第2話 S級探索者認定

 ダンジョン。今から百年ほど前に突如として現れた、超常の代物。出現当時、世界は混乱に包まれたらしい。何故ならダンジョンに入った者は特異な力を身に宿し、未知の素材を手に入れていたからだ。

 

 神が与えた試練だとか、地球をけがす人類への天罰だとか、様々な噂が百年経った今尚飛び交うソレは、人類を新たなステージへと導いた。


 ダンジョンに出現するモンスターから獲れるドロップする未知の素材は停滞していた人類の科学を大きく飛躍させ、同じくドロップする魔石は新たなクリーンエネルギー源として世界中に広まった。


 いわば、ダンジョンとは世界最先端の金鉱山であり、自国にダンジョンがどれだけ存在するかで国力が決まる程の天然油田という訳だ。


 そして我らが日本は無数のダンジョンを保有するダンジョン大国である。確か、高校の授業ではダンジョンは龍脈の近くに出来やすくて、その龍脈が大陸プレートの間を通ってるからとか何とか言っていた気もするが、俺はよく覚えてない。


 徹底したダンジョン管理。探索者ランク制度。ドロップ品の流通網確立。国が創り上げた日本ダンジョン協会はその功績をもってダンジョンに関する全てを管理しており、その体制のお陰か日本は他の国から一歩抜き出る形となった。


 まあ、そんなダンジョンに入るにはちゃんとした資格の取得が必要で? 入れるダンジョンにもダンジョン協会からの信用度と実力で制限が掛かるらしくて?


 そんな感じでダンジョンに関する事を調べ上げた俺は考えた。


「まずは強くなろう」


 新人ダンジョン探索配信者なんて流行はやらない。ありふれてる。というか、ダンジョン配信自体にもランクによる制限があるっぽいし。




 そんなこんなで一年間ダンジョンに潜りまくった俺は――――――


「斉天135年、四月一日。探索者シルバーをS級探索者と認定するッ」


 ――――S級になっていた。


 ちなみに探索者ランクは仮免であるF級から、最高位のS級まである。

 S級になるとダンジョンに関する規制のほとんどがスルーできて、国からの便宜べんぎまではかってもらえるという特権階級になるわけだ。


「謹んでお受けいたします」


 言い方合ってる? てか、探索者なって一年のペーペーがS級とか草。ラノベかよ。

 これ、S級って世間に公開されたよね。バズりチャンスか? おん?


「いやぁ凄いじゃないかシルバーくん。最年少かつ最速でのS級認定だよ? たぶん抜かされる事はないね、この記録は」


 ダンジョン協会本部の一室。そう語るのは俺専属のダンジョン協会員である月宮ツキミヤだ。この前幹部候補になったとか嬉しいそうに教えてくれたのを覚えてる。


「いえいえ、運が良かっただけですよ。それに僕だけの功績じゃないです。先人達が道を舗装ほそうしてくれたからここまで来れたんですよ」


 全ては俺の原動力、承認欲求のお陰だ。というか、まだ始まってすらいないし。これから俺の配信道が切り拓かれるのだ。


「謙遜も過ぎれば傲慢とも言うよ? 君の実力あってこそさ」


「そうですかね」


 そうに決まってる。


「そう言えば、これからの予定は決まってるのかい?」


 ふと、思い出したかのように月宮が聞いてくる。絶対初めから聞く気だっただろ。この人は良い人ではあるけど何処か胡散うさん臭いのだ。


「……ダンジョン配信というものをしてみようかと思います」


 【ポーカーフェイス】スキルを発動しながら言う。俺は自分の目的――承認欲求を満たす為にダンジョン探索者になった事を隠している。

 理由は幾つかあるが、一番の理由はアレだ。俺も学んだのだ。灰色の青春生活の中で。目立とうとして目立つ事をする人間は浮くッ。

 

 つまり、俺は礼儀正しくてッ、優しくてッ、強くてッ、おごらないダンジョン配信者を目指すッ!

 その方が万人ウケしそうだしね。


「……ほう、ダンジョン配信者か」


「マズイですか?」


「いや、そこら辺は大丈夫だよ。他のS級も普通に配信しているしね。ちなみに理由はあるのかい?」


 理由? 承認欲求を満たす為だが??


「そうですね……他のS級の先輩達が楽しそうに配信してるのと――――」


 思い付かん。【詐欺】スキル、発動。


「――――後輩に何か残そうかと」


「後輩に?」


「はい。僕の主な功績は未攻略ダンジョンの攻略やフィールドボスの討伐です。これらの達成には、攻略済みダンジョン探索と違って死の危険が付き纏います」


 あー口が勝手に動く。スキルって凄いと思うけど怖いよね。なんだよ、今まで出来なかった事が急に出来るようになるって。恐怖しか無いんだが??


「そうだね。攻略済みダンジョンでは死ねばリスポーンが出来る。けど、未攻略ダンジョンやボス戦では人は死ぬ」


「僕が生きて此処に居るのは先人達が築いてきたダンジョン知識の賜物たまものです。なので、僕がする配信はダンジョン攻略指南ですかね。初見モンスターの対応とか、効率的なダンジョン攻略などを世間に広められたらなと思います」


 俺のダンジョン攻略法とか、ほとんど魔法によるゴリ押しなんだが? 確かにダンジョン潜ってれば身体能力上がるけど、近接戦特化のS級の先輩方には負けるんだが??


