴えすらも、彼女の策の内かもしれない。それでも、俺は動かされた。彼等の熱にあてられた。ならば俺は、彼等の遺志を引き継ごう。その方が視聴者からの支持が得られそうだし。


「わたしに意見するのか?」


「ええ。必要とあれば、僕はあなたを倒して認めさせよう。彼等の遺志を受け継いだ、僕等の『強さ』を」


 勝手に口が回る。未だにスキルは復活していない。これは、俺の本音なのだと実感できる。


「そうかそうか。ならば、みとめさせてみよ! 3日目の訓練は、わたしが相手になろう!」


 え?


「もちろん、ハンデはなくしてやろう!」


 こ、これは……っ!


「身体能力が上がった……?」


 依然、魔法とスキル、遺物は使えない。でも、身体能力が上昇した。


「おまえがこのブートキャンプで身に付けた身体能力にくわえて、レベルリセットの時に剥奪したS級探索者としての強さを、もどしたのだ! 今のおまえは、ブートキャンプ前の数倍の身体能力を身につけたことになる!!」


 お、おお?


「(それじゃあ、先輩には勝てないのでは……?)」


 なんか強くなったように見えて、絶望的な戦力差に変わりはないんだが。


「シトリンが仲間になるとか……?」


「え? そんなわけないよ。シトちゃんは審判役。わたしとシル坊の一対一だよ……あ、シルバーとわたしのタイマンだ!」


 流石に手加減してくれるよね??




 ***

●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン11階層


 はい。そんな風に思っていた時期が俺にもありました。

 ガチじゃん。


「ほら、よけないで! 【遊戯魔法】、『モンスターパレードゲーム』!!」


 無数のモンスターが湧いてくる。倒しても倒してもキリがない。

 モンスターの隙間を縫ってリリィ先輩のところに近づいても…………


「『てれぽーと』!」


 と、このように逃げられてしまう。


 襲ってくるモンスター達は敵じゃない。

 上昇した身体能力には、既に慣れた。ブートキャンプで学んだ体の動かし方も適合させた。

 今の俺は、魔法使い系探索者じゃない。戦士系探索者シルバーだ。

 深層までのモンスターなんぞ、腕を振るうだけで倒せてしまう。

 

 それでも届かないのが、S級探索者リリィという事だろう。


 ……もし、全てのハンデが無かったのなら、俺は彼女に勝てるだろうか。

 分からない。俺の固有魔法すらも超えてしまう強さが彼女にはある。


「……これじゃあ終わらないね。ここからはズルみたいなモノだから、シル坊にもアドバイスをあげるよ」


 なんだ?


「固有魔法は、その人の願望を色濃くうつしだすの。だから思いだして、あなたの原点を」


 瞬間、俺は膝をついていた。俺だけじゃない、周囲を埋め尽くすモンスター達は押し潰されて塵と化している。

 上からかかる圧力を、なんとか押し返して顔を上げる。

 リリィ先輩の真横、黒い巨狼が座っていた。


「この子は未攻略ダンジョンの奈落のモンスターだよ」


 この攻撃は、まさに――――――


「真なる奈落のかいぶつ達は、魔法をもっているの。この子のまほうは【重力魔法】。わたしが出会ってきたモンスターの中でも強かった方だよ?」


 分かる。分かってしまう。俺の身体能力だけでどうこうなる相手じゃない。仮に魔法が、スキルが、遺物が万全に使えたとしても、抗う事ができるか不明な相手。


 強くなったと思っていた。

 ――配信では、多くの人が賞賛してくれたから。


 強くなったはずだった。

 ――俺は、S級に認められたんだ。

 

 突きつけられた。

 ――そうか、俺は強くなったと、勘違いしてたのか。


 


 ***


 マスターが地に伏せた。起き上がる気配はない。シトリンはその光景を、審判として、第三者として見ていた。

 その光景を、彼女の中の神話が崩れるのを、ただ見る事しか出来なかった。


「(マスターは、勝てなかった)」


 シトリンは考える。以前までのシトリンだったら、何も出来ずに、呆然ぼうぜんと立ち尽くす事しか出来なかっただろう。

 でも、リリィにより現実を教えられた今のシトリンは違う。


「(私では、絶対に敵わない怪物。でも、私とマスターなら――――)」


 試合が始まる前に、怪物リリィに言われた事が、心に残り続けていた。


『シトちゃんはさ、なんでシル坊を絶対視するの?

 シル坊は強いけど、最強じゃない。凄いけど、神なんかじゃない。

 あなたはシル坊を見ているようで、何も見ていない』


『そもそも、――あなたは何でシル坊の側にいるの?

 その感情は、本物なの?

 遺物として植え付けられた、ニセモノじゃないの?』


『もし、全てを理解した上で、あなたがシル坊と共に居たいと願うなら』

 

『ともに戦いたいとおもうなら、――わたしは歓迎するよ』


「(二人でなら――――)」


『――もっとも、その時はシトちゃんも、シル坊も、ぜんりょくで叩きつぶすけど』


 今のシトリンには、機械の身を駆け巡るこの衝動が、どんなモノなのか分からない。

 リリィの話す言葉が真実なのかも分からない。


 分かる事は一つだけ。


「(――――私は、マスターと共に)」


 この感情が、マスターの所有する遺物の効果として植え付けられたモノなのかは分からない。分からなくて良い。


 我思う、故に我有り。


「(私がマスターと一緒に居たいから、私はマスターと共にある。そこに本物も偽物も関係はない)」


 走り出す。


 審判としての領域を出た瞬間、体がとても重くなる。


 今のシトリンにあるのは上昇したマスターの身体能力のみ。スキルも遺物も封じられている。


 それでも、地べたを這いずろうとも、マスターへと手を伸ばす。そうすれば、何かが変わる気がしたから。


 あと少しで、マスターに触れれる。


 声がした。他ならぬ、マスターの声。


「……。…………、…………。」


 何かを呟いている。


 ほんの少しの距離。指が届く瞬間――――


「【領域……、『……域』」


 ――その手は、永遠に届かない。

 

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