第494話 待ち伏せの待ち伏せ



 合流地点であるアビの街には、予定よりも半日はやく到着した。


 ホエルンとの二人旅はここまでだ。明日の早朝にはエレナ事務官が声をかけたという連中と、街外れで落ち合うことになっている。


 日も落ちかかっているので、まずは宿を探す。

 チェックインする頃には、辺りはまっ暗になっていた。


 ベテラン軍人は真剣な顔で言う。

「ここから先は戦場ね。パパ、気を抜かないように」


 ホエルンのことだから、てっきり〝にゃんにゃん〟を求めてくるものだとばかり思っていたのに……残念だ。

 逆にこっちが釘を刺されてしまった。


 どうやら俺のほうが平和ボケしていたらしい。


 遅めの夕食をとり、その日は就寝。〝にゃんにゃん〟はなかったけど、添い寝はした。だって夫婦だし……。


 翌朝、一番で宿を出る。


 待ち合わせ場所にやって来たのは、なんとも頼りない連中だった。


 腰に剣を佩いた老貴族と、フクロウ頭の被り物をした身なりの良い紳士、それに娼婦のような淫らな格好をした妙齢の女性。遅れて、ロッコの部下のクライス。ロッコからはできる男だとは聞いているが、盲人でいつも杖をついている。夜戦には強そうだが、宇宙軍の裏切り者と接敵するのは昼間だろう。明らかな人選ミスだ。


 不安しかない。

 重いため息が出る。


「クライス、疑っているわけじゃないけど大丈夫か? 敵は強いぞ」


「へへっ、アッシは場を乱すだけなんで大丈夫でさぁ。敵さんも道端のボロなんぞ気にもならなんでしょう」


「無茶はするなよ。危険な目に遭わせるために助けたんじゃないんだからな」


「承知しておりやす。それよりも旦那、敵さんの仕掛けて来そうな場所を手下にしらべさせていやす」

 と、クライスは丸めた紙を突きつけてきた。


 紙を受け取り、丸められたそれを伸ばす。

 手書きの地図にバツ印が三つ。どれも街道沿いに森や岩など身を隠せそうな場所だ。


 ホエルンに手渡す。

「どこだと思いますか?」


 鬼教官に聞くと、彼女は目を細めて呟いた。

「岩場が濃厚ね。高速で移動できる乗り物なら、森や林での待ち伏せには向かないわ。ああいう場所はエリアが広いから、乗り物を離れた場所に置かないといけないでしょう。待ち伏せるにしても端っこね」


「俺もそう思います。待ち構えるならどの辺がいいんでしょうね」


「ただ蹴散らすだけなら、高所からの狙撃でしょうけど。生憎と狙撃用のアプリは持っていないの。パパは?」


 地図を俺に返しながら、ホエルンは自前の武器を軽く叩く。

 愛用の二本の鞭に、この惑星でつくった予備の鞭二本。それに高周波コンバットナイフとグレネード。どれも近接用だ。


 そういえば、士官学校時代、飛び道具をつかったのを見たことがない。近接オンリーなのか?

 俺もそっち系だし、狙撃は心許ないな。


「一応、ありますけど、全滅を狙うなら近接戦でしょう」


「早々に見切りをつけて逃げた場合は?」


「迂回して退路を塞ぎます」


「それが理想だけど、難しいわね。ああいう連中は、逃げる手段を考えてから行動するから」


「だったら、いまからでもブリジットに狙撃要請を出しますか?」


「やめとくわ。一度定めた軍事行動をコロコロ変えたら、かえって混乱するわ。元々予定になかったことだし、当初の計画通り、こっちで仕掛けましょう」


 方針が定まると、今度は役割の確認だ。クライスは別行動として、新顔の三人をどうしよう。


 とりあえず、得意分野を聞こう。


 ここでやっと自己紹介。

「名乗り遅れました。俺はラスティ・スレイド、王都で噂の成り上がりです」


 ジョークのつもりで挨拶したのに、誰一人として笑わなかった。彼らにはユーモアが無いらしい。


「私はのホエルン・フォーシュルンド。よろしくね」

 不発した俺に代わり、ホエルンが三人と握手を交わす。


「これはどうもご丁寧に、私はエッジウッド。巷ではエッジウッド卿と呼ばれております。貴族ではありませんぞ。道楽で学者をしている変わり者のジジイです」

 エッジウッドと名乗った老学者は、ホエルンに貴族式の挨拶した。

 彼女の手を取り口づけしたのだ。


 物怖じすることなく、娘より若いホエルンに接する老人。

 旦那のいる前でなんて破廉恥なんだッ! 俺もこういうお爺ちゃんになりたいっ!


