第6話 下層試練ボス攻略配信

●REC――――渋谷未攻略ダンジョン23階層


「これはドギガゴギガかな。関節部分が弱点なのでそこを突きましょう。ゴーレム系はコアか、関節が弱点な事多いよね」


▼コメント

:今、ゴーレムの目からビームでてたよね??

:スキル使った?それとも素の身体能力??ヤバぁ

:ボガァってヤバい音がなった瞬間、ゴーレムさんの両腕が吹き飛んでいったんやが

:そもそも普通の探索者は関節部分まで近づけないです

:下層のモンスターを素手で倒すS級さん好き

:※彼は特殊な訓練を受けています



●REC――――渋谷未攻略ダンジョン25階層


「これは……テラリスだね。土壁を生み出して押し潰そうとしてくるから土壁ごとぶっ壊すと良いよ。素手でもイケるけど――――遺物【絶頂重槍パイルランサー】、発射!」


▼コメント

:可愛いリスなのに攻撃がエゲツナイ件

:そしてそんなリスを更にエグい攻撃で倒すS級

:どっちもどっち

:グジャって音しなかった!?幻聴!?

:汚ねぇ花火だ……


●REC――――渋谷未攻略ダンジョン29階層


「これは………………なんだろ。初めて見た。初見モンスターに出会った時はとりあえず逃げるかゴリ押すかって感じだね。はい、【領域魔法】『圧塊あっかい領域』」


▼コメント

:何このモザイクモンスター

:認識できない??

:一瞬で生き埋めにされてて笑った

:圧塊……空間を土で埋めて圧で押し潰す魔法??

:領域魔法が何か分からないけどなんか凄そう(小並感)



●REC――――渋谷未攻略ダンジョン30階層


 祝、視聴者数五万人ッ!!

 嬉しいな。嬉しすぎる。心が踊ってる。でもまだ喜んじゃダメだ。彼らは僕のファンになった訳じゃ無い。S級という言葉に惹かれて来ただけだ。多分。おそらく。メイビー。


「じゃあ、これから下層試練ボス戦始めるよ」


▼コメント

:待ってました

:片手で倒しましょう

:実際片手で倒せる??

:片手厨が多すぎる

:無双してくれ

:扉ぶっ壊す???

:未攻略ダンジョンのソロ下層ボス攻略配信とかレアすぎ


 そんなに片手討伐が見たいのか。待てよ? これで俺が片手討伐したら『S級、片手でボスを蹂躙する』みたいなタイトルでバズるんじゃないか??


「片手の依頼多いね〜。よし、相手によるけど片手でやってみようか」


▼コメント

:うおおおお!!!

:男に二言はないな??

:片手討伐したらチャンネル登録します

:ヤバくなったら両手でやれよ??


「まだ確定じゃないからね。相手によるからね?」


 言っちまったぜ。んー、片手か……遺物使うのはアリかな??


「(まあ、下層のボスなら大丈夫か)」


 盛り上がるコメント欄を尻目に、俺は試練ボスに挑む扉を押し開けた。ちなみに扉は壊さない。今回は普通に倒す。

 


 ――俺を出迎えたのは、1体の黒騎士であった。


「黒い騎士のモンスター……中層にブラックナイトってのが居るけど、同じな訳ないよね」


▼コメント

:黒騎士だ

:カッコよ

:中層で出るのと同じ見た目……??

:片手片手片手片手片手片手片手カタカタカタカタ


 なにより、中層のモンスターが出していい覇気じゃない。配信画面越しに伝わっているかは分からないが、禍々まがまがしいオーラがその身を包んでいる。

 相手が持つ黒い剣の間合いに入れば、一瞬で斬られるに違いない。


「(本当に下層のボスか? 体感だと深層に出て来てもおかしくないぞ)」


 黒騎士は俺の出方を伺っているのか、自ら動く気配はない。


「……僕ってさ、魔法使いタイプなんだよね。身体能力もそれなりに高いけど、他のS級の近接特化の先輩達に比べたらまだまだなんだよ」


 視聴者に話しかける。


▼コメント

:アレでまだまだなの!?

:他のS級はダンジョン攻略配信とかしないから分からないっていう

:《GMゲームマスター》ちゃんとかゲーム配信ばっかだしな

:ボスの前でする話???


 俺はインベンクスからとある遺物を取り出した。


「ハハッ、ちょっと片手だけじゃ厳しそうだから、『魔法使い系S級による片手剣のみの黒騎士攻略』で許してくれない?」


▼コメント

:許す

:許さん

:許す

:許す

:無双してくれるなら良いよ

:剣も使えるの??

