第510話 subroutine ???_任務終了


◇◇◇ ???視点 ◇◇◇


 計画は成功した。


 あの御方の指示通り、目障りな小娘を始末できた。

 ヴェラザード・マスハス。分家の小娘。爵位も持たぬ名ばかりの貴族。

 あの小娘が興味本位で〝憂国会〟のことをしらべなければ、このような悲劇にはならなかっただろう。


 暗殺したクラレンスもそうだが、マスハス家の女はみな好奇心が強い傾向にある。先代の女もそうだったらしい。

 なまじっか優秀なだけに周囲を見下し、それゆえ警戒を怠った。天才と秀才を履き違えた愚か者の末路だ。


 二人とも人より秀でた頭脳であったがために私に殺された。

 優秀がゆえに騙しやすかったとも言える。

 ままあることだ。疑り深いがゆえに、一度信じると、とことん相手を疑わない。


 自殺に見せかける慣れない殺しだったので、引っ掻かれてしまったが、ヴェラザードのときはそれが役に立った。機転を利かせて、襲われた際に怪我をしたと言えた。面倒ではあるが施療院にも行ったので、私が疑われることはないだろう。


 それにしても憐れな一族だ。女は優秀ではあるが、男がああも無能だとは……。嫡男のイスカ・マスハスだったか。あれは実に扱いやすい駒だった。女たちがあれなせいで、マスハス家の代々の男は慎重な者が多い。イスカを手駒にするのにもっと時間を要するものだと考えていたのだが、拍子抜けするほど楽だった。


 部下を通じて、あの男を買収できたのは僥倖ぎょうこうと言えよう。


 打算に満ちた男で、利益があると判断すると簡単に釣れた。リスクを考えない馬鹿で、驚くほど安い餌で釣れた。

 おかげで、失敗を隠せた。


 ヴェラザードを自害に見せかけた殺したまではよかった。クラレンスの居室に死体を置いて、筆跡を真似た遺書を置いてきたのだが、あれはマズかった。誰にも見分けがつかないほど精巧に真似てしまったのだ。

 だからイスカを利用して、見抜ける程度に書き損じた遺書にすり替えさせた。


 それにしても意外だ。あんな無能に家督を譲ろうと本気で考えていたとは……。マスハス家の女は馬鹿でもある。そういえば、四代前の女も、とてつもない馬鹿を当主に据えていたらしい。


「…………血は争えないか」


 かくいう私も密偵の血筋。ベルーガ王家に数百年間仕え続けた忠臣中の忠臣――サリエリ家の末裔だ。闇ギルド如きが、束になっても敵わぬ密偵一族。それがサリエリ家。ベルーガが北大陸の盟主になれたのも、我が家の力があってのこと。


 それをこともあろうに、黒太子様ともども粛清しゅくせいするとは……。


 もし三代前の黒太子様が玉座についていれば、我が家はここまで落ちぶれることはなかっただろう。

 王宮の警護を任されていただけの道化――スレイド家もここまで重用されることはなかっただろう。

 無能な貴族がのさばることはなかっただろう。


 すべては我らサリエリ家と黒太子様をないがしろにした王族が悪いのだ。


 それにしても残念だ。あの御方の心変わりがなければ、今頃ベルーガは滅びていたのに。

 マキナ一強の勢力図をよしとしなかったあの御方が手を緩めたせいで、ベルーガはしぶとく生き残っている。


 それもこれもランズベリーやザーナの無能どもが足並みを揃えなかったせいだ!

 あれらの無能を間引いてもいいが、それだとベルーガは息を吹き返してしまう。

 つい最近届いた指示書には、くベルーガへ侵攻させよとあった。当面はそっちを担当しよう。


 ベルーガ滅亡までまだ時間はある。急げば、王都が火に包まれる瞬間を見ることができるだろう。

 まだまだ先の未来ではあるが、楽しみでならない。


「名残惜しいですが、これが見納めですね」


 私は必要最低限の荷物を手に、城門を目指した。


 ヴェラザード・マスハスを殺して、一週間が経つ。城門に設けられた検問もそろそろ緩くなる頃合いだろう。

 明日の明朝、仲間が騒ぎを起こす手筈になっている。それに乗じて検問を抜ける予定りだ。


 それにしても最近の王都の夜は騒がしい。随分と仕事がやりにくくなった。それもこれも、ラスティなる成り上がりが街路灯というものを発明したからだ。


 道すがら、夜の街並みを目に焼き付ける。


 高度に発達した〝測量〟という技術で寸分違うことなく区画整理された街並みは美しく、新しい建築様式を取り入れた家屋は華やかだ。新旧の家屋の対比がベルーガの歴史を暗に物語っている。丁寧に敷き詰められた石畳に凹凸は無く、等間隔に建てられた魔道具製の街路灯。灯りと道の秩序が根付いている。

