第8話 魔法都市マナトム

「着きましたぞ、ここがマナトムです」


 馬車が止まり、荷台から出ると、目の前には巨大な壁があった。

 高さはどれくらいだろう? 少なくともデルボラの滝を囲んでいた木々よりははるかに高い。


「と言ってもあれが都市を守る魔法壁、中は入らないと壁しか見えませんな。私たちは商人ギルドの証で入れますが、お二人はお持ちではないでしょう。入場料を払って入るか、直接ギルドの手続きを済ませるかのどちらかです」


 馬車に揺られながら、これから行く都市やそれ以外の都市での大まかな決まりは聞いた。

 まず何といってもギルドだ。冒険者、商人、魔法使い、職人、農耕者……他にもたくさん種類があり、それぞれが所属することでいろいろな恩恵を受けられるらしい。


「お二人はやはり魔法使いギルドですかな? それとも冒険者?」


 お金のない俺たちは直接ギルドに加入する方法を選んだ。入会金はかかるらしいが、それくらいなら洞窟に残っていたお金で何とかなるだろうとのこと。入場料を払うよりはるかに安い。


「これからいろんなところを旅したいので、冒険者にすることにしました。な? セレン」


 魔法使いギルドにしなかったのは、悪目立ちしそうだからだ。それに、旅をするにはやはり冒険者ギルドのほうが恩恵が大きい。

 ちなみに、冒険者ギルドだけはどれだけ小さな町や村にもあるらしく、ギルド内の食事が安くなるらしい。セレンの説得はそれで一発だった。


「そうだな、うん。わかってるぞ」


 うん、やっぱり話聞いてないね。早く何か食べさせないと暴れそうだ。


「では、我々はこれにて。お二人に『重き財布と軽やかなブーツを』」


 そう言って二人はギルド会員用の列へと並んでいった。最後のは商人ギルドの別れの挨拶らしい、なんかかっこいい。


「じゃ、行くぞセレン」

「ごはん……」

「あぁ、ご飯の列だよ」


 二人の馬車をぼんやりと眺めるセレンを誘導し、ギルド加入の受付へと引っ張っていく。

 会員用の受付が三つ、通常の入場受付が二つ、非会員用の受付が一つ。やっぱり特殊な分人が少ないみたいだ、並んでいる人はいない。


「ようこそマナトムへ、こちらの受付はギルド非会員の方の直接加入の受付となっておりますが、ご理解いただけていますでしょうか?」

「はい、商人ギルドの方から説明を受けてきました。諸々は承知しています」


 俺はそういってマルコスさんから受け取った紹介状を渡した。結構顔が効く商人らしい。

 受け付けは制服を着た女性だった。マナトムの都市章である杖と黒衣のマークが、帽子の金具に刻まれている。


「あら、マルコスさんからの紹介なんですね、珍しい。では基本的な説明は省きますね。ギルドはどちらへ?」

「二人とも冒険者でお願いします」


 俺たちは書類を受け取り記入する。


「なぁ、ここの家名ってなんだ?」


 この世界には名前と家名がある。俺で言えば名前がエストで家名は……今はないか、セレンもないだろう。そもそもセレンは誰がつけた名前なんだ? ふと思って聞いてみる。


「名付けは誰ってそりゃ、ハイコク様だよ」


 ハイコク様か……それもいいな。


「じゃあ家名はハイコクにしよう、俺もそうするよ」


 セレンはきょとんとした顔でこちらを見ると、にへらっと笑った。


「じゃあアタシはエストの家族なんだな、へへ」


 そういう意味で言ったわけじゃなかったけど、俺もつられて照れてしまう。受付の人がコホンと咳払いをしたので、二人して赤い顔を隠しながら続きを書いた。


「はい、確認が終わりました。ギルドの具体的な説明はギルド内で受けてください。それでは改めて……ようこそ! 魔法都市マナトムへ!」


 受付の判をもらい、書類を手にようやく壁の内側へと入る。通路から街並みが少しずつ見えはじめ、胸の高鳴りが早くなっていく。


「すげぇ……これが魔法都市……」


 入ってすぐは広場になっていて、広場からは三本の大きな通りが伸びていく。一番に目を奪われたのは広場の中央の噴水だ。

 噴水と言っていいのかすらわからない、石の彫刻でぐるりと囲まれた中に水がたまっており、その水は町並みを立体的に形作っている。

 同じことをやれと言われれば出来ないことはないが、そもそも頭の中でこうも詳細に街並みをイメージするのは無理だ。


「エスト……すごいな……」


 腹が減っているから早くといわれるかと思ったが、セレンも食い入るように見つめている。食べ物の印象が強すぎるが、もともと俺と同じく知識欲は旺盛だと思う。

