第501話 戦力ダウン



 シーラの傷を治して、みんなと合流する。


 なぜかホエルンは、そっぽを向いたまま腕組みしていた。

 かなりご機嫌斜めらしい。


 エッジウッド卿にこそっと尋ねる。

「彼女、何かあったんですか?」


「大ありじゃ。スレイド公も夫なら慰めてやりなさい」


 慰める? 意味がわからない。


 理由を聞くも、

「そこから先は自分で聞きなされ」

 と返された。


 戸惑いながらも本人に聞く。

「ホエルン、何かあったのか?」


 すると鬼教官は不審な挙動をした。きょろきょろと俺の周辺を見てから、一歩二歩と近づいてきて、なぜか顔を触ってきた。


「ちょっと、何するんだよ」


「ごめんなさい。でもこうしないと確認できないから」


 確認?


 変な行動はすぐに終わった。そして彼女は告げる。


「足を引っぱってごめんなさい。急に目が見えなくなって……」


「えッ!」


 驚きと同時に彼女の顔に手を伸ばす。頬に触れて、目を直視する。瞳に俺のが姿は映っているが、彼女の目は微動だにしない。表情も驚いたままだ。いつもなら頬を赤くするなり、照れたりするはずなのに……。


 そういえば、視覚障害が残ったままだったな。あれが一気に進行したとか?


「ほかに異常はないかッ!」


「AIにしらべさせたけど、問題があるのは目だけよ」


「目だけって!」


「大丈夫、安心して。もともと私の住んでいた辺境惑星は真っ暗だったわ。だから、コウモリみたいに聴覚が発達していて、音を頼りに生活していたの。この惑星に来てからは、全然つかってなかったけど、ちょっと練習すれば動けるようになるから。そうなったら復帰できる問題ないわ」


「問題大ありでしょう! 目が見えない女性を戦場に送り出すとか、俺は絶対に認めませんからね。夫としての権利を主張します!」


「でも、そうなると大変ね。戦力が大幅にダウンするけど大丈夫」


「大丈夫も何も、ホエルンありきの計画なんてしませんから!」


「そ、そう……だったらいいんだけど。…………もしかして、私って要らなかった?」


 なんだかんだと軍事に拘るホエルン。これはさすがにいけないと思い、声を大にして言ってやった。

「いい加減にしろッ! 問題があるとかないとかじゃないんだ! どこの世界に惚れた女を危険に晒す馬鹿がいるんだッ! 少しは俺の気持ちも考えてくれッ!」


 とたんにホエルンはシュンとした。

 言い過ぎた感はあるが、これくら言わないとわかってもらえないだろう。


「感情的になりすぎた。謝るよ、ごめん」


 ホエルンとの会話が終わると、今度はメイルズフィードだ。


 金髪赤眼の男装女子の手を引く。

「現状維持ってこのことだったんですね」


「そのようですね」


「知ってたんでしょう」


「まあ、なんとなくは」


「彼女の目を治す代償はいくらですか?」


「あなたに支払える額ではありません」


「では何を捧げればいいんですか?」


「何も。これからの人生はいただきましたし、あなたにはもう価値がありません。強いて挙げるなら子孫くらいでしょうか」


「子孫?」


「そうなりますね」

 と、メイルズフィードはホエルンへ目を向けた。


「子供は関係ないだろう」


「では奥さんの誰かで代用しますか?」


「それもちがう。目を治す代償は俺が支払う」


「それは困りましたね。さっきも言ったでしょう。あなたにはもう価値がない。しかしながら、あなたが世に出すデザインは奇抜です。良好な関係を続けていきたい」

 人を小馬鹿にしておいてメイルズフィードは、困り顔をした。


 一瞬、殴ってやろうかと思ったが、それをすればどうなるかを考えると迂闊に動けない。


「代替案はあるんですか?」


「一応、ありますよ」


「どんな」


「教えられません。企業秘密です」


「…………」


「もしもの話ですが、命を差し出すと言ったらどうします」


 メイルズフィードへの言葉を皮切りに、辺りに殺気が吹き荒れた。ホエルンだ!


 俯き加減に立ち尽くしているが、その両手は恐ろしいまでに硬く握りしめられていて、手の甲には血管が浮かびあがっている。怒りマックスだ。

 かつてないほど怒っている。


「単刀直入に言いますね。子供を下さい」


「…………だからそれはさっき駄目だって言ったでしょう!」


「ええ、ですから私との間に子供をつくってください。それで手を打ちます」


「はぁッ!」


「駄目なら、この話は無しということで」


 くっそー、人の足下見やがって!

 背に腹は代えられない。


 こうして俺は悪魔と二度目の契約を交わした。


 怒られると思っていたホエルンからは、ワンワン泣きつかれ、まるでオウムのように「ごめんなさい」を連呼された。


 メイルズフィードといい、今日のホエルンといい、女性の考えがまったく読めない。




 のちにマッシモ医師から教えてもらうことになるのだが、ホエルンの目は時間経過とともに治る症状らしい。いわゆる、記憶が元に戻った際に起こる一時的なものだと。


 またしても嵌められたわけだ。


 もしかして伝説の性帝も、いまの俺と同じようなアクシデントに見舞われていたのだろうか? いや、それはないか。なんせ一三〇人の奥さんって聞くし。一三〇人の女性に嵌められるなんて、俺以上のお人好しだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る