第18話 ふぁいと!メイドのシトリン
●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン10階層
一番最初に十層に辿り着いたのはシトリンであった。
シトリンからすれば、中層から下層のモンスター程度、簡単に倒せる。こんなので、本当にマスターが強くなれるのか疑問に思ったほどだ。
そう。シトリンはこのコラボ企画の趣旨を理解している。いや、理解させられたと言うべきか。
この《GM》リリィが買い取ったダンジョンに、彼女の魔法で連れてこられた時、シトリンはマスターと別空間に隔離されたのだ。その空間でリリィと対話をしたのだった。
実際には対話と呼ぶのも
今思い返してみても
どうしようか、とシトリンは考える。マスターにも顔向けできない。失礼な態度をとってしまった。
全ては、あのぽっと出の女のせいだ。
あぁ、イヤになる。マスターがあの女に信頼を向ける事が。あの女が本当にマスターの事を考えているだろう事が。マスターは神であるという確信が揺らいでる事が。
――そんな事を苦々しく思ってしまう自分自身の事が。
目を瞑る。脳裏に浮かぶのは、シトリンの自信を、シトリンが存在する世界を粉々に砕いたあの女――怪物の姿だ。
***
「あらためて、自己紹介。わたしはS級探索者リリィ。よろしくね」
よく分からない白い空間。シトリンの目の前で、そう挨拶するのは銀髪赤目のゴスロリ少女だ。
「ここはわたしの魔法でつくった空間だから、安心して?」
「マスターはどこですか?」
シトリンの胸にあるのはマスターの事。どこかに隔離された事よりも、マスターについてが彼女にとって全てなのだ。
「ん、シル坊は現実空間にちゃんといるよ」
「なら、私も帰してください。マスターの側を1秒たりとも離れるわけにはいかないので」
「だいじょーぶ。この空間はわたしがつくったの。だから、時間の進みもおもうがまま。この空間にどれだけいよーが1秒もたたないよ」
シトリンとしては、そういう問題ではないと言いたかったが、話が進まなそうなので断念した。
「それで、私をマスターから隔離してどうしたいんですか?」
「話がはやくて、たすかる。たんてきに言うとね。シトちゃんにはシル坊から離れてほしいの」
瞬間、場の空気が凍る。シトリンから黒いオーラが滲み出る。手を出したかった。でも、相手はマスターが信頼している人なのだ。シトリンは何とか自分を抑えた。
「……何が、目的ですか?」
「シル坊は良い仲間にめぐまれた。でも、それだけじゃダメ」
リリィは語る。真剣な目でシトリンを見据えながら、小さな口を動かしている。
「上位の探索者ほど、ソロである事がおおい。理由はわかる?」
「……知りません」
「探索者はダンジョンに潜るほど成長していく。万能なそんざいに進化していくから。S級ともなると、できない事はなくなる。でもシル坊は経験がたりてない。一年間で潜りぬけた修羅場の数はしってる。でも、時間がたりなさすぎる」
「分かりません。その足りない部分を補うのが仲間というものでは?」
「本当に分からない?」
首を傾げるリリィ。
「――このままじゃシル坊は死ぬよ。シトちゃんじゃカバーできない強敵の手によって」
もう、我慢の限界だった。シトリンは人間ができてない。いや、彼女は人じゃ無いのだから当然か。彼女はシルバーの所有する遺物。生後間もない機械人形なのだから。
「……マスターは神だ。あなたに、マスターのッ、私達の何が分かるッ!」
マスターの遺物を取り出す。向ける先は、S級探索者。
「……だから、ダメなの」
完全に遺物を振り抜く直前、シトリンの動きが止まる。いや、正確には止まらされたのだ。
シトリンの真横、巨大な何かがいた。黒く暗い、影の巨狼。
それだけじゃない。何も無かった空間に、次々と何かが現れる。
全てが黒いシルエット。だが、醸し出すのは強者の風格。今のシトリンでは、遠く及ばないバケモノ達。
「かれらは奈落のモンスター。未攻略ダンジョンに住まう、真なる奈落のかいぶつ達」
シトリンは気づけば震えていた。こんな感情、自分には無いと思っていたのに。
「ねえシトちゃん。きみは、君たちはかれらを倒せる?」
すぐに悟る。無理だ。シトリンには倒せない。でも、マスターならば、S級探索者シルバーならば……。
「先にいうけど、シル坊にはたおせない。しみゅれーとしたけど、無理だったよ」
「……なら、奈落に行かなければ――――」
声が震える。いつものシトリンであれば、絶対に言わない言葉を口が勝手に紡ぐ。
「たぶんだけど、S級探索者シルバーに未攻略ダンジョンの奈落にいどませようとしてる人がいる」
「……え?」
「わたしはシル坊に死んでほしくない。だから、きたえる。このコラボで、シル坊を奈落でもつーよーするようにする」
――だから、シトちゃんは手をださないでね。
それがシトリンがリリィから頼まれた事。見せつけられた、現実だ。
***
●REC――――《GM》専用攻略済みダンジョン10階層
頭がボーッとしていた。シトリンには休みなんてモノは本来なら必要ない。けれど、処理限界を超えると動けなくなってしまう。
シトリンにとって、怪物との邂逅はそれだけ重いものであった。
「ん、シトちゃんここにいた」
気づけば、目の前に怪物――リリィが立っていた。
「……何のようですか」
「やっぱり、シトちゃんにはかんたんだったかな?」
「あの程度のモンスターにやられるほど、弱くはありません。それに、マスターならもっと早く攻略した事でしょう」
そうだ、マスターは凄いのだ。あんな怪物、マスターなら一捻りに出来るはずなのだ。
そして、シトリンはある事に気付く。
「――――そういえば、マスターはどこに?」
十層にマスターがいない。続々とマッチョメンが拠点に入って行く中、マスター――シルバーの姿だけがない。
それに、マスターと繋がっている感覚がない。マスターの感情が、存在がどこにも感じられない。
いつから――――
「シル坊ならこんなかんじだよ」
そう言うと、リリィは空間に手をかざす。
空間にホログラムが浮かび上がり、そこには――――
『まさか、スライムと本気でやり合える日がまた来るとはね』
――――木の枝でスライムと熱戦を繰り広げるシルバーの姿があった。
「マス、ター??」
シトリンの中で色んな言葉が浮上する。何故、どうして、なんでスライムとやり合っているの??
