第19話 ダンジョンブートキャンプ2日目
●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン9階層
ふと思った。俺がS級になれた、一番の要因は何だろうか。
目の前には、のたうち回る、下層の代表的モンスター、ワイバーンの姿。
ここに来るまでに、それはもう死にまくった。二桁後半くらい死んだ。
だが、それらの死は無駄じゃなかった。
モンスターと戦う度に、自分が進化していくのを感じ取れた。そして、俺が今までどれだけ魔法に頼りきっていたのかが分かった。
身体の動かし方をようやく理解したのだ。
話を戻そう。
俺がS級になれた理由。
固有魔法の才能? 強力な遺物の獲得? ダンジョン探索者への適性? ダン協からの信頼?
どれも違うのだろう。
俺がS級になれた、一番の理由、それは――――
「(――圧倒的な承認欲求ッ!)」
今も、ここまでのコラボ動画を見た視聴者のコメントが目に浮かぶ、予想できる。
▼コメント
:ミノタウロスにボロ負けするS級さん
:よっわ
:S級ってこんなモンなんだ。俺でもなれるわwww
:スライムと死闘笑
:こんなのがS級とか失望しました
グハッ。
俺のS級メンタルが……殺されるッ!
実際、これまでの俺の動きはクソだ。
課されたハンデを嫌がり、コラボ相手にゴマを擦りに行ったり。
中層のモンスターにボコボコのポコポコにやられたり。
俺的には強くなった満足感があるわけだが、視聴者にソレは伝わらないだろう。
第一、俺の承認欲求を満たせない強さなんぞ要らない。
これからだ。これから挽回するのだ。
――俺はそうやって自分を鼓舞し、十層へと降りて行った。
「(あぁ、初配信で貯めた承認欲求貯金が尽きて行く……)」
――ちなみに、鼓舞しきれてはいない。
***
●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン10階層
ダンジョンブートキャンプ2日目が始まる。
なんとか間に合った朝の集合時間。現在はマッチョメンに囲まれて、リリィ教官を待っているところだ。
トコトコとリリィ教官が歩いてくる。彼女の後ろに居るのは――――
「よし、ぜんいん居るようだな! 今日は――――」
「ちょっと教官? 何で
シトリンが教官側に回っていた。
「ん? シトちゃん……じゃなかった。シトリンは優秀なのでな、教官がわにまわってもらうことにした!」
えぇ?
「というか、おまえ、わたしの話をさえぎったな! 死ね!」
俺は殺された。そして、2日目の内容は、一対一の対人戦トーナメントのようだ。相手はマッチョメン。
ふ、マッチョなんて、所詮は見かけ倒しだという事を視聴者に教えてやろうではないか。
***
目の前にマッチョが立っている。
『僕はE級ブートキャンパーのマイケルだ。新入り、お前に先輩の実力を見せてやろう』
無防備で駆け寄って来たマイケル。俺は彼の太い足を蹴り飛ばした。そして、倒れ込んで来た彼の顎を右拳でクリーンヒット。
マイケルは気絶した。
勝者、俺。
***
目の前にマッチョが立っている。
『俺はD級ブートキャンパーのラスカル。弟分のマイケルをよくもやってくれたな新入り! ハァッ!』
飛び膝蹴りを喰らわそうとしてきたラスカルを避けて、そのまま彼の後頭部にカウンターキックを喰らわした。
ラスカルは気絶した。
勝者、俺。
***
目の前にマッチョが立っている。
『私はC級ブートキャンパー、ザリオンだ。語る事は何もない。戦いの中で語りあお――――』
なげぇ。彼の懐に入り込み、
ザリオンは悶絶しながら降参した。
勝者、俺。
***
目の前にマッチョが――――
『俺はB級――――』
弱い。
目の前にマッチョが――――
『俺はA級――――』
弱くは無いが、強くも無い。
ここまでの戦いで気づいた事がある。
俺に掛けられた身体能力の枷は『封印』ではなく、『リセット』だったという事だ。
どういう事かというと、封印なら身体能力は変動し得ない。しかし、ダンジョンに潜った人間が強くなっていくように、俺も今この瞬間、身体能力が上がり続けているのだ。
F級レベルの身体能力から、今の俺はS級レベルの身体能力を取り戻しつつある。
感覚的な話になる。封印が段階的に解かれているというよりも、一度ゼロになった身体能力を、ゼロから築き上げているという実感。
このダンジョンブートキャンプ、俺というS級探索者をリビルドする為のモノなのかとすら、考えてしまう。
「トーナメント最終バトルだ! この勝者が最終日のブートキャンプまですすめるぞ!」
リリィ教官が叫んでる。つまり、コラボ的に考えて、この最終戦で勝つのは俺確定という事でよろしいか?
目の前に、見覚えのあるマッチョが立っている。
『よお新入り。ここまで来たのか……俺はS級ブートキャンパーのジョンソン。悪いな、お前を倒して、俺はこのブートキャンプから卒業させてもらうぜ』
そうか、悪いなジョンソン。ここで勝つのは、リリィ教官が生み出したNPCなんかじゃなくて、プレイヤーである俺なんだよ。
『行くぞッ!』
ジョンソンが構えた。拳をじゃない、ポージングだ。あれは、モストマスキュラー!?
……は?
「ここは、ボディビルディングの会場じゃ無かったと思うけど……え?」
『ヌんッ!』
ジョンソンの軍服が弾け飛んだ。新たに視界に入るのは、黒光りし、隆起する彼の見事な筋肉達。
それだけじゃない、今の彼が漂わせる覇気は、深層のモンスターにすら引けを取らない……ッ。
『本気でやろう。新入り、これは漢のタイマンだ』
……これ、ちゃんと俺が勝つように出来てますか??
