第507話 ヴェラザード①



 ゴタゴタが続いたせいで、ヴェラザードのことをすっかり忘れていた。


 彼女に叛乱の罪が及ばぬよう、アデルとエレナ事務官に頼み込んでいる。悪いようにはならないだろう。


 その後の進捗状況が気になったので、尋ねてみると、

「スレイド大尉も厄介な問題を押しつけてくれたわね」


「……というと、やはり無理だったんですか?」


「誰も無理とは言ってないわ。それなりに借りをつくる結果になったけど、ヴェラザード・マスハスの身の安全は保障するわ」


「よかった」


 ヴェラザードに罪が及ばないことを知りほっとする。


「ただし条件が一つ」


「なんでしょうか。俺にできることならやりますけど」


「あなたじゃないわよ。ヴェラザード本人への条件よ」


「巻き込むんですか?」


 なんらかの手段を用いて、ヴェラザードにマスハス家を継がせるつもりなのか? あの家は王道派の旗頭を務めた家系だし、侯爵だ。政治利用を視野に入れているのだろう。


 俺としては、権力闘争に関わりたくない彼女を巻き込むのは嫌だが、いまはえり好みしている場合ではない。彼女の安全が先決だ。乗っかろう。


「どんな条件ですか?」


「未来の官僚候補よ。リュール少尉から聞いた話だと、かなり優秀らしいから」


「優秀なのは確かですけど、まだ子供ですよ」


「成人の儀はすませているんでしょう」


「表向きはね。実際はまだらしいですけど。……そういえば、王都でやるようなことを言っていましたね」


「まあ、そこら辺は誤差の範囲だからどうでもいいわ。で、どうなの? 彼女受けてくれそう?」


「まだ知り合って数回しか会っていませんから、そればっかりは……。政治や権力闘争の場を避けているようでしたし」


「だったら、スレイド大尉が説得すればいいじゃない。たぶん、そのヴェラザードって娘、あなたに『ほ』の字よ」


「『ほ』の字?」


「あー、宙民には馴染みのない言葉だったわね。訂正するわ。お兄ちゃんに惚れているはずよ」


「まさかぁ。十歳以上歳が離れているんですよ。それはないかと」


「マリンちゃんも、それくらい歳が離れていなかったかしら?」


「年の差はギリ十歳ですよ」


「そっちの説得は一任するわ。スレイド大尉が持ってきた案件だから、そっちで説得してちょうだ。それがヴェラザードを助ける最低条件だから」


「わかりました。近日中に伝えておきます」


「今日じゃないの?」


「いろいろと片付けないといけない用事があるんで……ホエルンの目とかね」


「ちゃんと奥さんのケアしてるのね。感心感心」


「それじゃあ、俺はこの辺で失礼します」


「朗報を待っているわ」


 気になっていた大きな問題は解決しそうだ。

 ヴェラザードに嘘をつく結果にならず、ほっとした。


 彼女の前で、任せろって見得を切ったものの、政治世界の伝手はない。四卿の方々に頼めばなんとかしてくれそうだが、いまは国政で手一杯だ。あまり頼りすぎるのもね。


 ともあれ気が楽になった。

 とたんにやるべきことが脳裏に浮かぶ。


 ホエルンと一緒にマッシモさんのいる施療院へ診察に行かないといけない。それに、俺の出資した出版会社――トロイダル社にも。今後の出版物について、きちんと相談しておかないとな。


 結局、ヴェラザードと会うのを一日ずらすことにした。



◇◇◇



 取り急いでの用事もすませたので、今日はマスハス邸を訪問する。

 こっそりとではなく、正門から堂々と。


 今日は大義名分を持っている。ヴェラザードを義理の妹にするという、アデル陛下公認の縁組みだ。抜かりなく正式の書面も持参している。これさえあれば、敵対派閥が文句を言ってきても黙らせることができるだろう。


 念を入れて、騎士の一団を率いている。それ以外にも側付きのホルニッセ、弁の立ちそうなエッジウッド卿、それに星方教会の純潔騎士――オリエさんとディアナも連れてきた。


 王族らしく騎士に隊列を組ませ、先頭を歩く。

 貴族区画に入り、マスハス邸へと向かった。


 目指す屋敷まであと半分というところで、焦げ臭い匂いが鼻をついた。

「ゴミでも燃やしているのか?」


 俺の疑問に答えてくれたのはディアナだった。

 銃器を扱うだけあって、遠くにある異変を察知する能力に長けているらしい。彼女は遠くの空を指さして、

「聖下、火事のようです」


 ディアナが指さしているのは、マスハス邸の方角だ。

 カーラの残してくれた近衛の精鋭が屋敷を取り囲んでいるので、問題はないと思うが……。放っておくのも問題だ。


「何名か、消火活動に向かわせてくれ」


 ホルニッセに言うと、彼は即座に八名を選抜し消火活動に向かわせた。

 とめていた足を動かす。


 しばらく歩くと、消火活動に向かわせたうちの一人が大慌てで戻ってきた。

「スレイド閣下、大変です!」


「どうした? 人手が足りないのか?」


「火の手はマスハス邸からあがっております!」


「なんだって!」


 王族の威厳なんか無視して、マスハス邸に走った。

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