 洞窟では娯楽がないし、冒険者から話を聞きまくっていたのもそういう理由だろう。


 水球の他にも、勝手に進む道、見つめると動いて道を指してくれる看板。いろんなものに目移りしながら、たっぷり時間をかけてギルドへやってきた。


 重厚な木製のドアを前に、隣のセレンを見る。真剣なまなざしでセレンも正面を見ている。この新しい入り口に立った瞬間の緊張、彼女も同じものを感じているのかも。


「セレン覚悟はいい?」

「あぁ、今なら牛二頭は食える」

「ふっ、あははは! 流石セレンだ。よし、いこう!」


 狙ってはないだろうけれど、セレンの一言で緊張は解けた。いざ、冒険の世界へ――。



「足りませんね」


 数分前に最高潮に高まっていた俺の気持ちは、ギルド受付のお姉さんの一言で叩き潰された。


「マルコスさんはこれで足りるって……」

「あぁ、マルコスさんに……すみません、最近仕組みが変わったんです。旅行目的での冒険者ギルド加入が増えすぎたのが原因です、ご了承ください」


 お姉さんの目はどこか冷ややかだ。武器も持たず、いかにも駆け出しという身なりの俺たちに対し、暗に釘を刺しているのかもしれない。


「とにかく、お二人合わせてあと二千ペチカほど足りません。木三級のクエストでしたらギルドに加入してない方でもお受けできますし、換金できるものがあれば換金もお受けできますが、どうなさいますか?」


 紹介状の木三級の項目を見るが、高くても百ペチカ、これだと宿代で全て消えてしまう。


「換金って言ってもなぁ……」


 洞窟からいろいろと持ってきたが、生活に使っていた見覚えのあるもの以外は全て見たこともないガラクタだ。

 魔石装置がいくつかあることを伝えると、ギルドの入り口のテーブルで待つよう言われた。しばらく待つと鑑定士の人が席に着いた。


「早速装置を見せてくれるかい? あぁ、あまり期待はしないでくれ」


 鑑定士さんは態度こそ柔和だったものの、どこか俺たちに対して安く踏んでいる様子だった。


「どれどれ……使えそうなものはないなぁ、この袋まとめてって扱いでもいいかい? サービスで君たちの必要な二千ペチカにしておくからさ」


 やっぱりガラクタだったか……まぁギルドにさえ入ればお金は稼げるし、妥協するか……。

 そう思って差し出した袋を、横から伸びてきた手が強引に奪った。


「おいおいおい、バカ言っちゃいけねぇよ。こっちはスジャの、こっちはグリンの道具だ。あいつらなら鼻紙だって二千ペチカで売れるだろうさ」


 驚いて顔を上げると、若い軽装の男性が立っていた。髪は金髪、色付きの眼鏡をかけている。目が合うと、パチリとウインクしてきた。


「ギッ、ギザラ様!? なぜここに……」


 鑑定士がうろたえると、ギザラと呼ばれた男は不快そうに俺から彼に視線を移し、吐き捨てるように言った。


「匂いだよ匂い、んなことはどうでもいいだろ。ずいぶん鑑定の目が落ちたなニムト、引退するか?」


 鑑定士はニムトというらしい。さっきまでの態度はどこへやら、机に頭を擦り付けて謝罪を口にしている。


「申し訳ございません! いえ……その、これは……こんな子供が持っているにはあまりに不自然だったもので……」


 子供と言われてセレンがムッとする。そういえばいくつなんだろう? 俺は子供だから何も言い返せないけど。

 ギザラさんは再び俺のほうを見て、顎に手を当てた。


「まぁ~、その気持ちはわからんでもない。おいお前、これをどこで手に入れた。万が一盗品なら、コイツの価値じゃ爺になるまで檻の中だぞ」


 マズい。正直に滝から来たなんて言えばとんでもない騒ぎになるか、虚言を吐く盗賊として牢屋送りだ。どうしよう……。

 俺が必死に考えていると、ギザラさんはちっと舌打ちをして、入り口のほうへ歩いて行った。


「ここじゃ話せねぇならついてこい。ニムト! 異論はねぇよな?」

「はは、はいぃ……」


 ギザラさんは顎をしゃくり、ついてこいと促す。助けを求めるように周囲を見回すと、屈強そうな冒険者たちが皆俺から目をそらす。

 マナトムについて一時間も経ってないというのに、いきなり面倒なことになってきた……。


「メシかな!? 食わせてくれんのかな?」


 セレン……今だけはその食欲がうらやましいよ……。

 頭痛のおき始めた頭を押さえながら、俺はセレンとギザラさんの後を追った。

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