 まさに美と威厳を体現した街並みだ。


 私たち〝憂国会〟が行おうとしているのは、その美しい街並みを破壊し尽くすことだ。

 後世残る大罪になるだろう。


 しかし、良心は痛まない。

 奴らが先に仕掛けて来たことだ。私たちはその仕返しをするだけ。


 最後に、焼け落ちる前の栄光に包まれた王都を目に焼き付ける。

「ああ、炎に彩られる王都を見るのが待ち遠しいです」

 昂揚していたせいで、つい本音が零れてしまった。


 さすがに深夜ともなると人通りはない。しかし、道中で思っていることを口に出してしまうとは密偵らしからぬ失態だ。同じ過ちをせぬよう気をつけよう。


 ふっと息を吐いて、気を引き締める。


 今日は王都の外れにある安宿で泊まって、仲間に報告を言付ける予定だ。翌朝、王都を発って、そして…………。


 今後の予定について考えていると、視界に人影が映った。はっとなって確認すると、目を包帯で巻いた女性が街路灯にもたれ掛かっていた。その女は細巻きの紙タバコを指に挟み、紫煙をくゆらせている。


 客引きの娼婦? にしては格好がそれらしくない。そもそも、なんで包帯で目を覆っているのだろう? 目を隠すファッションが流行っているとか?


 歩きながら、横目で女を観察する。


 身体にピッチリとした皮のズボンとベストを着込んでいる。大胆に胸元を開いたベストからはシャツに包まれた豊満な胸がせり出してた。男を魅了する出で立ちだが、淫靡な雰囲気はない。それどころか、こざっぱりとして清らかなイメージすらある。

 あまり見かけない衣装だ。王都にやってきた他国の冒険者だろうか?


 悪目立ちこそしないものの人目を引くことから、密偵ではないと結論づけた。


 怯える相手ではない。自然体でやり過ごそう。


 そう思い、女の前を横切った。次の瞬間、

「あなた、マスハス家で働いていた侍女よね」


 ドキっとした。

 動揺を悟られぬよう歩調を変えず歩く。


 自分の行動におかしなところがないか考える。


 マスハス家で起こった不幸から、屋敷に勤めていた連中は職を失った。

 それから、犯罪者にするようにマスハス家で起こったことを根掘り葉掘り聞かれた。

 牢屋みたいな場所で、寝て起きるだけの窮屈きゅうくつな部屋から解放されたかと思うと、今度は給金の手続きだ。

 貴族が理由無く使用人を解雇した場合、国に申請すれば幾何かの給金が支払われる。庶民としてはありがたいことだが、貴族社会の内情を口外するなという暗黙の了解も含まれている。

 そのことが記されている書類に何枚もサインをさせられるのが通例だ。マスハス家で働いていた者は、悪戦苦闘しながらもその手続きをすませた。私もだ。マスハス家に潜入する前に殺した女――『リナ・サラバス』に成りすまし、偽のサインをした。書類審査は怪しまれることなく通り、本来より多めの給金を手に入れた。


 次に働くあてもないので、王都を去ってもなんらおかしなことはない。


 なぜいまになって……。


 それに女は、私をマスハス家で働いていた侍女と断定した。ありえない。両目を包帯で覆っているのだ。わからないはず。


 どうせ何かの冗談だろう、それがたまたま当たった。それだけのことだ。胡乱げな占い師がよくつかう手口。


 ああ、失念していた。ここは王都だ。

 おおかた、貴族事情を聞きかじった碌でなしが、マスハス家の使用人が解雇されると踏んで、多めにもらった給金をたかるつもりだろう。

 そう割りきって、歩き続ける。


 後ろから足音が近づいてきた。女の足音、それも早足だ。

「ちょっと待ちなさい。わかっているのよ、あなたがマスハス家のことで嘘の証言をしたことを。あなたはヴェラザード付きの侍女なのに、偽の遺書を本物だと偽った。それだけじゃないわ。ヴェラザードを殺して、クラレンス・マスハスも殺した。自殺に見せかけるのに手間取ったのよね。だから二人に、死の間際引っかかれた」


 私がヴェラザード・マスハスを殺したことを知っている! …………これ以上秘密が露見せぬうちに殺してしまおう。


 目の不自由な相手が一人、私も一人。不気味な女だが勝機はある。こちらには屋敷の連中をバラすのにつかった魔法剣がある。ナイフのように小振りだが切れ味は抜群だ。鎧すらチーズのように切り裂ける。負けるはずがない。


 足をとめて、相手が近づくのを待つ。そして振り向きざまに魔法剣で……。


 完璧な計画に思えたが、女はある一定の距離から近づかなかった。

「あなたが〝憂国会〟の一員かどうかなんて、どうでもいいわ」


「何を仰っているのでしょう? 私には意味がわかりません。人ちがいでは?」


「誤魔化さなくてもいいわ。私、いま虫の居所が悪いの。大切な夫を苦しめたあなたを許せそうにないわ。だからここで後腐れなく始末する」


 始末? 闇ギルドの手の者か?! フンッ、寄せあつめの暗殺集団如きに、後れを取るサリエリ家ではないわッ!

 袖のなかに仕込んでいた魔法剣を取り出し、女に飛びかかろうと石畳を力強く蹴った。滑るように石畳の上を飛ぶ。


 女はタバコを投げ捨てた。立ち尽くしたままだ。その場から一歩も動こうとしない。


 二歩目、視界の端に流れる風景が加速した! 次に足を着くときが、女の最後だ!


 引き抜いた魔法剣に魔力を流し…………そこで私の知る世界がぜた。

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