第505話 気難しい聖献たち
望まぬ嫁インフレの結果。俺は十三人との女性と関係を持つようになった。
わかりやすくするため、タグ付けをしてみた。
内訳はこうなる妻六人、お妾さん四人、星方教会三人。
妻は正妻、お妾さんは政妻、星方教会は星妻。どれも『セイサイ』だ。
これだけでも気が重いのに、さらに厄介なのが一人。モルちゃんと同じ大陸屈指の賢者――メフィだ。
いまはホエルンと星妻の三人だけだからいいとして、これからが問題だ。
いずれ壮絶な家庭内戦争が勃発するだろう。
痴情のもつれで刺し殺されるか、搾り取られて枯れ果てるかの未来しか視えてこない……。
この惑星から逃げたくなってきた。
なかば放心状態でいると、アデルが肩を叩いてきた。
「義兄上こそ、真の勇者だ。余には真似できない」
「アデル……」
助けてくれと言おうとしたら、義弟は、
「義兄上よ。歴史に名を刻む第二の性帝を目指してくれ」
えっ、そっち!
「アデルには正直に話すけど、俺は性帝になる気なんてサラサラ無いんだ!」
「隠さずとも良い。男であれば、誰しもが一度はそうなりたいと願うもの。ほぼすべての者は大人になった段階でその夢を捨てるが、義兄上ならばできる! 余は信じておるぞ」
「もしかして、アデルって性帝に憧れていたのかッ!」
「エレナと出会う前はな。しかし、一度エレナを知ってしまうとほかの女など…………フッ」
義弟は鼻で笑った。
エレナ事務官の何をどう知ってしまったのだろう。気になって仕方ない。
本人がそばにいるので、聞けないでいると、
「エレナはまさに傾国の美女、いや傾世の美女といったところか。義兄上にはやらぬぞ」
アデルは腰に手をやり、ふふんと胸を反らした。どうやら自慢しているらしい。すぐ隣りに話題の人がいるというのに大胆だ。伊達にマキナの親征軍に突撃していない。見事な勇気と
問題のエレナ事務官だが、アデルの横で恥ずかしそうに頬を赤らめている。自覚があるのだろう、隠すように軽く握った拳を口元に。
双方とも上機嫌なようので、さらに一押ししてやることにした。ちょっとした悪戯だ。
そっと耳元で囁く。
『やるやらないじゃなくて、エレナ事務官のほうが離れないでしょう』
とたんにアデルの顔がまっ赤になった。いまにも火を噴きそうな有様だ。
純粋な義弟を愛でたところで、星方教会のみなさんを案内しよう。これから生活する部屋に。
国賓の部屋に泊まっていては、持ってきた荷物を解けないし、落ち着いて眠れないだろう。
やはり寝泊まりするなら自分の部屋だ。ベッドやクッションだって自分好みにしたいだろうし、部屋の内装も拘りたいだろう。
そんなわけで部屋を用意した。俺の執務室のある棟だ。あそこにはお妾さんも住んでいるし、いくつか空き部屋がある。
一応、どの部屋も広さは惑星地球単位でいう二〇畳はある。基本設備である、キッチン、風呂、トイレ、ランドリーを除いて設計は自由だ。広々とした空間を楽しむもよし、書庫を設けるもよす、趣味の空間を設けるもよしだ。
俺的にはお一人用のダイニングキッチンと寝室があれば十分なのだが、この惑星の住人の考え方はいまいちピンとこない。
お妾さんたちは狭いと言って、二人で三部屋も専有している。
エアフリーデさんたちは星方教会でも上の人なので、そういった要望にも応えられるようにするつもりだが、どうなるのだろう?
とりあえず、俺好みの基本設計をした部屋を見てもらうことにした。
「みなさんに寝泊まりしてもらう部屋はこちらです」
どんな反応を示すのかドキドキしながら部屋を案内する。
「広いですね」と、乙女全開で手を合わせるエアフリーデさん。
「これがベルーガの建築様式」フンフンと鼻息荒くメモを取る、アルチェムさん。
「ヤツガレは剣を置けて、寝れりゃあそれでいいよ」と、尊大な胸を躍らせるオリエさん。
「音は漏れませんか?」いきなりぶっ込んでくる自覚の無いディアナ。
返ってくる言葉はさまざまだが、高評価だとわかった。
次は設備だけのスケルトンな部屋を案内しようと思ったら、なぜかみんな荷物を置きだした。
「んッ? まだ部屋はありますけど」
「「「「えっ!」」」」
なぜ驚く?
