第498話 交戦
良い偶然が起こった。
俺が相手にしていたチェーンガンの男。そいつに味方の投げたナイフが直撃した。
徐々に削られていく俺を、ホエルンが助けてくれたのだ。
幸運はさらに続く、チェーンガンにナイフが刺さった。おそらく魔法で強化したのだろう。宇宙軍の裏切り者は明らかに狼狽えている。
頼もしい鬼教官の援護により窮地を脱した俺は、このチャンスをものにすべく勝負に出た。
【フェムト、最大火力だ!】
――オーバーヒートを起こします。しばらく次弾を撃てなくなりますよ?――
【かまわない。この一撃に賭ける!】
あとのことを考えても仕方ない。味方に被害が出る前に、厄介な飛び道具を片付けねば。
脇を締めてブレを押さえる。スコープの中央にチェーンガンを据えた。男は隙だらけの格好で、チェーンガンに刺さったナイフを引き抜いている。
まだスコープ越しの像がブレる。
一度大きく深呼吸してから、気持ちを落ち着かせる。肺腑から息を絞り出す。
そっと引き金に指を添え、チャンスが来るのを待つ。
男は振り払うようにチェーンガンを構え直すと銃口をこっちに向けてきた。
銃口が光る。
それと同時に、レーザー式狙撃銃の引き金を絞った。
赤く太い光線が飛翔する。
射線上に連なる鉛玉を溶かしながら、銃口に突き刺さった。
「くそがぁッ!」
男の悲鳴に似た声とともにチェーンガンが暴発した。
連鎖的に給弾ベルトにある弾薬が炸裂した。誘爆の煽りをモロに受け、男が吹き飛ぶ。
「ぐおッ!」
チェーンガンは壊れ、男も再起不能。
極限まで集中力を高めた影響か、その場にへたり込んでしまった。呼吸をととのえながら眼下へ視線を飛ばす。
愛する女性と仲間たちが、石柱を守るように戦闘を繰り広げていた。
ホエルンは大男の投げる岩を破壊しながら、女性兵の繰り出すレーザーを打ち消している。簡単にやっているが、求められる技術は高い。なんせ二本の鞭をつかいこなしている。高周波鞭で物理攻撃を、電磁鞭でレーザーを、破壊したり相殺したりと単純に攻撃に当てるだではない。直撃の瞬間、出力を上げあたり軌道修正をしたりと、AIのサポートだけは不可能だ。
防衛に徹しているので、反撃には移っていない。
残りの三人は、わざわざ呼んだだけあって強い。
モルトケ伯爵は
サタニアのシーラは、使役している角ウサギを操り、女らしき敵兵を攻撃させている。素早く右へ左へ跳びながら襲いかかってくる角ウサギは強敵だ。敵の女兵も手こずっているようで、レーザーガンをやたらとぶっ放している。
ときおりシーラも地獄蜘蛛の糸らしきものを放射しているが、女兵は器用に避けている。その周りには、かなりの角ウサギの死体が転がっている。女性二人は消耗戦を繰り広げているが、先に尽きるのはどっちかわからない。状況からして、シーラに加勢したほうが良さそうだ。
レーザー式狙撃銃で援護したいが、オーバーヒートしたばかりだ。クールダウンするまで待っていられない。
「ゆっくりしている余裕はなさそうだな。はやく行かないと」
戦闘に戻る前に、損傷率を確認する。
【フェムト、戦闘継続は可能か?】
――身体の損傷率はおよそ二〇%。血液・ナノマシンとも活動可能範囲内。戦闘の継続は可能です――
ふと、エメリッヒのことを思い出した。エクタナビアでは骨折で苦労したと聞く。念のためそっちも確認した。
――骨、内臓ともダメージの蓄積は見られません。随分と慎重になりましたね、ラスティ――
【まあね】
――止血はすませてありますので、多少乱暴に動いても問題ありませんよ――
相棒からもOKが出たので、下へ向かうことにした。
直角に切り立った石柱側面に高周波コンバットナイフを突き刺して、落下の勢いを殺す。
何度かそれを繰り返し下へ。
うまく降りたつもりだが、着地の瞬間、骨が軋んだ。
「んぎッ!」
――ラスティ、減速はしっかりしましょう。焦って怪我をしては意味がありません――
