第8話 先触れ 1

 月の保安基地を飛び立ち、惑星の軌道を外れグロックの愛艦〈スヴァンヴィート〉は、1度目のワープドライブを行った。


グロックにはさして珍しい事ではなかったが、今回はチームを組む事になった訓練生のアレキライトが乗艦していた。

ワープドライブについてはある程度予備知識はあるものの、生まれて初めてだと話す彼女に、一通り説明して訊かせた。


「あ…ありがとうございます。グロック大佐」


初めてのワープドライブに緊張しているのか、真剣な表情で一点を見つめ、両手は握りしめて膝の上で小刻みに震えている。

活動の場を宇宙に求めているのであれば、軍艦、商船に限らずワープに慣れるのは必須だ。

グロックは今回だけカウントを取りながら行う事にした。


機体がドライブアウトすると、各部のコントロールパネルを目で追いながら正常に航行されているかチェックしていった。


一通りの作業が終わると、短い溜息を吐きながら自分の後ろに座っている彼女に声をかけた。


「状況は?」

「……は…はい…」

後ろのシートからか細い声がする。

グロックは眉を寄せながら後ろのシートへ近づくと、そこには口元を抑え、顔色の悪くなった彼女の姿があった。


「アレキライト・ノース訓練生は初めてのワープドライブに酔った様だな」

グロックは顔色の悪い彼女に、表情を変えることなく言い放った。


「すみません…大丈夫です」

そう言って立ち上がろうとするが、頭がグラっと揺れるような感覚に襲われ、再びシートに座り込んでしまう。


「少しも大丈夫そうには見えないが?」

アレキライト・ノースはまともに彼の顔を見ることができず、口元を抑えて下を向いている。

「そんな顔でここに座られても何の役にも立たない。次のワープドライブは20時間後だ。

それまで部屋に戻って体調を整えておけ」

言い終えると、グロックはそのままブリッジから出て行ってしまった。


一人残されたアキは、目が回るような目眩と吐気、頭痛に顔を歪ませながらヨロヨロと立ち上がり、自分に割り当てられた部屋へと歩き出した。


やっとの思いで部屋にたどり着き、倒れるようにベッドへと伏した。


『初っ端からやっちゃった…』


アキはベッドに顔を押し付けて唇をきつく噛んだ。

ワープドライブが初めての経験だったとは云え、

いや、初めてだったからこそ前もって酔い止めを用意するなり対応するべきだったのだ。

明らかに自分自身の不注意による失態だった。


思えばアルフレッドの執務室でグロックに紹介された時から、彼の態度はあまり好意的には思えなかった。

訓練学校でさえ卒業していない半端者を、自分の指揮下に入れるのだから面白い話しである訳がない…


その上この体たらく…


絶対に不評を買っているに違いなかった。

ほんの一時間前に、メインスクリーンから見た宇宙空間に苦しい程の高揚感を覚えた事を思い返すと、今の状況との落差は激しかった。

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