「この部屋はあくまで見本で、みなさんにはここと同じスペースの部屋を各人に用意しています」
「「「「これと同じ部屋が全員分!」」」」
「えっ、ええ。内装はまだですけど……。部屋のデザインは好きにしてください。職人に造らせますんで」
「「「「…………」」」」
無言になった。
「あのう、お気に召しませんでしたか?」
尋ねると四人揃って頭を横に振った。
「何がいけなかったのかなぁ」
腕組みして考えていると、アルチェムさんが袖を引いてきた。
「お気に召すどころではありません。私たちには広すぎます」
「そ、そうなんですか!」
「はい、イデアではこれくらいの部屋に住んでいましたから」
知性派のアルチェムさんが、床をトコトコ歩き、イデアで住んでいた部屋の広さを示してくれた。
その広さ、驚くことにたった二畳半。ベッドに机、クローゼットと宇宙の狭小住宅よりも狭い。驚くことにまだ先がある。なんと二人で二畳半をシェアしているのだとか。
あまりの衝撃に卒倒しかける。
この惑星の収納技術はそれほど高くない。それなのに、二人で二畳半という狭さ! ブラックだ! 想像を絶するブラックだ!
そういえばブラック企業列伝にも似たような部屋が出てくるな。たしか〝タコ部屋〟だったか。あれは社畜でもカーストの低いエリート社畜の住む部屋だと聞いている。この惑星にもブラックの波が来ているとはッ!
ホワイト推進派の俺としては見過ごせない。
「アルチェムさんたちはスキーマ様が遣わしてくださった聖献です。雑な扱いはできません。是が非でも一人一部屋でお願いします。これはスキーマ様へのお礼も兼ねていますので」
それっぽいことを言うも、彼女たちは萎縮している。そんなに広く感じるのか。
アルチェムさんでは駄目だと思ったのか、エアフリーデさんが出てきた。
「ラスティ聖下。お気持ちは嬉しいのですが、我らは星方教会の信徒。質素な生活を望みます」
「おかしな理屈だな。質素を望むのなら、なぜ高価な魔法剣や防具を身につけているんだ? それこそミーフーのように木製の武器でもいいのに」
「うっ…………」
どうやら痛いところに刺さったらしい。
口撃を続ける。
「それにだ。聖地イデアの大聖堂。あれも無駄なような気がする。主神スキーマ様に対する尊崇の念があるんだろうけど、本当に心の底から信心しているのなら、立派な聖堂なんていらないはずだと思うんだけど。サタニアなんて、教会らしき建物を持ってない場所もあるし」
「くぅッ…………」
効いてる効いてる。長引かせるのもなんだ。そろそろトドメを刺してやろう。
「聖典に『分け隔て無く』なんてあるけどさ、〈癒やしの業〉に寄付が必要なのも変だと思う。俺には『慈愛』の精神が欠けているようにしか思えない」
「くにゅうぅ~~~」
エアフリーデさんは顔をまっ赤にして引き結んだ唇を波打たせている。どうやら言い返せないらしい。
妹似の女性を虐めるのもなんだし、さくっと話を切り上げよう。
「気に障ったようでしたら謝ります。すみませんでした。ですが、この部屋をつかってもらうのには意味があります」
「……意味?」
「はい。俺の知っている格言にこうあります。『衣食足りて礼節を知る』と。人は食べる物、着る物があって初めて礼節の必要性を知るという格言です。現在ではそこに『住』が加わり、住む家の重要性を謳っています。衣食住揃って、人は初めて礼節の必要性を知り、それを習おうとする意味らしいです」
知的な話になると、またアルチェムさんが出てきた。
「殿下の言葉を実行するのであれば、私たちは食事もベルーガ風にせよというのですか?」
頭の良い女性だけあって舌鋒は鋭い。手厳しい切り返しだ。
「いえ、そこは宗教的な習慣を支持します。強要はしません」
「でしたら部屋も星方教会の習慣でお願いします」
強情だなぁ、イデアではそんな風に見えなかったのに。
どう説得しようか考えていると、エレナ事務官がやってきた。
「部屋割り、もう終わった?」
「いえ、それがなかなか。風習のちがいというか、教義のちがいというか……」
