第495話 subroutine バスカービル_獲物発見


◇◇◇ バスカービル(伍長)視点 ◇◇◇


 ホバータイプの高速ビーグル――魔導器アーティファクトに乗って、俺たちはベルーガに侵入した。


 事前に妨害電波装置を仕掛けている。ドローンを持った相手が待ち受けていても不利にはならない。


 もっとも複数のドローンを効率的に運用しているのなら話は別だが、それらを大量に積んでいるのは戦艦ブラッドノアか輸送船くらいのもんだ。あとは……そうだな、将官用の小型艦でもない限り、それはないだろう。


 帝国の大尉から聞いた話だと、ブラッドノアを飛び立った艦艇にそれらはない。あったとしても、まっ先に撃ち落としているそうだ。


 つまり、精兵部隊である俺たち〈レッドスカム〉に敵はいないってことだ。


 ブラッドノアには、ほかにも精兵はいたらしいが、ほとんどの連中はコールスリープカプセルでオネンネしている。そこへZOCの襲撃があったもんだから、奴らは犬死に。俺たちの天下が転がり込んできたってわけよ。

 おまけに宇宙軍とは連絡が取れない。だから、どれだけぶっ殺しても罪には問われない。


 まったく、いい惑星に降りてきたもんだぜ。

 クソみてぇなド田舎――マキナを出るときも、景気づけに何人か殺してきた。

 殺しの腕は鈍っちゃいない。思う存分血の雨を降らせてやる! 血の宴の始まりだぁ!


 今回はどうやって殺そうかとウキウキしていると、空気を読めない部下が声をかけてきた。

「伍長、今回こそ帝室女を殺るんですか?」

 人を斬ることしか頭に無いアスマだ。


 これから思う存分、ぶっ殺せるっていうのにシケた面してやがる。


「帝室令嬢はついでだ。余裕があったらあのアマを殺す。メインは聖地イデアから運び出される聖献だ。カウェンクスの化け物が言うには、ここ数百年、聖献はイデアから出ていないらしい。それを奪えって話だ」


「だったら、こんなチマチマした手をつかわずに、その聖地イデアとやらへ直接奪いに行けばいいんじゃないのか?」


「それができりゃあ、カウェンクスも俺らに頼まねぇ。こっちの知らない事情があるんだろうよ」


 面倒臭い男だ。どうでもいいことばかり聞いてきやがる。


「今回の作戦、マズくないか。聞いた話じゃ、ベルーガには俺たちが殺したのと別の連中がいるらしい。仲間の仇って、襲ってこないよな。それと、俺とジョンがベルーガから逃げてくるときに森で遭遇した女。魔術師のくせに、やたら強かった。マキナで見た魔術師の比じゃなかった。あんな奴らが、ベルーガに普通にいるんならヤバイぜ」


 俺に聞かれてもわかるわきゃねーだろう! 知りたいんなら、ベルーガにいる阿呆どもに直接聞け!


 怒鳴り散らしたくなったが、我慢した。そんなことより、はやく血が見てぇ。


 どうやってアスマを黙らせようか考えていると、ミリーの奴が吠えだした。

「男のくせにウダウダうっさいねぇ。だからあんたはモテないんだよ」


「なんだと! 俺はなぁ、貧乏くじを引いて死にたくないだけだ。軍人なら事細かに計画を立てるべきだろう。今回はどう考えても雑だ。行き当たりばったりだって言ってるんだよ!」


! フンッ。いいかい、アスマ、アタシらはもう軍人じゃないんだ。それに宇宙軍の生き残りったって指折りでかぞえる程度だろう。アタシらと変わらない、ただの人殺しのあつまりさ。それとも何かい? 精兵でもない連中にビビってるのかい?」


「うっせぇ! オカマはすっこんでろ!」


「時代遅れのカタナ野郎は、頭のなかまで愉快だね。いまはオカマなんて古い言葉はつかわないんだよ。ハーフ・ミスって呼ぶんだよ。そんなんだから、あんたはモテないんだ」


「ミリアム、今回の任務が終わったら、面貸せ」


「アタシに気があるってのかい。冗談じゃないよ。アタシにだって選ぶ権利くらいあるさ」


 空気の読めない部下どもは、一通り罵り合ってから、やっと下らない会話を終わらせた。


 待ち伏せする場所まで、まだ時間はある。なので、部下たちに聞いた。

「優先して殺す相手はいつも通りか? ケンカしないようちゃんと決めておけよ」


「俺は若けりゃ男だろうが女だろうがかまわない。ガキは柔らかすぎるし、ジジイババアは硬すぎる。若い血のほうが喜ぶからな」と、アスマは鞘から刃を覗かせる。まるで鏡を見ておめかしする女みたいに、うっとりとした表情で刃を見入っている。


 ミリーはというと、抜き身のナイフに舌を這わせていた。

「アタシは男だね。何人かイケてる男を残して、あとで拷問する」

 こっちもイカれた顔をしてやがる。マトモじゃねぇ。


 唯一、壊れていないジョンはいつもみたいに抱きしめる仕草で、こう言った。

「お、おお、俺は女だ! む、胸、大きいほうがイイ!」


 どいつもこいつもイカれた連中だ。

 アスマは根っからの人斬りで、ミリーはドS。どもりのジョンはマザーデストロイヤーと、どいつもこいつも精神異常者だ。


 俺みたいに心の底から殺しを愛する、マトモな奴はいねぇ。


「わかった、わかった。お持ち帰りは一人一体だ。ここが敵地ってことを忘れるなよ」


 三人は爛々と光る目で頷いた。


 殺しのことしか頭にねぇ、本当にカスみたいな連中だ。これで連邦の精兵が務まるんだから世も末だよな。


 まあいい、今回は頼もしい武器がある。セントリーガンをバラして取ったパーツ――改造チェーンガンだ。どんな大男でも一瞬でミンチに変えてくる、部下よりも心強い相棒。クソみたいな戦場に、ヘビメタ並のご機嫌なBGMを流してくれる便利なジュークボックスだ。

