第9話 胃袋の中の別世界配信
●REC――――オーバーホールワームの胃袋
▼コメント
:大丈夫!?
:めっちゃグロかったんだけど
:ヤツメウナギみたいな大口
:シトリン様!?
:シルバーならモンスターに喰われても問題無い
:アレがオーバーホールワームかぁデカすぎ
ヤツの胃袋の中は暗闇だった。【暗視】スキルで周囲を見渡す。
ダンジョンの壁と思わしき石壁の残骸。魔石らしきモノも転がってる。
そして、――
「マスター、囲まれてます」
シトリンが小声で話しかけてくる。もう抱きついてはいない。
「だね。モンスターごと飲み込んで、胃袋の中で戦わせる。そして残った一体を消化するってやり方かな。賢いね」
胃袋の中で生態系ができてるのか。面白い。モンスター研究者にでも情報提供したらバズるかな??
「どうなさいますか?」
▼コメント
:何も見えない
:配信スキルさーん暗視ぷりーず!
:モンスターに囲まれてるの?
:見たいような見たくないような……
:げっ
:うお
:見た事ないモンスターばっか
:この生態系の頂点モンスター達ってコト!?
「初見のも居るし、魔法で殲滅しようか」
「かしこまりました」
シトリンだけじゃなく、俺の強さも見せつけないと。活躍は半々ぐらいが丁度良い。
「【領域魔法】」
何かを察知したのだろう、モンスター達がこちらを見て身構えている。
もう、遅いというのに。
「『
――その領域に立ち入ったモノ、全てを燃やし尽くせ。
相手に行動をさせる余地さえ与えず、索敵領域内の全てのモンスターを塵に変えた。
▼コメント
:エグ
:これが固有魔法持ちが化け物と言われる理由
:S級は一人を除いて全員固有魔法持ちなんだっけ
:で、どうやって出るん?
「出方は単純だよ。というのも僕は一回――『パリンッ』――は?」
何かが割れる音がした。この音を俺は知っている。腕輪型遺物、インベンクスに収容している、とある遺物が発動した音色。
その遺物の名は【絶対防御アイギス】。溜め込んだストック分だけ、あらゆる不意打ち攻撃から守ってくれる命綱。
『パリンッ』
また割れた。何が起きてる?
「マスター……アレです」
シトリンが指を指した先、瓦礫の山の頂に犯人は弓を構えて立っていた。
【感知】系スキルでは認識できない、幽霊のようなモンスター。
緑色の肌。醜くシワだらけの顔。貧相な肉体。上層最弱と笑われるモンスター。
その姿は――――どうしようも無くゴブリンであった。
こちらが相手を認識した事に気付いたのだろう、ゴブリンは身を翻し、
▼コメント
:ゴブリン?
:深層に??
:間違ってワームに食われたんじゃね
:可哀想に
:全力で逃げてるしwww
「シトリン、鑑定結果は?」
シトリンにはモンスター鑑定系の遺物を常備させている。彼女は俺よりもスキルや遺物の扱いが上手いのだ。悲しくはあるが、俺は魔法担当として割り切っている。
「ただのゴブリンです。種族詐欺の可能性もゼロかと。あと、おそらくあの弓は遺物です」
へぇ……。
遺物を持つモンスター。モンスターの弱肉強食が激化する深層以下ならではの現象だ。
「フィールドボスでも倒したのかな」
▼コメント
:な訳www
:ゴブリンですぞ笑
:まじ?
:ワームの胃袋内の生態系で生き残り続けた歴戦ゴブリンさん
:あり得るの??
「深層以下ならモンスターが遺物を持ってる事はあり得るよ。それでも相当なレアケースらしいけど。しかもこのゴブリン、僕の魔法を耐えてるからね。いやぁ凄いなぁ」
ちなみに遺物持ちのモンスターと出会うのは初めてだ。だから、すごいワクワクしている。話にしか聞いた事が無いソレが目の前に現れたのだから。
▼コメント
:でも、倒しちゃうんでしょう?
「……どうしよっか」
「私が仕留めましょうか?」
貴重な遺物持ちモンスター。しかも、俺の魔法を耐えるレベルの能力持ち。
配信映えを意識したとしても、ただ倒すには惜しい存在だ。
それに、遺物持ちモンスターは倒しても遺物を落とさないし。
「よし決めた。スカウトしようか!」
▼コメント
:は?
:え?
:スカウト???
:相手はモンスターですよー?
:何言ってんだこのS級さん
:とうとう頭がS級に……
ひどい言われようだ。ぴえん。
「みんなは従魔って言葉を知っているかい?」
従魔。遺物や固有魔法といった何らかの手段で支配下に置かれたモンスターの総称。従魔を手に入れた場合、S級といえどもダンジョン協会への申請が必要なのだ。
でも、そんな事がどうでも良くなるくらい従魔は有用である。
その最大の特徴はモンスターの進化。従魔になったモンスターは成長し、進化する。仲間として共に歩める。
ただ、従魔を手に入れる為の条件がとても厳しい。特定の固有魔法への才能、もしくはモンスターを従えるタイプの遺物の獲得等、道が限られている。
「――そして、僕はモンスターを従える遺物を偶然持っていてね! この、指輪型遺物【怪物支配パンデモニウム】を!」
▼コメント
:従魔獲得配信なんて世界初じゃない?
