第504話 聖献
玉座の間へと通じる扉の前に来ると、俺は抱っこしていたホエルンを降ろした。
さすがに女性を抱っこしたまま入るわけにはいかない。そこらへんは弁えているつもりだ。
側付きのホルニッセが何も言わないということは、問題ないのだろう。
妻の手を引き大扉を潜り、アデルのいる玉座へ進む。
玉座のそばの壇下には、見知った顔が並んでいた。星方教会の純潔騎士たちだ。
妹と瓜二つの灰髪赤眼のエアフリーデさん。小柄な深緑髪のアルチェムさん。妖艶なナイスバディの金髪翠眼オリエさん。それに青い三つ編みの眼鏡っ娘ディアナと続く。
嫌な予感がしたものの、エレナ事務官の姿を確認したのでほっとした。
何かあったら、あの人の命令だって言おう。
そんなことを考えながら、握っているホエルンの手に力を込めた。もっとも怒らせたくない鬼教官が優しくきゅっと握り返してくる。
愛情は確認した。多少のことは許されるだろう……と思う。
用事があるのは俺だけなので、ホルニッセにホエルンを任せた。
玉座に歩み寄る。
「ラスティ・スレイド、陛下の命により参上しました」
「スレイド公。星方教会から聖献が届いておるぞ」
「はっ」
「星方教会が聖献を贈るのは何百年ぶりか……極めて稀なことよのう。余も同席させてもらうぞ」
「ご随意に」
アデルとの形式的な挨拶が終わると、星方教会の面々が挨拶に来た。
まずは代表のエアフリーデさん。お嬢様ヘアーの灰髪は、亡くなった妹を思い起こさせる。
妹への罪滅ぼしではないが、エアフリーデさんが幸せになれるよう裏で糸を引くつもりだ!
「お久しぶりです、ラスティ聖下」
「聖下?」
聡明な彼女は、俺の一言ですべてを察したらしい。
「失念しておりました。ラスティ聖下は大陸の外から来たのでしたね。聖下と呼ばれる理由をご説明しましょう」
聖下とは教会から贈られる名誉称号の特典だ。『神の僕』から始まるあれだ。なんでも普通は死後、聖人認定をうけるらしいのだが、極めて希有な存在として『聖人』という称号が存在する。星方教会が興ってから、生きている間の『聖人』認定はまだ三人しかいないと聞いて驚いた。
ちなみに一人目は、教会を興した初代教皇。星方教会では〝初代様〟で通っているらしい。
二人目は、過去の文献が散失し、名前はわからないとのこと。
で、肝心の聖献だが、これは主神スキーマの教義から来ているらしい。
まあ、聖地での食事に鑑みて、大した物は期待できないだろう。
星方教会を代表してエアフリーデさんが封のされた手紙を差し出してきた。
「こちらが聖献の目録になります。ご確認の上、受領のサイン、それと貴族の紋章をお願いします」
久々のハンコシステムだ。
紋章をつくっておいて良かった。
アデルと同じ指輪タイプの紋章で、受領の押印とサインをすませる。聖献というくらいだ、厄介な代物ではないだろう。
俺のあとにアデルに目録が渡った。
義弟は目録に目を通すなり、目を見開いた。
「あ、義兄上!」
政治の場で、その呼び方をするのは珍しい。公式の場では公私混同しないようにしているのに。
エレナ事務官がアデルを窘めようとして、こちらも目を見開いた。夫婦そろって目を見開くとは、聖献とはよほど高価な物らしい。こんなことならじっくり読んでおけば良かった。
「……スレイド大尉、内容をちゃんと読んだわよね」
エレナ事務官が棒読みで問いかけてくる。
「いえ、イデアで聖なる献上品だと聞いているので、詳しく読んでいませんけど」
エレナ事務官が、錆びた金具のようにぎこちない動きで顔を向けてくる。
「そ、そう…………なら仕方ないわね」
なぜか、すごく不安そうな顔をしていた。そして、すぐさま距離をとる。
聖献って危険物だったのか! 古代地球に存在したという宗教団体の最終兵器『ホーリーグレネード』を思い起こした。あれは伝説の異星人、魔王『ああああ』なる化け物を一撃で倒したという。
もしや、そんな超兵器を俺に!
「ちょっといいですか」
アデルから握り締めている目録をもらう。
改めて読んでみると、目を疑うような内容だった。
「なんですかコレッ!」
「義兄上よ、それは余のセリフだ。なぜ人が貢ぎ物なのだ」
そう、聖献の目録には人名が載っていた。それもイデアで関係を持った女性たちだ。あと、エアフリーデさんも。
長くお堅い文章のあと、締めくくるようにこう綴られていた。
聖献目録
慈愛――ディアナ
力――オリエ
叡智――アルチェム
義妹――エアフリーデ
上記にある四名を、聖人ラスティ・スレイドに献上する。
星方教会教皇カレンが承認する
星方教会教皇エレンが承認する
星方教会教皇セレンが承認する
やらかしてしまった……。言葉が出ない。
黙っていると、離れた場所からホエルンの声が聞こえてきた。
「急に黙り込んでどうしたのかしら?」
頬に手の平をあてがい、小首を傾げている。
言えない。口が裂けても言えない。義妹は別として、関係を持った女性三人をもらったなんて……。
その夜、我が家で夫婦喧嘩が勃発したのは言うまでもないだろう。
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