第497話 subroutine バスカービル_誤算


◇◇◇ バスカービル(伍長)視点 ◇◇◇


 石柱のてっぺんに人影を確認した。

 逃げずに姿を見せたということは、戦うということだ。


 久々の獲物は上物らしい。殺し甲斐がある!


 見たことのある武器を構えている。宇宙軍の兵士のようだが、狙撃兵ではないようだ。狙撃兵なら、場所がバレたら移動して、物陰から一撃必殺を狙ってくるはず。それがない。

 ってことは武器だけの新兵かもしれないな。現に撃ち返してこない。


「待ち伏せしてやがった! おまけに狙撃銃持ちだ! アスマ、ミリー、俺が援護射撃する。石柱のてっぺんで芋ってる野郎をぶっ殺しこい!」


 アスマは嬉々とした表情でカタナの鞘を叩いた。

「言われるまでもない」


「アタシの肌が傷ついたらどうするんだい。宇宙クラスの損失だよ!」


「そうだな。がなり立てるしか能のないフェミどもが泣くだろうぜ」


「うっさい!」


 ミリーが怒鳴ると、アスマは肩をすくめた。

「これだからジェンダー問題は嫌なんだよ」


「うだうだ言ってないで行くよ。アタシらの前に立ち塞がろうなんて、芋ごときが目障りなんだよ」


 アスマとミリーは武器を手に石柱へ向かった。残った部下はジョンだけ。プランC――伏兵との交戦を覚えていないのだろう。能なしの馬鹿は狼狽えている。

 つかえねぇ男だ!


 事あるごとにアスマが怒鳴り散らすのも頷ける。


「ジョン、岩を投げて援護しろッ!」


「お、おお、岩……投げる!」


 ジョンは近くにある岩を担ぎ上げると、石柱目がけてぶん投げた。

「ちげーだろう! アスマとミリーの援護だ!」


「援護! わかった!」


 ウスノロがどたどたと先に行った二人を追う。


 俺の護衛は誰がするんだよッ!


 イラッとしたが放置した。あれこれ指示を出すだけ時間の無駄だ。ミリーがなんとかするだろう。


 石柱の敵に意識を集中する。


 敵はレーザー式狙撃銃を持っている。あれはZOCにも有効な高出力兵器だ。しかしチェーンガンも劣らない。精度が低い分、弾数で補える。


 持ってきた弾は全部で二千発。チェーンガンにセットした千発と給弾用に千発。交換用のバレルは持ってきていない。

 弾に余裕は無いが、死ぬよりはマシだ。撃ち尽くすつもりで威嚇射撃を続ける。


 ときおり、赤いレーザー光が身体を掠めた。


 腕や頭皮を肉ごとごっそり削っていく。レーザー兵器の特徴である誘導・追尾を組み込んでいるらしい。小癪な敵だ。しかし、弾をばらまくチェーンガン相手には悪手。単発兵器は不利だ。手数の多いこっちのほうに軍配があがる。


「こんな簡単な理屈も知らねぇとは、新兵で間違いないな。興醒めだぜ!」


 ガンガン撃つ。


 石柱の上でときおり、血煙が舞うのが見えた。片足をつく姿もだ。


 傷つきながらも立ちあがり、レーザー式狙撃銃を構え直して反撃してくる。

 馬鹿な新兵だ。武器のスペックを生かし切れていない。おそらく自分が追い込まれているのも知らないのだろう。

 新兵によくある、絆ってやつか。金にならない単なる自己満足だ。あいつらは、絆とやらの、クソみたいな仲間意識で身体を張ることに意義を見出している。俺には理解できない思考だ。


「なかなかガッツのある新兵だな。なぶり殺すには打って付けだ。生きていたら持ち帰って遊んでやろう」


 向こうのほうがジリ貧だ。このまま押せば…………。


 そんなことを考えていたら、何かが飛んできた。

 慌てて身構えると腕に鋭い痛みが走る。


「なんだぁ?」


 痛みの正体を目で追うと、薄い金属片が刺さっていた。腕から引き抜くと、投擲用につくられたナイフだとわかる。


「一体どこから?」


 ナイフが飛んできたとおぼしき先には、俺たちを待ち受けていた敵の姿があった。


 白髪頭のジジイに、梟頭の獣人、それに娼婦みたいな女、それと戦場に相応しくない凜とした女。ツンと澄ました女の部分を強調した服を着ている。ブリックレッドの髪も相まって気の強さを物語っている。


 倍率の高そうな女だ。アスマ、ミリー辺りがお持ち帰りに欲しがるだろう。


 新手を観察していたら、またナイフが飛んできた。

 今度は、俺ではなくチェーンガンに当たった。


 外した? さっきの一発はまぐれだったのか?


 ナイフは薄い金属片にもかかわらず、チェーンガンの可動部に深々と食い込んでいた。


「宇宙軍の超硬金属に突き刺さるだとッ!?」


 この惑星には、宇宙にはない未知の力が存在している。魔法や〈神の御業〉というやつがそうだ。そんな出鱈目な力が存在しているのだ、ナイフの強化くらいできるだろう。


 だとしてもおかしい。なぜ初撃は普通の投擲だったのだろう。もしや、チェーンガンが本当の狙いなのか?!


 妙な胸騒ぎがした。

 AIに命じて、女の姿をアップにする。


「馬鹿な。精兵の隊長がいやがる! それも最強の精兵部隊〈ゴースト〉を率いていた女だ!」


 名前までは覚えていない。ただ〈猛獣遣いビーストテイマー〉という二つ名だけは知っている。鞭遣いだ!

 俺の記憶を証明するように、ジョンの投げた岩が中空で切断された。


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