第506話 さらなる追撃



 使節団の一件が終わって楽ができると思っていたのに、災難続きだ。


〝憂国会〟の捜索、宇宙軍の裏切り者討伐、それに星方教会の聖献騒ぎ。さらには、二人目の大陸屈指の賢者という頭の痛い問題が浮上してきた。


 第二王都の叛乱も収束しつつあると聞いたので、あっちへ行きたいが、それもままならない。


 ベルーガは中央の王都に、北の第二王都とボヤ続きだ。頼みの綱のホエルンも目が見えないし、王都に仲間がいない以上離れるわけにもいかない。かといってリュールたち退官組を酷使するのも問題だ。彼らとは、手伝いという約束だし。


 あー、軍事担当の人材があつまったと思っていたのに、これじゃあ全然足りない。政治担当の人材もまだまだ必要になってくるのに。頭が痛い。


 忘れかけていた胃痛が襲いかかってきた。


 執務机に入れていた胃薬を飲む。


「一体いつになったら子作りしてもらえるのですか?」

 どこからあらわれたのか、金髪赤眼の残念な男装麗人が耳元に語りかけてくる。


「妻の目を治してもらうのが先です」


「はぁ~、疑り深い人ですね。私の力を見たでしょう。嘘はつきません」


「どうだか」


「もしかして、私って信用無いとか?」


 いまさらである。


「最初からハッキリ言ってくれていれば対応はちがったでしょうね」


「初対面で、大陸屈指の賢者と名乗っても信用しないでしょう」


「……うっ」


 正論である。かくいう俺も彼女の力の一端を見たから信じているわけで、目の前にふらりとあらわれた女性が、大陸屈指の賢者だと名乗っても信じないだろう。そもそも姿形に関しての文献も情報も無い。確認する手立てがないので、本人かわからない。まるで悪魔の証明だ。


「質問しても良いですか。えー、めふぃー」


「メイルズフィードです」


「面倒臭いのでメフィで」


「…………」


「子供を授かりたいと言っていましたけど、理由は聞いていませんでした。当事者である俺には知る権利があるはずです」


「単純に興味が湧いたからです」


「どんな?」


「あなたの奇抜な発想と、私の優秀な頭脳を持った子。その子がどんな芸術を開花させてくれるか! 考えるだけでゾクゾクしてきます。きっと恐ろしいほどの才能を秘めているのでしょう。その証拠にほら、全身が粟立っています」


 そう言って、メフィは胸元を開いた。

 なかなか見応えのある谷間がお目見えした。男装しているからなのか、みっしりと詰まった入り口からしてキツキツだ。


 紙くらい難なく挟めそうだな。


 無意識に、ゴクリと喉が鳴る。

 奇妙な感覚だ。


 ふと顔を上げると、爛々と赤く輝くメフィの目があった。その目を見ていると、なんだか身体がふわふわしてきて……。


 気がつくと、吸い込まれるように顔が近づいてきた。

 なんだかどうでも良くなり、流されかけたところで、相棒から通信が入ってきた。


 いいところだったのに……いいところ?


――ラスティ、危険です。なんらかの精神攻撃を受けています!――


 慌ててメフィを押し退ける。


「俺に何したんですか!」


 彼女はきょとんとしてから、ニンマリと笑った。

「残念。魔術の腕もなかなかと聞いていましたが、想像以上ですね。まさか抵抗レジストされるとは」


「……もしかして、魔法をかけてたとか?」


「厳密にはちがいますが、似たようなものです」


 魔法とちがう? 魔族の持っている特殊能力か? それともカーラみたいな不思議な目とか?