:まあ素手で倒せなんて言ってないし

:どっちにしろ片手で倒す事には変わりないから許す


 だいたい9対1くらいで許してくれそうなのでやるか。

 

 俺は剣型遺物【夜天剣ナイトソーラ】を構えた。


「(さて、俺の考えが正しいか確かめるか。これで違ったらどうしよ。恥ずかしッ)」


 ボス部屋に入ったのに、こちらに攻撃を仕掛けてこない黒騎士を見て、ある疑問が湧いた。

 【剣術】、【心眼】、【虚の身】、【月兎】、【魔刃】、【牙剣】、【天の糸】などなどスキル並列発動。


 まだ剣を構えていない黒騎士を見据え、俺は地面を蹴った。


「『神一閃』」


 黒騎士にカウンターを与える暇を作らせない。俺の絶剣はガラ空きの胴体を切り裂き――――黒騎士はボス部屋の端へぶっ飛んでいった。


▼コメント

:ふぉおおおお!!!

:めっちゃぶっ飛んで草

:これはやったんじゃないか!?

:剣いらなかった説まである

:強

:これでS級の中では近接よりじゃないんでしょ?化け物揃いじゃねーか

:下層ボス、一撃で敗れるの巻

:シルバー強すぎて草www


 賞賛するコメント欄とは裏腹に、俺の心は………………。


「(マジかぁ……)」


 砂煙りで黒騎士が飛んでいった方向はよく見えない。が、黒騎士を斬った手応えが全てを教えてくれる。

 

 そもそも複合スキル『神一閃』で斬られたら、吹っ飛んだりなんかしないのだ。その場でパタリとモンスターは倒れて塵になる。スキルで限界まで切れ味を高め、弱点を一瞬で切り裂く……それが『神一閃』なはずだ。


「やっぱりか」


 砂煙りの向こう側、何かが立ち上がる。

 それは――――傷一つ付いてない黒騎士だった。


▼コメント

:え?

:アレで生きてるの???

:無傷とか草wwwヤバくね(真顔)

:あの攻撃が弱かった?それとも黒騎士が強いの??

:攻撃のせいじゃない。ギミックだコレ

:↑下層でしょ?マジ?

:ギミックis何


 コメント欄では知っている人間もいるようだ。


「未攻略ダンジョンの試練ボスに限り、特定の条件を達成しないと討伐判定にならない事があるんだよね。たぶん、このボスもソレだと思う」


▼コメント

:はぁ??

:そんなのアリかよ

:探索者なんだけど初知りなんだが

:ギミック系の試練ボスは基本的に未攻略ダンジョンかつ深層以下に現れるから知らないのも無理は無い

:↑それを知ってるあなたは何者??

:今回の下層でのギミックボスは初発見じゃないか??


「いや、下層でのギミックボスは二件目だね。僕がA級だった時に一回巻き込まれた事があるよ」


 昔、ギミックボスに遭遇した事が何度かあるのだ。その経験で今回の下層ボスもギミック系だと勘付いた。

 そして、このボス部屋はシンプルな作りだから、有り得るのは何らかの縛りを達成したままボス討伐って可能性が一番高い。

 相手は黒騎士、想定される縛りは――騎士の一騎打ち。


「黒騎士と一騎打ちをする。それがギミックの正体かな。あと、スキルの類は使用禁止ぽいね。スキルOKならさっき倒せたでしょ」


 武器はまあ、アリだろう。下層でそこまで厳しい縛りは出てこないはずだ。


▼コメント

:探索者パーティ殺しじゃん

:スキル無し??魔法もダメぽいよね。イケる??

:最悪ボス部屋の扉をぶち壊せば……

:黒騎士がめっちゃ弱いって可能性は……ないですよねぇ!

:避けろ!

:はやすぎて草


 コメントを見てたら黒騎士がコチラに突進して来た。

 振るわれる黒剣を遺物でいなす。


 もちろんスキルは発動していない。けど、スキルを使った感覚は残っているのだ。そこにS級の身体能力が噛み合えば大抵の事は実現できる。


▼コメント

:魔法使えないって致命的すぎん!?

:何とか耐えろ!

:黒騎士さんの動き、めっちゃ洗練されてて草。ヤバいな

:扉壊すんだ!!


 黒騎士は普通に強い。剣の腕は俺を上回っているのだろう。俺は身体能力でなんとか張り合ってるだけだ。視聴者達にもそう見えている事は、想像にかたくない。


 黒騎士と打ち合いながら思考を巡らせる。もちろん、考えるのは黒騎士の倒し方ではない。

 

 ダンジョン配信において、ただの無双では視聴者は飽きてしまう。いずれ離れていってしまうというのが俺の考えだ。

 適度な絶望と、それを乗り越えた時の爽快感。俺の配信に必要な、ちょっとしたスパイス。

 ここで言う適度な絶望は、ヒーローが悪役に苦戦する時のハラハラ感みたいなモノだ。言うまでもなく、ヒーローは最後に勝つので、視聴者は安心感を持ちながらハラハラ感を楽しむ事が出来る。


