第502話 subroutine エレナ_血の繋がっていないお兄ちゃんは気難しい


◇◇◇ エレナ視点 ◇◇◇


 同じタイミングで帰ってきた使節団よりも先に、スレイド大尉の報告を受けたのだが……。


 宇宙軍の裏切り者を討伐したスレイド大尉は、報告を終えるなり文句言ってきた。

「エレナ事務官、ホエルンをあまり酷使しないでください。いくらベテランの大佐だからといっても個人の能力には限界があります。それと味方の戦力もです。今後は可能な限り多めにお願いします」

 一気呵成いっきかせいにまくし立てると、私みたいに机を叩いた。


 その表情は眉間に皺三つ。一本皺さえ見せない彼からすれば、天井知らずの激オコである。


 謝るべきか考える。


 判断材料は彼と一緒にやってきたホエルン大佐だ。それと初見の金髪赤眼の眼鏡をかけた男装美人。

 貞淑な妻を演じる大佐が、いつもならここで彼を窘めるのに、今日に限ってそれが無い。

 違和感があった。


 本来であれば軍社会の不条理を前例に挙げて、強引に押し切るのだけど、今回に限っては悪手らしい。

 ここは素直に謝ろう。


「ごめんなさい、今回は私のミスだわ。情報が足りなかった。スレイド大尉の言うように、もっと戦力を多くすべきだったわね。次からはちゃんと対処するわ」


 これで終わりかと思ったら、血の繋がっていないお兄ちゃんは、すごいことをぶっ込んできた。

「ホエルンの件は?」


「えっ、ホエルン大佐のこと? 運用はいままで通りでいいんじゃあ……」


「俺、最初になんて言ったか聞いてましたかッ? 彼女を酷使しないでくださいって言いましたよね。完全に記憶や目が治っているんならいいですけど、いまのホエルンに軍務は厳しいです。そこのところ理解してくれてますかッ!」


 スレイド大尉は引きつった笑みを顔に貼りつけていた。

 こんな彼、見たことない。上官マウントするだけで、いつもペコペコしていたのに。一体何が!?


「……それで本人の意見は」


「話をすり替えないでください。ホエルンではなく夫の俺が聞いているんです」


 くっ、正論だ。言い返せない。


「事務官、返事はッ!」


 引きつった笑みに、睨みが加わった。どうやら私はパンドラのはこを開けてしまったらしい。


「はっ、はいッ!」


「返事は噛まない! 簡潔に一度だけ!」


「はいッ!」


「話の腰を折って失礼、続きをどうぞ」


 今日のお兄ちゃんは、なんともやりづらい。


 様子を伺いながら、尋ねる

「そ、それで……ホエルン大佐の……処遇については……とりあえず待機……王城の警備ということでぇ…………」


 警備という言葉に反応した。とっさにホエルン大佐に抱きつき、

「危険ダメ絶対」


 まるで私がホエルン大佐を狙っているかのように、彼女を抱きしめている。

 バカップルというか、過保護な父親のようだ。娘はやらんぞオーラが出ている。

 スレイド大尉が難攻不落の要塞に見えてきた。


 しかし、私にも予定がある。〝憂国会〟という厄介な敵もいるし、近隣諸国の情勢もきな臭い。ホエルン大佐を遊ばせておく余裕はない。

 なんとか交渉の糸口を!


「あのう、それってもう軍務じゃないんだけどぉ。私の構想だとぉ……」


 スレイド大尉の目が吊り上がった。

「教官職があるでしょう! 新人育成、士官育成、戦力の増強、戦略・戦術研究……etcetc。何も現場に拘らなくてもいいでしょう。ホエルンの輝ける場所ならいくらでもありますよ。それともなんですか、目の不自由な彼女に特攻してこいって言うんですかッ!」


 か、輝ける…………。わからない。意味がわからない。本当に何があったの?

 ホエルン大佐に目配せしようにも、いまの彼女は目が見えない。

 人生で指折りの危機だ。どうやって切り抜けよう。


「スレイド大尉の要望を聞かせてちょうだい。二人は付き合いが長いから、そこら辺理解し合っているでしょう。ベストパフォーマンスを望む私としては、あなたたちの意見が聞きたいの」


 ホエルン大佐が手を挙げようとしたら、その手をスレイド大尉が掴んだ。


 大佐の発言を封殺して、

「でしたら教官職で」


「…………」


 なんだろう。時々、チョロく見えたんだけど、今日に限って勝ち筋が見えない。

 負けを認めるのは癪だけど、今回だけはお兄ちゃんを立ててあげよう。


「それだったら、希望する勤務部署を三つまで絞ってきて。それが決まってから軍部のお偉いさんと話しあうわ」


「その会議に同席しても良いですか」」


 えっ! 面倒臭そうだって言ってた会議に参加するとは……。久々に敗北した。




 結局、報告会は私の負けで終わった。

 血の繋がっていない兄の底力を見せられたわけなのだが……。


「奥さんに有無を言わせないスレイド大尉を見たのは初めてね」


 この件に関しては同意見らしく、側付きのロビンも即答した。

「ええ、初めて見ました」


 持つべき者は側付きである。優秀なロビンは私の味方らしい。


「ねえ、ロビン。いまの勤務形態に不満はない?」


「何を突然! 閣下のもとで働けて光栄です」


「……本音のところは?」


「…………」


「即答しないってことは、何かあるのよね」


「……少しばかり」


 ロビンが拗らせてスレイド大尉みたいになるのは嫌だ。なので先手を打った。


「いいから話してご覧なさい。お兄ちゃんみたいになるのだけは回避したいの」


「同じスレイド家繋がりでですか?」


「ちがうわ。ただなんとなく」


 ロビンから得た情報をもとに、スレイド家の者に任務終了後は特別休暇を与えるとこを約束した。


 この惑星の労働条件は不備が多い。これくらいは譲歩しても問題ないだろう。

 ゆくゆくは国の記念日に祝日、ゴールデンウィークや年次有給を設けていくつもりだ。時間はかかるだろうけど、少しずつ宇宙の良い文化を根付かせていこう。


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