 ああ、はやくぶっ殺してぇ。



◇◇◇



 そうこうしている間に、目的地の岩場が見えてきた。


 仕掛けるのは呑気に街道を歩いているご一行様だ。それも一際高い石柱の上から狙い撃ち。


 この惑星の魔法とやらは、すでにしらべている。火の弾を飛ばしたり、氷柱を飛ばしたりとおっかねぇ攻撃だが、距離はそれほどでもない。ハンドグレネードと似たり寄ったりのつかえない距離しか飛ばせねぇ。威力の割に、つかえねえ攻撃だ。改造チェーンガンの敵じゃねぇ。一方的に食える!


 待ち伏せポイントの石柱が見えてきた。


 そろそろ魔導器レガシーから降りるか。


 石柱付近は岩がゴロゴロしていて、魔導器を停めるに適した平地は少ない。

 普通の兵士なら、気を利かせてどこに停めるか聞いてくるが、運転しているジョンのIQは85だ。そこまで器用なことはできない。


 事前にしらべた場所に向かわせるよう指示を出すことにした。

「おい、ジョン、適当にその辺に…………」

 嫌な予感がした。


 妨害電波発生装置をばらまいた大尉の報告データにあったように、人っ子一人いない。それなのに違和感を覚えた。


 なんだ、この妙な胸騒ぎは?


 原因をしらべるべく、意識を集中する。


 違和感の正体が視えた。

 石柱を住処すみかにしている鳥がいない。


 大尉からもらった画像データには、警戒心の強い鳥が岩場の上空を飛んでいた。それが、鳥だけをピンポイントに消したかのように存在しない。


 鳥が狩りに出ていることも考えたが、一羽も飛んでいないのは妙だ。ヒナが巣立ったか? いやだとしても……。


 それに森のなかで生息している魔物――角ウサギの姿がちらほら。


 近くにある森といえば、岩場の途切れから広がっている東側の森だろう。襲撃の第二ポイントに定めた場所だ。

 これらのことから、何者かが俺たちが来るのを見越して陣取っている可能性が考えられる。


「森……いや本命は石柱の可能性が高いな。俺ならあそこに陣取る」

 独りごちる。


 頼りない部下が指示を仰いできた。

「ご、ごご、伍長、ど、どこへ停めりゃいいんだ?」


「いま考えているところだ。速度を落とせ」


 アスマとミリーはなんとなく理解したようだ。武器を構える。アスマは高周波ブレードにカスタマイズしたカタナを、ミリーは両手にレーザーガンを。

 二人揃って目を細め、陰鬱な殺し屋の貌に変わる。戦闘準備はできているようだ。


 魔導器を停めるのを中断する。


「左へつけろ」


「左!? スプーンを持つのが右で、フォークが…………。ナイフを持つのは右! フォークは…………歯磨きのときコップを持つのは左だッ!」


 なぜフォークじゃないんだよッ!


 間違った考え方だが、一応答えは合っている。馬鹿力しか能の無い部下だ、怒らずにおいた。

 ジョンが左へ操縦桿を倒すと思ったら、右へ倒しやがった!


「逆だ、逆!」


「えっ、…………ああ?」


 ジョンの野郎がしくじったから、ホバリングタイプの魔導器は暴れに暴れた。

 振り落とされることなく、停めることには成功したが、


「八五てめぇ、またしくじりやがったな!」

 アスマがカタナを抜いた。


「んだとぉ! 人が気にしていることを! 俺はもう八五じゃねえんだ! 八〇だぞッ!」


 下がってるじゃねーか! こいつ、やっぱり惑星降下の時、酸素欠乏症にかかってたんだな!


 ミリーがアスマとジョンの間に立ち、両者を宥める。

「まあまあ、仕事前だし揉め事はやめよう。これで何かあったらそっちのほうが目をあてられないよ、持ち帰りがパァになるからね」


 オカマのほうが真面目ってのはいただけないが、揉め事にならずにほっとする。


「おめーら、プランの変更だ。Cで行く」


「C?! 敵の姿は見えないぞ!」

 気が立っているらしく、アスマが声を荒らげて叫んだ。


「大尉からもらった映像データと食い違いがある。待ち伏せされている可能性が出てきたからな」


「まさかとは思うが、あんたここまで来て、急に怖じ気づいたとかいわないだろうな?」


「おめぇ、ケンカ売ってるのか?」


 改造したチェーンガンの銃口をちらつかせる。とたんにアスマは黙り込んだ。


 ミリーとジョンは何か言いたげだったが、無視した。


「気を引き締めてかかれ! いくぞッ!」


 搭乗していた魔導器から飛び降りる。


 部下たちは馬鹿な野良犬みたいに、飼い主である俺を睨みつけてきた。

 つくづくつかえない馬鹿どもだ。

 餌を与える。


「お持ち帰りは一人三体までだ。これでいいんだろう?」


「仕方ないな」


「さすがは伍長、わかってる」


「三ッ? 一、二…………たくさんッ!」


 殺し以外は何もできない馬鹿どもを率いて、邪魔しようとしている連中に一泡吹かせることにした。


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