:マジでやる気?
:相手はゴブリンですぞ?
:S級さん、ゴブリンを支配下に置く……
「既にゴブリンは逃げています。捕まえますか?」
「安心して。スキルで場所は特定してるよ。後は、――ゴブリンを屈服させるだけだ」
【蛇の執念】、【ナスカの俯瞰図】、【鷹の目】の同時発動で、ゴブリンが姿を現した時からずっと追いかけてる。
それに、この胃袋の別世界は有限だ。逃げ場はない。
とりあえず世界の端に追い詰めて、屈服させようか。“対象モンスターを屈服させる”って遺物の発動条件、だいぶ鬼畜だな。
――よし、世界初の従魔獲得配信といこう。バズり間違いなしだな!
ゴブリンと俺達の追いかけっこが始まった。
おそらく、この狭い世界で生き抜く為に鍛えたゴブリンなりの生存技術なのだろう。
俺達が近づく度に、スルリと死角から逃げていく。
もっとも、俺のスキルからは逃げられていない訳だが。
ゴブリンもソレに気付いたのか遺物の弓で迎撃しながら逃げている。
あと、俺を攻撃した不可視の攻撃の正体が分かった。波動、音の矢だ。認識できない音速の攻撃に俺達は翻弄されたのだ。
そして、根気強くゴブリンを追い続けた結果、――袋小路に閉じ込める事に成功した。
「さあ、追い詰めたよゴブリン君。ここからは、僕と君の対話の時間だ」
***
そのゴブリンにとって、世界は理不尽の塊だった。
群れの中では無く、一人ぼっちで生まれ落ちた深層。
本能で分かる。周囲には自分の何倍も強力なモンスター達。
ただ逃げる事しかできなかった。逃げる事が正義だった。
ゴブリンにとって幸運だったのは、格上のモンスターに襲われる前に、オーバーホールワームに意識すらされずに飲み込まれたことだろう。
そして、更に幸運だったのは、オーバーホールワームに飲み込まれたフィールドボスにトドメをさせた事だろう。
何者かと戦っていたフィールドボスは弱りきっていた。虫の息であった。ちっぽけなゴブリンでも倒せる状態であった。
手に入れたのは変幻自在の遺物。
もちろん、その遺物だけで生き残れるほど深層のモンスター達は甘くはなかった。
不意をついた。漁夫の利をした。時には真正面から戦わなければならなかった。
そんな綱渡りをして、どれだけの時間が流れたのか。
怪物の片方が何かした瞬間、遺物が小さな身体を覆い隠した。
何かされたのは分かった。何をされたのかは分からなかった。
――倒さないと。
他のヤツらは倒された。相手が油断してる、今がチャンス。
二度の必殺の攻撃は、ナニカによって防がれた。
逃げるしか無かった。この世界に果てがある事は分かっていた。それでも逃げなければならなかった。
その逃避行も、もう終わりだ。
「さあ、追い詰めたよゴブリン君。ここからは、僕と君の対話の時間だ」
怪物が何か言っている。
産まれたばかりだったら、何も分からずに倒されたかもしれない。
でも、ゴブリンは生きる事を知った。抗う事を学んだ。
「お、やり合うかい?」
変幻自在の遺物が剣になった。
怪物も黒い剣を取り出した。
「良いねッ! 荒削りだけど、強い意志を感じる剣だッ!」
剣を振るう。
――死にたく無い。
剣を振るう。
――生きたい。
剣を振るう。
――まだ、死ねない。
剣を振――――弾かれた。
ゴブリンには夢があった。こんな狭い小さな世界から飛び出して、広い大きな世界を駆け巡る、そんなちっぽけな夢が。
それも今、終わる。
ゴブリンはよく知っていた。敗者がどうなるのかを。
目を瞑り、首を差し出す。
――いつまでも首が斬られない。
と、思ったら、トントンと肩を叩かれた。
そこには自分に手を差し伸べる怪物の姿。
「これで遺物の発動条件達成かな? どうだい、僕と一緒に来ないかい?」
怪物が何かを言っている。
「こんなモンスターの胃袋の中じゃ無くて、もっと広い世界を知りたくは無いかい?」
意味は分からない。でも、とても心地良い言葉だった。
「お、一緒に来てくれるかい」
気づけば手を差し出していた。
「ここに契約はなった。【怪物支配パンデモニウム】起動」
目の前が光に包まれ――――――。
そのゴブリンは不運にも深層に産まれ落ちた。
そのゴブリンは幸運にも、或いは不運にもオーバーホールワームに飲み込まれた。
そのゴブリンは幸運にも変幻自在の遺物を手に入れた。
そのゴブリンは、とあるS級探索者に目をつけられた。
――それがゴブリンにとって幸運か、不運なのか、今はまだ、誰も知らない。
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