「……うん、うんッ! 良いね、それ!! S級によるダンジョン攻略講座というわけか!」


 えぇマジでやる感じ? スキル使うんじゃなかったな。


「たぶん、多くの人が見ると思うよ!」


「そうですか?」


 そうですか?


「うん! 僕の勘がささやいてるよ!」


 流れ変わったな。


「バズり間違いなしだッ!」


「全力で取り組もうと思います」


 よっしっ! やったるか!

 記念すべき初回配信はS級探索者によるダンジョン攻略解説配信で決定〜ッ!!


 ――俺は内心の喜びを悟られぬ様にダンジョン協会本部を後にした。




 

 ***


 天岸銀シルバーが帰った部屋で月宮は一人、思考を巡らせていた。


「今度は何を考えているんだシルバー」


 S級によるダンジョン攻略講座、大いに結構。それが参考になるかは別として。

 S級のダンジョン攻略は概して参考にならない。何故なら実力が違いすぎるから。それは自明の理だ。他のS級の配信はほとんどエンタメ目的になっている。


 良い子なのは分かっているのだ。ランクが上がると横暴になる探索者も少なく無い中、シルバーは協会への態度を変えなかった。

 ここ一年間で協会からの依頼を受け、一番信用度を上げたのはシルバーだ。

 そんなシルバーの専属になった事で月宮自身も昇進していった。

 だが――――


「何を考えているのか分からないッ」


 シルバーを短期間でS級に引き上げた一番の要因は何か?

 協会からの高い信用度? 類稀な魔法によるダンジョン攻略速度? 怪物だらけの他のS級達に引けを取らない才能?

 

 違う。違う。断じて違う。


 確かにそれらは一因ではある。どれか一つ欠けていればS級探索者シルバーは生まれなかった。


 しかし、一番の理由。それは――――


「今度は、何が起きるんだッ!」


 ――――運命に呪われてるとしか思えない、そのトラブル体質。


 シルバーが探索者になったこの一年間。例年と比べて多くのダンジョン関連の事件が起きた。そのトラブルの過半数にシルバーは関わっている。


 最初はちょっとした事件だった。F級であったシルバーでも解決できる程度で、功労者のシルバーは期待の新人くらいの扱いだった。

 それがいつしか、徐々に事件のデカさが上がっていった。

 

 シルバーがA級からS級に上がった直近のデカい事件を挙げるのなら、イレギュラーフィールドボス討伐だろうか。


 人が昼夜問わず集まる都心にて、ダンジョンが発生した。未攻略ダンジョン、最深層は四十層。完全なS級案件だ。


 しかも、それだけでなく四十層の最終試練ボス部屋にフィールドボスがスポーンしたのだ。


 ダンジョン発生時にその場にいた一般市民はイレギュラーフィールドボスの配下が徘徊はいかいするダンジョン内に囚われる形となった。


 事件発生当時、すぐに動けるS級は無く、日本の象徴にして探索者最強の《天帝》が動く案すら議論されていた時にそのA級探索者シルバーは件のダンジョン内からひょっこり現れた。


 なんでも、偶然シルバーも巻き込まれていたらしい。

 ダンジョン発生時に内部に取り込まれた一般人を率いてシルバーはダンジョンから一度脱出。その後ダンジョンに再び潜りイレギュラーフィールドボスの討伐と未攻略ダンジョン攻略を同時に行った。


 結果、都心のダンジョン災害、多くの被害者が出ると予想されたのに被害者ゼロとなる奇跡が起きた。


 この事件後、シルバーに対する議論が展開された。そのトラブル体質が偶然のモノなのか、あるいは……シルバーの故意によるモノなのか。

 

 ダンジョン協会内、シルバーにはとある噂がある。シルバーは未来視に関する遺物、もしくはスキルを保有してるのでは無いかという噂だ。

 その未来視によって功績や実力を積み上げているのではという疑惑。

 

 本来であれば一笑して切り捨てるレベルの噂……しかし、シルバーが短期間で積み上げた数々の功績が判断をにぶらせる。協会内にはシルバー信者まで現れる始末だ。

 もちろん、シルバー本人にソレらの確認を取ったが全て否定された。誰も納得出来なかったが。


 そして、月宮はそんな噂を持つシルバーの専属として共にこれまでやってきたのだ。

 月宮にはシルバーが未来視出来るのかどうか、シルバーがどんな力を持っているのかなんて分からない。

 でも一つだけ経験則で分かる事がある。それは、シルバーが動く時、ナニカが起こるという事だ。

 

 そのシルバーが今度はダンジョン配信をしようとしている。月宮は上司に連絡を取り、指示を仰ぎながら考える。


「後輩に残したい……探索者全体の実力を底上げしないといけないナニカが起こるのか……?? S級では対応出来ないレベルの???」


 ――40歳、妻子有り。月宮 透ツキミヤ トオルは痛む頭と胃を抑えながら、今日も上司とシルバーの間で板挟みになっている。


 

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