 興味を惹かれた。


 そういえばメフィが、なんの種族か知らない。不思議な力についてならセクハラ問題にはならないだろうし、聞いてみよう


「それって、どんな力なんですか」



「悪魔? 魔族じゃなくて」


「ええ、悪魔です。厳密には悪魔族ですね」


「似たような感じがしますけど、どのようなちがいがあるんですか?」


「簡単に説明すると、魔族の上位種といったところです」


 魔族の上位種……ってことはマリンよりも強いのか。まあ、大陸屈指の賢者といえばモルちゃんと同格だし、勝てる見込みはないか……。

 男として、酷く自信を無くしてしまった。


「差し支えなければ、メイルズフィードさんの位階と尊称を教えてくれませんかね」


「なんで?」


「お互いに素性をハッキリさせておきたいな、と思いまして」


「私は別にかまいません。素性を知ろうが知るまいが、子作りすることに変更はありませんから。知りたければモルガナにでも聞いてください」


 残念系に拒絶系が加わった。

 取り扱いの難しい女性だ。


 宇宙軍の裏切り者と戦ったとき加勢してくれたので、味方になったと思っていたのに、微妙な立ち位置でつきまとってくる。

 どうしたもんだろう。


 敵対者ではないので、安心しているが、それも怪しい流れだな。なんせピンク髪のインチキ眼鏡みたいに代償、代償ってうるさいし。


 なぜか、憐れな木工少年を思い出した。


 あいつら今頃どうしてるんだろうな。工房の面々はスパを造るために北へ行っている。問題が無ければいいのだが……。


 あれこれ考えても、遠くのことだ。手助けどころか、現状を知ることもできない。なるようにしかならないだろう。


 今後のことを見据えて、開発作業に勤しむ。


 今回、再現したのはこの惑星でもっとも再現したくなかったアイテムだ。

 そう、歴史上悲劇を生み続ける悪魔のは発明――銃だ。

 製造に必要な機械や材料は揃っている。特に弾に使用する真鍮なんかは、倉庫単位で余っている状態だ。炸薬ガンパウダーの原材料もベルーガ西部でまかなえるので、その気になれば爆発的に普及させることが可能だ。


 ま、やらないけどね。


 開発するにいたった理由は二つ。ブリジットの熱い要望とディアナが銃をメインに戦うからだ。


 関係を持ったからではないが、ディアナには良い武器を支給したい。純潔騎士とはいえ序列十位と微妙な娘だし、何かあったとき自分の身を守れるくらいにはね。


 ちなみにほかの純潔騎士の装備は、思っていたより上等な物だった。

 さすがは歴史ある宗教国家というべきか、どれも魔法が付与された逸品ばかりで、それらを上回る武具を支給できそうにない。支給できるものといえば、動きやすいインナーやブーツぐらいだろう。


 幸いなことにイデアで彼女たちの体型は把握している。外部野に保存しているデータをもとにオートクチュールの逸品を献上しよう。


 良かれと思ってインナーやブーツをプレゼントしたが、なぜかエアフリーデさんに引っぱたかれた。

「この好色家ッ!」


「気にしちゃ駄目だよ、聖下。エアフリーデはああいう娘なんだ」

 オリエさんは俺の肩を叩くと、にやにやした顔を近づけてきた。

「なんてったって、生娘だからね」


「…………」


「ヤツガレは誰かさんのせいで生娘じゃなくなったけど、まあ、それについては許してやるよ」

 オリエさんは、意味深な言葉を残して離れていった。


 不毛である。

 せっかく妹と瓜二つの義妹ができたのに、さっそく嫌われるとは……。

 かつての俺のように、尊敬される兄に戻らねばッ!


 決意を新たにしたところで、袖が引かれた。

 振り向くと、ディアナが上目遣いでこっちを見ている。

 控え目で愛らしい。妹の鑑だな。


 そんなことを考えていると、

「せ、聖下。贈り物を賜り嬉しいのですが、ジブン、付け方がわかりません。あとで教えてくれませんか?」


「こういうことは、仲間に聞いたほうがいいんじゃないかな」


 アルチェムさんに目配せする。

 頭の回転が速い彼女は、即座に俺の意図を読み取ってくれたらしい。口を開いて…………そのまま固まった。


 ん? どうした?


 アルチェムさんの目を見ると、鬼のような形相をしたディアナが映っていた。凄まじい嫉妬だ。肌がピリピリする!


 妻たち以上の危険な何かを感じた。


 脳汁全開で言い訳を考える。

「ディアナ、そういうのを手伝うのは駄目だ。試着する楽しみが減ってしまう」


「楽しみ……ハッ! そうなのですね。そういうことなのですねッ! ジブンとしたことが浅はかでしたッ!」


 どういうことかは知らないが、悪い方向に勘違いしたのは確かだ。しかし、ここでこれ以上泥沼になることを考えると、次善手といったところか。未来に問題を丸投げした感はあるものの、よしとした。


 トドメに〝顎くい〟を決めて、ディアナを撃退した。


 最近ふと思うのだが、俺の立っている場所って地雷原じゃないのか?


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