***
全力で殴り合うマッチョとマスターを眺めるシトリン。
「ねぇシトちゃん。どっちが勝つとおもう?」
そんなの――
「マスターに決まってるでしょう」
「本当に?」
なんだその言い方は。まるで、マスターが負けるかのような――――。
シトリンは今一度、マッチョとやり合うマスターを見た。
そして気付く。
「(……押されてる?)」
「今のシル坊はA級上位くらいの身体能力なんだよね。対するジョンソンは……S級最下位レベル――つまり、ほんらいのシル坊とおんなじなんだよ。」
何だそれは。
「でもすごいよね。シル坊はF級からA級レベルまで、一日で成長したんだよ?」
――シル坊に課したハンデはレベルリセット、ゲーム風にいうなら、一日でカンスト目前まで育成したってことかな、とリリィは語る。
「あなたは……マスターに勝たせる気があるのですか」
「あるよ」
シトリンには分からない。マスターは最強だと、神だと思っていた。でも、本物の怪物を知った今では、その認識は揺れ動いている。
「一度リセットされた身体能力をもとのレベルまで引き上げるのは時間がかかるの。だって、探索者の身体能力があがる理由はダンジョンにみちてる魔力を、時間をかけてすってるから。もう一度おなじことをするのに時間が必要なのは当然」
――でも、と彼女は続ける。
「シル坊だけは違う。たったの一年でS級最低条件レベルの身体能力を得るほどの魔力適応能力。わたしですら一度リセットすれば、数ヶ月はもとに戻すのにかかるのに、シル坊は……」
今もマッチョと戦ってるマスターを指さすリリィ。
「……一日で取り戻してる。しかも、もとのS級探索者シルバーとしての身体能力以上に成長しようとしてる」
***
このマッチョ――ジョンソンはブートキャンプで出会って来たどのモンスターよりも、どのマッチョよりも強い。
何より、戦いにくいのは――――
『俺は、俺達は分かってるッ、俺達が教官に生み出された仮初の存在だという事をッ! それでも、生きた証を残したいと思うのは、間違っているのかッ!』
殴りながらそんな事を話かけるんじゃねぇぇぇええええ!
うるせーよ。知らねーよ。なんつーモノを生み出しやがったあのロリッ娘!
ここまで寛大な心で耐えてきたが、もう無理だ。
肉体攻撃だけじゃなく、精神攻撃までしてくるんじゃねーよ!
『マイケルは、本を読むのが趣味だったッ! ラスカルは、彼女のカレンと帰ったら結婚するって笑ってたんだッ! ザリオンは、ザリオンはぬぁッ! 俺達の感情は、全て薄っぺらいニセモノなのかよッ!?』
おい! コレ、コラボ動画に載るんだよな? 明らかに悪役じゃねーか俺の立ち位置!
このままジョンソンが勝ってラスボスであるリリィ教官とやり合うのが正規ルートなんじゃね!?
……心の中で叫んだら落ち着いてきた。
噛ませ犬なんて嫌だ。俺がボコされる動画が広まるのはもっと嫌だ。
俺は目立ちたがりだぞ? 演じるなら――主役級じゃないと許せない。
「違うだろ、ジョンソン」
『あぁ!? 何が違うんだッ!!』
猛攻撃を与えてくるジョンソンに、反撃のヘドバンを喰らわせる。
『グガッ!』
「僕は、君達が創られた存在だと知っている」
よろめいた彼に追撃のエルボー。
「それは抗うことの出来ない事実だ」
『だった――「だったら!!」――!?』
相手を場の雰囲気に酔わせるコツは畳み掛ける事だ。
「だったら、今ッ、君がすべきは、ただ理不尽を嘆く事なのかいッ!?」
ハッとジョンソンが目を見開いた。よし、飲まれているな、俺の演技に!
「生きた証を残す? 大いに結構! 君達の激情の、全てを僕は覚えていよう!」
『新入りに……お前にッ、俺達の何が分かるってんだッ!!』
「分かるさ」
分からねーよ。
「だって、僕たちは、――同じ釜の飯を食べた、ブートキャンパー仲間じゃないか」
手を差し伸べる。
『あ、あぁ……』
ジョンソンの瞳から、涙がこぼれた。
『そうか、そうだよな……俺は、S級ブートキャンパー失格だ。仕切り直しだ新入り……いや、名前、教えてもらってなかったな』
「僕は、S級探索者シルバーだ」
『そうか、シルバー。ありがとう。最後の最期で自分を見失うところだった』
ジョンソンが涙を拭い、腕を構えた。ポージングじゃない。戦闘の構えだ。
俺も構え直した。
『行くぞシルバーッ!』
「来なよ、ジョンソン」
そこからは一瞬のようにも、永遠のようにも思える時間だった。
時に蝶のように華麗に舞い、蜂のように烈火の如く攻める。
ジョンソンは強かった。激昂していた時よりも、冷静さが備わった時の方が手強かった。
それでも、最後に立っていたのは俺だった。戦いの中で進化し続けている俺に、彼の進化はついて来られなかった。
『じゃあな、シルバー。また、な』
「ああ。ジョンソン。またいつか、だ」
言葉は要らなかった。既に俺達は語り終えていたのだから。
ただ一つ、俺の、最後の心残りは――――
「(S級ブートキャンパーって何だよ……)」
マッチョメン――ジョンソン達が、消えていく。俺は静かに彼等を見送った。
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