 そして、この適度な絶望は、配信を始めてすぐの今が一番生み出しやすい。それは何故か? 配信を続ければ続けるほど、俺の強さが明るみに出るからだ。

 視聴者が、俺というS級探索者に慣れてしまえば、仮に強大な敵が現れたとしても『あー、シルバーならやれるっしょ』って冷めてしまうのだ。一度気持ちが冷めたコンテンツに再び戻ろうと思う事は稀だ。

 

 理想の話をしよう。

 まず、俺をS級シェフと自己暗示するんだ。そして、『S級探索者シルバーの配信』というコース料理を、視聴者に提供していると考える。

 このフルコースのメインディッシュが『他を寄せ付けない圧倒的な強さによる無双』であるとすれば、その皿が出る前に『適度な絶望や爽快感』を副菜として出す感覚。

 メインディッシュだけでは、コースは成り立たない。もちろん、副菜だけなら言わずもがな。

 必要なのは、最初から終わりまで、フルコース配信に視聴者を魅了させる事。


 一度食べ始めたら、最期まで手を動かしてしまうヤミツキ料理を、俺は生み出さねばならない。


 だが、それが必ずしも上手く行くとは限らないのが現実だ。なんなら、メインディッシュが出る前に飽きられる可能性の方が高い。それは避けたくても避けれない、必然の理だ。


 だから、俺は今を大切にする。配信を始めたばかりの“今”に視聴者を釘付けにする。


 現在俺を見ている約六万人の心に刻みつける。

 たった一人でいい。俺を見てくれる、見続けてくれる存在を生み出してやる。


 まとめようか。

 長々と何が言いたいかっていうと、ギミックボス――――むっちゃありがとう!!!!


 撮れ高的に美味しすぎるッ! 一般に知れ渡ってない珍しいボス戦形態。しかも下層というレアケース。目立つ。目立つ。目立ちまくるぞッ。


 パサラ・マサラしかり、黒騎士しかり、俺は神に愛されてるのか!? 撮れ高が勝手に舞い降りてくるッ!


 最高だッ!!!


 え? 黒騎士は危険じゃないのかって? そんな訳ないだろう。深層でもやっていけそうな下層ボス。割とありきたりだ。俺的には街中で職質を受ける程度のイレギュラーだ。


▼コメント

:負けるな!

:頑張れ!!!

:死ぬのか……シルバー?


「応援ありがとう……ここからは、本気で行くよ」


 茶番も終わりにしようか。

 剣を振るう黒騎士を眺める。その姿はもはや芸術の域だ。美しい剣舞。俺に斬りかかってこなければ、ずっと見ていたかった。


 でも、それもここで終わりだ。


「じゃあね、黒騎士。カッコよかったよ――――『神一閃』」


 黒騎士が真っ二つに切り裂かれる。そして、塵となって消えて行った。残ったのは特大の魔石と黒騎士が振るっていた黒い剣だけだ。


▼コメント

:え?

:スキル使用禁止じゃなかった??

:どゆこと??

:まさか…………


 呆気ない幕引きに、コメント欄が困惑している。種明かしをしようか。


「スキルってのはね、人間の可能性を高めるモノなんだよ。スキルで出来ることは、スキル無しでも人間なら鍛えれば出来るんだ。まあ、一部のスキルに限るっぽいけども」


 そう。スキル無しでもスキルの効果を再現できる事があるのだ。理論上は【配信】スキルなどもスキル無しで再現可能らしい。

 ちなみに全て知り合いの受け売りだ。

 俺はよく分かってないけど、身体能力に身を任せたらなんか出来たので、そうなんだろうなって思ってる。


▼コメント

:マジ?

:あーでも聞いた事あるかも

:昔話題になったよね。剣術のプロと剣術スキルを使った探索者の戦い。プロが勝ったとかなんとか

:え、じゃあ何?あの初撃をスキル無しで再現したの??

:ヤバすぎ

:これでS級の近接特化には負けるそうです

:S級ってちゃんとS級なんだなぁ


「皆忘れてない? 僕、片手+剣でボス討伐完遂したよ?」


▼コメント

:あ、ほんとだ

:おめ

:黒騎士が衝撃的すぎて忘れてたわ

:888888

:いやぁすごかった

:めちゃくちゃ参考になりました!黒騎士さんの動き!!

:モンスターの方が参考になるという事実に笑う


 なんか締まらない。でも、これも配信者の個性というやつかもしれない。


「それじゃ、深層に行こうか」


 おそらく深層攻略で初配信は終わりになるだろう。41層以降、奈落レベル――S級に該当するダンジョンはここ数年現れていない。

 この渋谷ダンジョンも深層が最下層だと思われる。

 

 未攻略ダンジョンは攻略済みダンジョンよりも、各階層の攻略難易度が一段階上がっていると良く言われる。しかし、未攻略ダンジョンの深層に限っては一段階どころじゃなくなるのだ。

 

 そこは魔境。深層のモンスターが深層のモンスターを倒して延々と強くなるという天然の蠱毒こどく


 ▶︎同時接続者数71,593


 ――俺は願った。もっともっとバズらないかなって。



 

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