 羨望と嫉妬の渦巻く一幕だった。


 気を取り直して二人目。

 梟頭の紳士だ。こちらは獣族の人らしく、突然、顔を回転させた。上下逆の顔で名乗る。

「吾輩はモルトケ伯爵、美と芸術の探究をしているしがない芸術家ですぞ」


 どうやらあの頭は被り物でなく本物らしい。「脱いでください」と言わなくて良かった……。


 エッジウッド卿とモルトケ伯爵は剣の達人で、かつては王宮の守護騎士と呼ばれたほどの腕前らしい。


 最後の一人、色っぽい妙齢の女性は邪教サタニアの信徒だ。

 教主であるエギーラもそうだが、サタニアの信徒はウェーブのかかった髪の女性が多い。男性はというと、やや薄い傾向にある。髪については非常にデリケートな話なので、突っ込まないでおこう。


「アタイの名前は、シーラ。こう見えても、サタニアの座主を務めている」


「座主?」


「龍脈の守護者だよ。守るべき龍脈を奪われちまったからね。罰として、手伝いするよう教主様に言われたのさ」


 知らないところで龍脈の奪い合いでも起こっているのだろうか? 敵対勢力にでも奪われたのか? だとしたら、ベルーガの手伝いなんてしている余裕は無いはずだ。

 神殿を建てたり、布教の許可を出したり、それなりに便宜を図っている。きっとその見返りだろう。

 困っているのは事実だし、ここはありがたく好意を受け取ろう。


「よろしくお願いします」


「こっちこそ。ああ、言い忘れていたけど、褒美はそっちの旦那からもらえって、教主様から言付かっている」


「で、報酬は何をご所望で」


「アタイの目をみりゃわかるだろう」

 右目にかかったていた前髪を掻き上げ、俺を凝視する。


「……酒……ですか?」


「わかっているじゃないか。教主様にもいくつか送っておくれよ。あの人はうるさいからねぇ」


 飲んだくれの鍛冶士兄弟といい、サタニアの人たちといい。この惑星ではドラッグよりも酒のほうが悪い印象がある。成人の儀式をすませれば一五、六歳でも飲めるってのが、そもそもの間違いだと思う。


 飲酒の年齢規制を法整備に組み込むべきか?


 反感が大きそうなので、酒に関する問題は帝室令嬢に振ることにした。


 戦力を分析する。


 近衛騎士よりも腕が立つとされる剣士二人と、トリッキーな攻撃のできるサタニアの信徒。

 サタニアに関しては王都攻めの際、その力を見させてもらった。なかなかの強キャラだ。エッジウッド卿とモルトケ伯爵もそれなりに修羅場を潜っているようだし、戦力として期待してもいいだろう。

 何より、指示を出さなくても動いてくれる経験豊富な戦力は嬉しい。戦いに集中できる。


 飛び道具や魔法をあつかえる者がいないので近接戦一択となった。ブレることなく、最初から近接戦の戦術を組み立てられるのは、こちらとしても迷いが無くていい。


 残る問題は、どこで待ち伏せするかだな。


 宇宙軍の仲間を殺した裏切り者は襲撃の際、大量のエネルギーパックを奪っていった。それにレーザーガンもだ。

 間違いなくレーザーガン主体の装備だろう。


「あいつらのことだ。近場は入念にチェックするだろう。離れた場所だと近づく前に狙い撃ちだ。飛び道具で牽制してから突入か?」


 ホエルンに聞いたつもりなのだが、エッジウェア卿が返してきた。

「待ち伏せする必要はなかろう。堂々と行けばいい」


「どうやって? 相手は飛び道具を持っているんだぞ」


「だからこそ堂々と行くんじゃよ。奴らが出てくる場所へな」


 それってどういう意味なんだ?


 老学者の発した言葉の意味を考えていると、ホエルンは手を打ち鳴らした。

「それは良い考えね」


 悔しいことに理解できなかった。誰かわからない者が説明を求めることを期待したが、それもない。


 恥を忍んで、そっと手を挙げる。

「どうしたのパパ?」


「いやぁ、ちょっとイメージしにくくて」


 軍事に関することなので、ホエルンがどう出てくるか予想がつかない。だが、知らないことを知ってますと通せない自分がいるッ!


