第9話 先触れ 2
一方グロックは休憩室で冷めてしまった紅茶を前に、額を片方の手で抱えてじっと考え込んでいた。
次の任務地に向かおうとしていた矢先、月基地最高責任者であるアルフレッド准将より緊急な呼び出しを受けた。
滅多に無い呼び出しに何故か変な予感はしていた。
まさか訓練生を押し付けられるとは思ってもみなかったが……
『……ってか、おかしいだろ!』
彼が所属している特殊任務捜査処理部隊は、その名の通り他の部署では処理しきれないような危険な案件を片っ端から片付けていく部署である。
彼等は単独、もしくはチームを組んで行動しており、グロックはチームを組まず、単独での任務遂行を基本としていた。
特別な事案により他のチーム等との共同戦線を余儀なくされることはあるが、それでさえ稀な事である。
アルフレッド准将のお抱え機関である《特務》のチーム構成は、全てリーダーに一任されており、准将が了承すれば本部の人事部ですら介入する事は出来ない。
ところが、何故か今回に限りその人事部より配属の通達がきたらしい。
人事部へ幾度となく原因究明を願い出るも埒が明かず、変更も効かなかった。
「まいったな…本人から転属願いを出すよう仕向けるしかないか…」
グロックが半分諦めたように呟いたその時、艦内に凄まじい警笛音が赤い光と共に鳴り響き渡った。
グロックは警報場所のチェックをすると直ぐ様問題の場所へと走り出した。
「あのバカッ何やったんだ!!」
グロックは問題の部屋へ来ると、ドアを力任せに叩きながら大声で訊ねた。
「ノース訓練生! 何があった!」
たが、中からは何の反応もない。
「入るぞ!」
言うが早いかすかさずマスターキーで中に入る。
「何があった! 返事をしろ!」
彼女の姿が見えないので、部屋の中を次から次へと確認してゆく。
バスルームの前に来た時、グロックの足は止まった。
裸のままの彼女がドアの前で倒れるように蹲っているのである。
バスルームの中からは勢いよくシャワーの音が聞こえ、それと共に立ち上る湯気が見て取れた。
グロックは彼女に近づき状態を確認する。
臀部と脹脛に赤い損傷が見られた。
直に彼女を抱きかかえると医務室へと急いだ。
「ご…ごめんなさい…」
グロックの腕の中で、痛みに顔を歪め譫言の様に呟いている。
医務室に着くと寝台に彼女を移し、手際良く患部の応急処置を行っていく。
「わたし…気分が悪くて…シャワーを…」
グロックは何も言わず処置を続けている。
診察台の上で、丸裸のままうつ伏せになっている姿にも特に気にしている様子はない。
「終わったぞ」
片付けながら彼女に声を掛けるが返事がない。
少し心配になり、彼女へ目を向けると閉眼してじっとしている。
治療中にそのまま気を失ったようだ。
グロックは深い嘆息を漏らすと、再び彼女の躰を抱え先程の部屋へと歩き始めた。
通路を足早に歩く姿は、とても一人の女性を抱えて歩いているようには見えない。
弱冠18歳と云う年齢ながら、彼は
185cmの身長に厚い胸板と太い腕は可成り鍛え上げられている。
女性一人抱えるなど造作も無い事なのだろう。
しかしながら、彼の表情は全裸の女性を抱えているにしては険しく、時々苦々しく顔を歪めて毒づいてもいた。
彼女を自室のベッドに寝かせ、部屋を出ると、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように拳を思いきり壁に叩きつけた。
「くそうっ!!」
『俺にチームを組めだと?!
しかも女と! ふざけるな!!』
グロックには今回自分の意図に反し、人事が介入した事に幾許かの疑問が頭を過っていた。
確かにチーム要員を本部に依頼する事もあるにはある。だがそれは可成り稀なケースだ。
既に受理された辞令は覆せない。
だが、一つでも案件に参加すれば、任務の過酷さと自分の能力との差を思い知り、異動願を出したとしても不思議ではない。
配属されたからと云って簡単に務まる部署ではないのだ《特務》と云うところは。
『悪いが異動願を出してもらう為にちょっとばかり怖い思いをしてもらうか…』
若干の後ろめたさと、気の進まない思いはあるものの、グロックは頭を掻きむしると艦の行先を選定し始めた。
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