「で、彼女たちはどうしたいって言ってるの」
「部屋が広いから一部屋だけでいいと」
「じゃあ、そうすれば」
「いやいや、それはできないでしょう。ほかのみんなよりも劣るって差別じゃ無いですか」
「その差別を許容している国よ。それがお国柄なら、私たちにはどうしようもないわね。だって、それが普通なんだから」
暗に魔族や妖精族を迫害している事実をチラつかせる。完璧に煽っている。味方を煽ってどうするんだよ……。
「でもですねぇ。ここはベルーガなんで、差別は良くないと思うんですけど」
「いいじゃない。だって彼女たち聖献よ。物扱いでいいの」
あまりにも理不尽な解釈に、ついカッとなった。
「彼女たちは物じゃない。意志を持った一人の人間だ!」
「でも、その意志を持った人たちは物として扱われることを望んでいる。だったら、それを優先させるのが情ってものじゃないのかしら?」
「ちがうッ! エレナ事務官、あなたはいつから人を数字で見るような人間になったんですかッ! そりゃあ、教義や育ってきた環境で考え方はちがうけど、大元は同じのはず。であれば、きちんと同格に扱わないと駄目だ」
頭に血がのぼって支離滅裂なこと口走っている気はしたが、俺個人の考えを主張した。
人が真剣に話しているのに、帝室令嬢はどうでもいい小言のように、そっぽ向いて聞き流している。
一度、本気で怒鳴ってやろうかと考えていたら、
「彼の主張を聞いて、あなたたちはどう思っているの?」
エアフリーデさんたちに話を振った。
「ど、どうと申されても。イデアと同じ暮らしを営みたい、としか言えません」
「ふーん。で、そっちの緑のちびっ子は」
「ち、ちびっ子…………」
アルチェムさんが表情を引き攣らせる。
「そう、おちびさん、あなたのことよ」
「…………」
「一国の王妃が下問しているの、答えなさい」
「わ、私もエアフリーデと同じ意見です」
「じゃあ、彼、刑罰確定ね」
「「なぜ、そうなるのですかッ!」」
「だって、王妃である私に食ってかかってきたじゃない。それに部屋の改装なんだけど、もう発注済みなのよね。だから、不敬罪と無駄遣いで二重の罰を受けなきゃならないってこと」
「横暴です」
「横暴では?」
「その横暴をやってくれたのは、あなたたちでしょう。彼のこと、聖下って呼んではいるけど、教皇猊下からの聖献という立場を忘れているわ。わざわざ気をつかって、当たり障りの無い部屋まで用意したのに、それを拒否した。それだけじゃないわ、丁寧に説明しても、まったく聞く耳を持たない。そのおかげで、優しいスレイド公爵様は罪に問われるわけ。あなたたちのしていることのほうが横暴だと思わない?」
「「…………」」
「そこのちびっ子。あなたは特によ。頭が良いようだけど知識だけね。本質を理解していない。そんなんだから視野が狭くて、間違った判断をする」
「…………仰る通りです」
「素直に認めたフリをするのはやめなさい。目が血走っているわよ」
「…………」
「まあ、こっちのスレイド公にも非があるのはたしかだけど、彼の場合は善意だから責めづらいのよね」
説教の矛先がこっちに向いた。
「すみません」
「今回は両者に非があったってことで罪だの罰だのは不問にするけど。結局、どうするの?」
「「「「聖下の考えに従います」」」」
「いい返事ね。これに懲りて、私のお兄ちゃんを困らせるようなことは金輪際しないこと。わかった?」
「「「「わかりました」」」」
「素直でよろしい。では後日、あなたたちに仕事を申し渡します」
「「「「えッ!」」」」
「えッ、じゃない! はいでしょう!」
「「「「はいッ!」」」」
こうして、星方教会の新顔はエレナ事務官の手下になった。トベラ・マルローの後輩誕生の瞬間である。
しかし、相変わらず鮮やかなお手並みだ。
こんな人相手に、よくホエルンの教官職をもぎ取れたなと、自分でも不思議に思えた。
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