第6話 アレキライト•ノース 2

 グロックは彼女をまじまじと見つめた。

今日の式典の為か、癖っ毛の赤毛は辛うじて束ねてあるものの、所々跳ねている。

顔も悪くはないが、人目を引くと云う程でもない。

彼の女性の好みをとやかく言うつもりはないが、アルフレッド程の男が我を忘れるくらいご執心な相手にしては、少々役不足とも思える。

どこから見てもごくごく普通の女の子だ。

彼女のどこに食指が向いたのか…


「どうしたんだ?血が出てるじゃないか」


後ろからアルフレッドの声が聞こえてきた。

今しがた迄の取り乱した様子はもう治まっており、いつもの冷静さが戻っていた。

彼女は思わずグロックの手を離すと、極り悪そうに笑った。

「仕方ないよ。こんな高いヒールの靴なんて初めてで、何度も転んでるから…」

彼女は両手を頬にあてて恥ずかしそうにしている。

「でも大丈夫!これくらい大した事ないよ」

皮が剥けて血が出ている両膝を、アルフレッドに心配させない為その場で足踏みして見せた。


しかし、その傷は思っていた以上に痛み、倒れそうになった。

「おっと…」

近くにいたグロックが支えてやった。

彼女の小さな身体は、グロックの広い胸に抱かれる形になる。

「度々すみません…」

「いや…」

見知らぬ男性に抱かれて、どうして良いのか判らず困惑している彼女を離してやろうと思っていたら、アルフレッドが来て彼を払い除け自分の方に引き寄せた。

『なんだ? 嫉妬やきもちか?』

グロックは呆れるような目でアルフレッドを見た。


「向こうでフレアに傷の手当をしてもらうといい」

「本当に大丈夫なのに…」

縋り付くように見つめる彼女を、子供を説き伏せるように言い聞かせた。

彼女は素直に頷いている。


「お前が手当してやったらどうなんだ?

大切な女なんだろう?」

グロックが嘲笑う様な笑みを向けている。

一瞬グロックを見据えると、忌々しい気持ちを殺して彼女を抱え上げた。

「そうだな…それでは遠慮なくそうさせてもらおうか…フレア、グロック大佐にお茶を差し上げてくれないか」

「かしこまりました」

フレアはグロックに来客用の席を勧めた。


「痛いっ!」

傷を消毒されて彼女は小さく叫んだ。

「痛いのが当たり前だよ。こんなになる迄ほおっておくから…」

「ごめんなさい」

アルフレッドは床に膝を付き傷の手当をしている。

彼女はその間、彼に座らせられた机の上でじっとしていた。


「恋人と云うよりまるで父親の台詞だな」

グロックは二人の様子に紅茶を飲みながら鼻で笑った。

それを訊いたフレアが二人の間柄について言い添えた。

「それは、統括管理官が早くに両親を亡くされた彼女の父親代わりを、自ら望まれてされてきたからですわ」

「あいつにそんな趣味があったとは意外だったな」

グロックは益々小馬鹿にしたように冷笑する。


愛情のこもった優しい眼差し、気遣いのある言葉と態度、アルフレッドが女性に対して必要以上に気を遣っているのをグロックは初めて見た。


大人しく待っている俯いた彼女の顔に、長く伸びた赤毛が纏わり付いている。

「さあもういいよ。立ってごらん」

彼の肩に掴まって机から降りた。

傷の具合は、さっきよりも大分良い様で、満足そうに彼に微笑んで返した。


「フレアと一緒に隣の部屋で待っていて」

彼は、その顔に纏わり付いた髪を優しく撫でて直した。

触れた指先に頬が赤く染まる。


グロックは椅子から立ち上がると、二人の側まで来て彼女の前に立った。

「名前は?」

「アレキライト•ノースです」

彼女の声に、慌ててアルフレッドが説明を加えた。

「紹介が遅れたが、今日から君の上官になるグロック•ザイツェンベルグ•アインホルン大佐だ」


それを訊いて慌てて敬礼の姿勢になる。

「よ…よろしくお願い致します。先程は失礼しました!」

「いや…それより俺の艦は13番ゲートから21時出航だから遅れるなよ」

「はいっ!」

グロックは言い終わると部屋から出ていった。

その後をアルフレッドは追いかけて、部屋の外で声をかけた。


「なぜ急に考えを変えたんだ?」

グロックは、一瞬、間をおいてから答えた。

「今更配属は変更できないんだろう?だったら彼女に転属願いを出してもらうさ」

怪訝そうなアルフレッドに構わずグロックは話を続けた。

「俺たちの仕事がどんなものか、汚い仕事の一つや二つ経験すりゃ、泣いて父親の処へ戻るさ」

グロックは軽い気持ちで言ったつもりだったが、

「うるさい!父親って言うな!」

アルフレッドの思いがけない反応が返ってきた。


『なんだ、父親って言われるのを気にしてるのか?』

つまらないことを気にするもんだと可笑しくなった。


「そう云う事だ。じゃあな」

グロックは満面の笑みで手を振ると、そのまま行ってしまった。


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