「いまのシル坊の実力はF級れべる。魔法も、遺物も、スキルもつかえない」
は? この女は何を言っているんだ。そんな弱体化をくらえば、マスターといえども、中層のモンスターにすら勝てないだろう。
「……行かないと」
マスターの元へ行こうとするシトリンを、リリィが止める。
「ムリだよ。逆走はできない設定だから。それに、ちゃんと見てあげなよ」
「何を言ってっ」
「シル坊が短期間でS級までのぼりつめれた、一番のりゆうはなんだと思う?」
ホログラムが切り替わる。
『やあ、ミノタウロス君。君が僕を殺した子かは知らないけど、ちょっとだけ、憂さ晴らしに付き合ってくれるかい?』
――それは、圧倒的だった。振るう武器は木の棒一本。本来の身体能力には遠く及ばない実力で、ミノタウロスを追い詰めていく。
シトリンは驚いた。ミノタウロスを圧倒している事に、では無い。弱体化したマスターの動きが、S級探索者シルバーとしてのモノよりも洗練されていたから。いや、今、この瞬間、ミノタウロスと闘いながら磨かれていくから。
「シル坊は、適応能力がすごいの。どんな状況におちいっても、進化しつづける才能。ふつう、ダンジョンの魔力に慣れるまで、探索者になって半年くらいはかかるのに、シル坊は3日で……あれ聞いてない?」
シトリンは夢中になってホログラムを見つめていた。リリィの言葉なんて聞こえないほどに。
――そんなシトリンを見て、リリィは静かに立ち去った。
***
ダンジョンの中を一人で歩くリリィ。考えるのはシルバーとシトリンの事。
このコラボで、シルバーには二つの事を達成させる。
一つは魔法使いとして完成してしまったシルバーの戦闘スタイルを、一度ぶち壊す事。魔法だけで攻略できるほど、奈落は甘くないし、まだ、シルバーの魔法は奈落に通用するレベルではない。
もう一度、ゼロから探索者としての成長をシルバーにはしてもらう。
その為に、シルバーの持つ力の全てを剥奪した。そういうゲームを創り上げた。
そう、これはゲームなのだ。シルバーが身体能力を剥奪されたのに、シトリンが身体能力を保持したままなのも、そういう設定のゲームだから。
《GM》リリィ。所有魔法【遊戯魔法】。効果は『現実のゲーム化』。彼女の好きなように、思うがままに世界を改変する能力。
一日目と二日目は一つ目の目的であるシルバーリビルド計画を実行。
三日目に、二つ目の目的であり、奈落に挑む上での必須課題をシルバーには達成してもらう。
「(シル坊ならきっとできる)」
そして、問題なのはシトリンだ。
シトリンの、シルバーへの絶対視をやめさせる。
配信を見て思った。アレはいずれ破綻する。
あのままでは、シルバーが倒されれば一緒に死ぬ人形が出来るだけ。
それじゃあダメなのだ。
シルバーに必要なのは、後ろを付いてくる仲間じゃない。横に並び、共に進化するライバルだ。
そんな存在がいれば、シルバーは無限に強くなれる。
そして、それはリリィ達先輩ではダメだ。強すぎるから。
他の後輩でもダメだ。弱すぎるから。
その役目は、シルバーと一心同体で一蓮托生のシトリンでなければならない。
彼女でなければ務まらない。
「(もし、わたしが悪者になるだけで、それが叶うなら――)」
――――わたしは幾らでも、かれらの試練として立ちふさがろう。
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