第7話 アレキライト•ノース 3
『つくづく仕事バカだと思ってたが、やっぱりあいつもただの男だったか』
たった一人の女の子に、一喜一憂するアルフレッドの姿は思い出しただけで笑える事ばかりだった。
グロックは出航前の用事を済ませた後、艦を移動するために整備ブロックに来た。
「大佐、いつも通りに終わらせておきましたよ」
一人の整備要員がグロックに話しかけた。
「定刻通りだな。いつも助かる」
「とんでもない。大佐の艦ならいつでも喜んで見せてもらいますよ」
男が快闊な笑顔を見せる。
「予定外の仕事を増やしたからな。これで帰りにでも一杯やってくれ」
グロックは男に向かってコインを一枚投げた。
「お気をつけて」
その言葉に、艦に乗り込みながら手を挙げて返した。
グロックはブリッジで出航の準備に取り掛かった。
艦はゲート前に待機しておりいつでも出せた。
何枚ものスクリーンに映像が映し出されていくと、グロックの目が一点に止まった。
入艦用タラップに繋がる通路をアルフレッドが秘書と一緒に彼女と歩いている。
タラップの前まで来ると三人は立ち止まり何やら話してる様子だ。
「わざわざお見送りとは恐れ入るぜ全く」
グロックは呆れ顔でスクリーンから目を逸らした。
ところが、操作パネルの幾つかをオンにすると音声が拾われてきた。
《アキ、くれぐれも気を付けて行ってくるんだよ》
《有り難う…アルフレッド》
アルフレッドはアキの髪を優しく撫でると、その躰を引き寄せて抱き締めた。
《君が帰って来るのを、僕がずっと待っていることを忘れないで》
アキは彼の胸の中へ顔を埋めた。
そんな彼女に、少し躰を離してゆっくり顔を近づけると、その頬に優しくキスをする。
《行ってきます。アルフレッド》
顔を赤らめながら答えると、秘書官のフレアから荷物を受け取る。
《いいですね、休暇には必ず顔を見せに帰って来るんですよ》
彼女は二人に手を振るとタラップの中に入って行った。
アルフレッドはタラップに横付けされているグロックの艦に視線を移した。何時になく厳しい顔つきで艦を睨んでいる。
その様子をブリッジから見ていたグロックは少し後ろめたい気持ちを覚えた。
「俺としたことがつまらないことをしたもんだ。なんだ?見てるこっちが恥ずかしくなる様な事をしたかと思えば、俺の艦を睨みつけやがって!!
俺が1か月かそこらで
グロックは一人で文句を言った。
アキは、これで本当に
しかし、一方では不安も大きかった。
彼女は産まれた時から父親を知らず、母親の都合で3歳から18歳までの15年間を地球にある私立の女学校で寄宿生活をして育った。
15歳の時、特別専任教師として半年間やってきたアルフレッドとは、ひょんな事からプライベートでも時間を共に過ごすようになり、講師期間が終わって月へ帰った後も何かと気を配ってくれた。
年が離れていた事もあって、恋人と云うよりは、寧ろ父親が娘を気遣うような関係だった。
しかし、アルフレッドから学院を卒業した時、今までの父親代わりではなく、結婚の対象として見て欲しいこと、そのため婚約だけはして欲しいことを告げられ、それを承諾させられた。
父親を知らない彼女は、19歳になった今に至るまで、男性との個人的な付き合いはアルフレッドだけだった事もあり断りきれなかった。
それが、宇宙軍に入隊し配属されたのは、軍人としてのキャリアこそ自分には足元にも及ばないものの、選りに選って一つ年下の男性が上官になり、他の星に滞在する時以外は、このさして広くない艦に二人きりで寝食を共にするのである。
軍の訓練所での過程がまだ終わっていないにも拘わらず決まった今回の配属。
断れば、外宇宙へ行く艦に乗れる機会が今度いつ巡ってくるか判らない。
そのことは彼女も十分解っていたので、自分と同じ年頃の男性と二人で組むと云う事実を受け入れた。
『取り敢えず成り行きに任せよう』
彼女は諦めてそう思った。
グロックの愛艦スヴァンヴィートの入口に来ると、彼が待っていて自分の使う部屋を教えてもらう。
グロックはアキをまじまじと見た。
長い髪は解いてそのまま後ろにたらしている。
先程のミニのタイトスカートにハイヒールはスラックスとブーツに変わってる。
「15分後に出航する。荷物を置いたらブリッジに来い」
それだけ言うとさっさと戻った。
ブリッジに行くとグロックが管制官と話していた。
「来たか。先ずは出発する。そこのシートに座れ」
「はっ、はいっ!」
挨拶をする暇もない。
「ハッチを開けてくれ、出る」
〘了解しました。そのまま進んで下さい〙
乾いた声がスピーカーから流れてきた。
開けられたハッチからゆっくりと艦を所定のポイントまで移動させると、グロックはエンジンを全開にする。
緩やかな振動が躰に伝わって来ると、眼の前にある何枚ものスクリーンに映し出された映像が見る間に変わっていく。
月の宇宙港を飛び立ち、雲を突き抜けたかと思ったらそのうち画面が暗くなっていく。
暫くは実感が湧かなかったが、そこには彼女が
夢にまで見た情景が映し出されていた。
何とも言い難い興奮で、胸が苦しくなっている。
「母様…」
身動き一つせずに、一心にスクリーンを見つめているアキの瞳から涙が零れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます