第500話 subroutine ???_転職指向
◇◇◇ ???大尉視点 ◇◇◇
私は、あのならず者たち――連邦の精兵どもの監視役として、敵地にいた。
戦闘に参加しないただの見届け役。簡単な任務に思えたこの任務には裏があった。
聞いたことのない
精兵といえば、私の所属する帝国の
そもそも奴らは精兵らしくない。帝国的な礼儀作法を身につけていないとしても、軍人として最低限の礼儀は叩き込まれているはずだ。それが、あの粗野な連中にはない。その立ち居振る舞いは、場末の酒場で飲んでいるならず者だ。
精兵を騙っているか、精兵でも最底辺の使い捨てだろう。
あまり気の進む任務ではないが、雇い主である聖王カウェンクスの命には逆らえない。
ならず者たちの監視を続ける。
光学迷彩機能のあるフード付きマントをしっかりと被り、目にはそれ専用のゴーグルを掛けている。これで私の姿は見えないはずだ。まずは目印の石柱のある場所へ行って、監視しやすい森のなかへと入る。
連邦の精兵チームは三日後に来る予定だ。それまで森で身を隠す。
火もおこせず、風呂にも入れない。寝床は硬くゴツゴツしていて最悪な野宿が続く。
食糧も最悪だ。残っていた宇宙軍の携行食糧を持ってきたが、全部ハズレのチョコバーだった。
足らずの食糧はマキナ聖王国で購入してきた干し肉で我慢する。それなりの値段の干し肉だったので、まともだと思っていたのだが見事に裏切られた。樹皮のように硬いうえに、酸っぱい。
この惑星に降り立った当初、ここまで酷い商品を扱っている店はなかった。こんな粗悪品が普通に出まわっているとは……。どうやら、マキナは国王の知らぬところで衰退していっているらしい。
本気でリクルートを考えねばならないようだ。
「そろそろ見限って国を出る頃合いか」
この任務を終えたら、どこぞの国の商船に乗ってマキナを出よう。北にある星方教会の聖地へ行くのもいいが、あそこは退屈だと聞いている。行くのなら、そこからさらに北にあるランズベリーだろう。法治国家だと聞くし、あそこの積み荷からは文明的な香りがする。それとも最近では滅多に船を見ない大陸南部の鉄国か。
それなりに選択肢はある。聖王にバレぬよう、次のリクルート先を吟味しよう。
監視任務なので、暇を潰すにはちょうど良い。ついあれこれと考えてしまった。
嫌なことを忘れて、明るい未来を夢想した。
◇◇◇
精兵チームが持ち場につく当日、異変が発生した。
ベルーガから馬に乗った一行がやってきたのだ。人数はたったの六人。しかし、取り合わせが奇妙だった。
妙齢の女ふたりに、男が三人、あとの一人は梟の被り物をかぶった珍妙な紳士。
その一行は、街道沿いの森が途切れるよりかなり手前で馬を降りた。そしてボロを着た男に馬を任せると、そのまま街道沿いを歩きだした。行き先は、精兵チームが陣取る予定の岩場だ。そのうちの一人が石柱に登った。
どうやら、作戦内容が漏れているらしい。
一応の仲間――精兵チームに連絡したいが、敵を攪乱させるための妨害電波発生装置が邪魔になって通信できない。
知らせるべきか迷って、任務を優先させた。
あの連邦の連中とは馬が合わない。下手に知らせるとかえって文句が来そうだ。あとが面倒だし、放っておこう。なぁに、精兵ならなんとかするだろう。
高みの見物を決め込むと、監視用のハンモックに寝転んだ。
予定よりも三時間も遅れて到着した自称精兵どもは、呆気なく敵に撃退された。敵に加勢が来たのもあるが、問題はそれだけではない。最初から膠着状態だった。失敗ならば早々に見切りをつければいいものを、のろのろやっているからだ。
自称精兵の馬鹿ども失敗はこれに留まらない。こともあろうに、聖王から借り受けた高速移動できる便利な馬車――
真性の阿呆である。これでよく軍人が務まったものだな。報告書を書く者の身にもなってほしい。
敵の被害はゼロで、こちらはほぼ壊滅。こんな報告をカウェンクスに提出したら、それこそ懲罰ものだ。
暗い未来が頭をよぎる。
しかし、まあ、私は監視役だ。それに、あの連中をあまり過信しないよう何度か進言している。睨まれるだろうが、聖王の勘気に触れることはないだろう。
一連の概要を外部野に保存して、現場での任務は終了。
本国に帰還しようとしたら、驚いたことにバスカービルがやってきた。
自慢のガラクタ――貴重な自律型セントリーガンをバラしてつくったチェーンガンを暴発で失い。誘爆した弾薬で大怪我を負っている。利き腕は肘から先が欠損していて、身体中にボコボコした赤黒い布を貼りつけたような有様だ。銃弾が貫いたとおぼしき弾痕からは、いまもじくじくと血が滲み出ている。
「助けてくれ、アンダルシア大尉。いるんだろう? 俺はまだ死にたくねぇ。なんでも言うことを聞くから後生だ!」
「…………」
「あんた、部下が欲しいって言ってたじゃないか! 俺がその部下になってやる。精兵の隊長をしていたんだ。優秀だぜ!」
人手が欲しいのは事実だが、躾のなっていない犬はいらない。そもそも優秀なら負けないだろう。
先の戦闘を見た限りだと、宇宙軍の生き残りが最低二人はいる。加勢にやってきのは魔術師だろう。真っ黒い柱を出現させた。この惑星の魔術師という連中は厄介だ。
それ以外はどうとでもなる連中ばかり、奇術師めいた妙齢の女に、老人と被り物をかぶった紳士風の剣士。
それを自称精兵の四人組は、一人も倒すことなく敗北した。
敵の宇宙軍兵士もレーザー式狙撃銃を装備していたが、あれは長距離用。あれだけ距離を詰めていて返り討ちにされるとは……拍子抜けもいいところだ。
宇宙軍の恥と割り切り、見捨てることにした。
「おいッ、聞いているのか! てめぇ、同じ軍の仲間だろう! その仲間を見捨てるってのか! 軍法会議にかけてやるぞッ! 聞いてるのかよ、ええッ!」
馬鹿ががなり立てる。
静かにしていればいいものを、これでは敵に見つけてくださいと言っているようなものだ。
そんなことを考えていたら、岩場からレーザーの赤い光が飛んできた。
その光が、バスカービルの耳を吹き飛ばす。
「いってぇぇええーーーーーー! クソッ、クソクソクソぉぉぉーーー! 覚えてろよアンダルシア、生き残ったらまっ先にてめぇをぶっ殺してやるッ!」
耳を押さえて、森の奥へ逃げていくバスカービル。
敵にまわった宇宙軍の仲間は、なかなか良い腕をしている。
外部野にあるシリアルを読み込んで身元を確認しようと思ったがやめた。万が一、私の存在がバレたらことだ。移動のアシが無いし逃げ切る自信もない。
マントの光学迷彩機能をオンにして、変装用の荷物を回収。行商人っぽく大きな袋を肩に掛けて、街道に出る。しばらくベルーガ側に歩いたあと、機能をオフにした。
この先に街がある。そこで行商人を偽り、三泊ほどしてからマキナに帰る予定だ。
怪我も無ければ武器も持っていない。外部野の電源も落としているので、宇宙軍の連中にもバレない。変装は完璧だ。どこから見ても行商人、誰からも怪しまれない。
街道を歩いていると、向こうからボロがやってきた。敵の一行にいたボロだ。目が見えないらしく杖をついている。
一瞬、ドキッとしたが、目が見えないのなら問題ない。行商人で押し通せるだろう。
何事もなくすれ違う。
ほっとしたところで、背後から声が湧いた。
「旦那ぁ、落としやしたよ」
ん? 落とし物をした?
慌てて身体を弄る。大切な物は何一つ欠けていない。
「何も落としてないぞ」
「おかしいですねぇ、たしかに音がしたんですかねぇ。ほらそこの辺りに」
ボロが杖で指し示した先は、雑草が生い茂っていた。
「本当に落としたのか?」
「間違いねぇです。アッシはこの通り目は見えませんがね、耳だけは自信があるんで」
と言って、ボロは手を出してきた。報酬の催促だろう。
どういう理屈か知らないが、私のことを行商人だと思ったらしい。我ながら素晴らしい変装だ。
商人らしく返す。
「そんなことを言っても騙されないぞ。報酬が欲しけりゃ、落とした物を見つけてこい」
「しようがありやせんねぇ……こっちでさぁ」
ボロが茂みをガサゴソやりだす。どうやら本当に落としたようだ。肩に掛けている荷袋を見る。マキナ特産の木彫りの像や箱、それに硬い果実。どれも落とせば転がるような形状をしている。
ボロとのやり取りを無視してもいいが、商品をすっぱり諦める商人はいないだろう。完璧な変装を目指すべく、ボロに付き合う。こういう経験が、いざというとき役に立つはずだ。
ポジティブ思考で、茂みを探す。ボロと手分けして探したが、落とし物は出てこなかった。
「本当に落としたんだろうな」
「ええ、たしかに落としやしたぜ。旦那の命をね」
ボロに振り返りながら、高周波コンバットナイフを引き抜く。
武器を構えるよりも先に、何かが閃いた。
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