【肝に銘じておく……で、骨の損傷は】
――微量です。ヒビの心配もありません。筋繊維が断裂しただけです――
【念のため、修復を頼む】
――了解しました――
どうでもいいところで、負わなくてもいい怪我を負ってしまった。
ホエルンのもとへ走る。
「チェーンガンは黙らせた。反撃開始だ!」
「パパ、残りは?」
「三人。シーラが押されているみたいだ。俺はそっちへ加勢に行く」
「任せたわ」
言いながら、振り向くホエルン。
俺の姿を確認するや、むっとした表情になった。人目があるのか何も言わないが。それが妙に引っかかる。
撃ち合いとはいえ、攻撃を食らいすぎたか? こりゃあ、あとで大目玉だな。
「あまり無茶しちゃ駄目よ。これは上官からの命令。わかった」
「留意します」
「……よろしい。では存分に戦果を挙げなさい」
鬼教官から了承も得たので、シーラの元へ。
駆けつけると、角ウサギは壊滅寸前。危うく味方の一画が崩れるところだった。
「加勢に来たぞ」
「そりゃあ、助かる」
「まだ戦えるか?」
「援護くらいはできるよ。正直なところ、手詰まりだったんでトンズラしようか考えていたところさ」
そうは言うが、シーラは鞭を手にしている。手懐けている角ウサギが全滅しても戦っていただろう。
サタニアという、いかにも悪そうな名称の宗教団体だが、根は真面目だ。良い人たちに恵まれた。
「行くぞっ!」
レーザーガンを構えた。
◇
生死を賭けた戦い。これまで味方に死傷者が出なかったのは奇跡だった。
良い偶然が重なり、味方してくれた幸運を俺は当然の如く甘受していた。
その考えが甘いと知らされあのは、この直後だ。
いままでの幸運が嘘のように悪い偶然が重なったのだ。
敵の女性兵に向けて放ったレーザーが、頬を灼いた。
軽傷のはずなのに、なぜか女性兵は激昂する。
「よくも……よくもアタイの顔をッ! 許さないッ、絶対に許さないッ!」
半狂乱でレーザーガンを乱射する。
その一発が、ホエルンの肩に直撃した。
大男を仕留めるべく、集中していたのだろう。だから回避が間に合わなかった。
不幸は続く。
当たり所が悪かったらしく、ホエルンは鞭を落とした。
それも、よりによって物理攻撃用の高周波鞭のほうだ。
これにより、大男の投げた岩への対応が遅れた。そのうえで、落とした鞭を拾おうと無駄に時間をロスした。結局、地面の鞭は放置して電撃鞭で、飛んでくる岩に対応。これだけで二秒のロスタイムだ。鬼教官らしくない。
手持ちの武器をほとんど使い果たしたシーラを無視するわけにもいかず、俺は女性兵に釘付け。
苛立ち、レーザーガンの命中率がグンと落ちる。
敵の女性兵はそこから、いろいろと読み取ったらしい。
「はは~ん、あんたらデキてるんだろう」
「そんな軽口叩いている余裕はあるのか? 二対一だぞ」
「どうせ負け戦だ。あんたの女も道連れだ」
意地の悪い笑みを浮かべて、仕返しとばかりにホエルンを狙いだした。
弾道予測アプリは立ち上げているが、あくまであれは回避用だ。向かってこないレーザーを相殺できない。
それでもなんとかしようとレーザーガンを撃つも、幾条かの赤い光がすり抜けていった。
ホエルンの髪留めが撃ち抜かれ、彼女の髪が広がる。
そこへ重量のある岩が飛来して……。
「逃げろぉぉぉぉッ!」
敵の女性兵に背を向け叫ぶ。
しかし愛する妻は動かず、そして飛来する岩も破壊されることはなかった。
彼女の死を予感した。
頭のなかがまっ白になった。なんとかして助けないと。そう思うも、こんなときに限って何も思い浮かばない。
手を拱いている間にも岩は彼女に迫り…………。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、指を鳴らす音が聞こえた。
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