 鬼教官の鉄拳制裁を覚悟していたのだが……。冷ややかに見つめられるだけで終わった。

 別の意味で心が痛い。


「スレイド訓練生、どこから、どうわからないのか具体的に説明して」

 士官学校時代を思い出す口調だ。危険を感じた。


 知恵を振り絞って考える。


「敵が攻撃に移るポイントを先取りしろと言っているんですよね」


「そうよ」


「そんな重要な場所なら、事前に調査するのでは?」


「注意すべきは待ち伏せの場所ではなく、その周辺よ。待ち伏せポイント自体はさっくりとしらべて終わりでしょうね。せいぜい目視確認くらいじゃない。だって、ポイントに到着する手前が一番危険なんだから」


「なるほど、要するに敵が配置につく予定の場所から、こっちが迎撃するってことか」


「そうよ。今回は正面切っての戦闘じゃないから、敵は重要拠点の守りや、そこを狙う競争相手がいないと仮定しているはず。その分、周囲を警戒するから、そこを狙うってわけ。仮にこちらの予測が外れても、場所取りに成功しているから有利に立てるはずよ」


 そういうことか。ポジションの奪い合いだけど、裏切り者の連中は拠点を奪われるって認識はないんだな。当然、お目当てのポイントへの警戒は薄くなる。代わりに周囲に対して慎重になるわけだ。


 さて、問題のポイントだが、そっちはエレナ事務官から事前にコピーさせてもらった情報がある。立体的な地図だ。


 イデアから帰ってくる使節団の通ってくる道をピックアップしている。

 帝室令嬢が睨んだ襲撃地点は五カ所。うち三カ所はクライスの地図にあったバツ印とピッタリ重なる。さすがは帝室令嬢、センスがいい。



◇◇◇



 各自装備をととのえて、待ち伏せする場所へと移動する。


 妨害装置があるので、ドローンとの交信は電波でなく光通信に切り替えた。

 通信機代わりにもなる光学スキャナーでやりとりする。


 ドローンからの情報によると敵は四人。謎の大尉とやらはいない。こっちは五人いるから、先に仕掛ければ十分に勝利可能だ。

 極力、被害を出したくない、完全勝利を目指そう!


 途中まで馬で行き、そこからは徒歩だ。クライスに馬を頼み、街道を進む。


 一時間もかからないうちに目的の岩場が見えてきた。石材を切り出していた場所らしく、宙民が好みそうなカクカクしたオブジェがそこかしこに転がっている。足場には困らない。


 ささっと登って、見晴らしの良い場所に陣取る。


 俺は柱のような岩に登り、上で待機。敵の動向を探る観測手の役を引き受けた。残りは下で迎撃準備。


 シーラが角ウサギを使役して、斥候に走らせている。サタニア、ファンシーな宗教団体だが、魔物の使役という便利なスキルを持っている。味方にしておいて良かった。


 俺も仕事を始める。


 転がっている石ころを積んで偽装工作。それからレーザー式狙撃銃からスコープを取り外し、遠方の監視。

 暇で仕方ない待機状態だが、気を抜いてはいけない。やることもなく、ぼーっとしているので睡魔がやってくる。

 眠気覚ましに、普段は飲まないブラックコーヒーを飲みながら、裏切り者があらわれるのを待った。


 どれくらい待っただろう。


 スコープから目を離したとき、視界の端に使節団とおぼしき一行が映った。

 街道の西から、ゆっくりと近づいて来る。


 位置取りに失敗したか?


 石柱の下にいる仲間に連絡しようとしたら、フェムトからの通信が入ってきた。

――南から凄まじいスピードで近づいて来きます――


【例の裏切り者か?】


――速度、人員からして裏切り者で間違いありません――


【大体でいい、接敵までの時間を試算してくれ。……最短だぞ!】


――了解しました。………………およそ五分――


【やけに速いな】


――高速で移動する魔導器ビーグルが三分、そこから身体強化した徒歩での移動が二分――


【俺のいる石柱までか?】


――石柱までです――


 ホエルンたちに的の到来を告げる合図を送る。

 それが終わるとほぼ同時に、背後に気配が生まれた。


「どこから来るの?」

 ホエルンだ。


 敵からは死角になっている場所から登ってきたらしい。


「真南だ。高速のビーグルに乗っている。概算で五分……いや、あと四分だな。ビーグルで二分、歩きで二分だ。下で待機していてくれ」


「パパはどうするの?」


「先に一匹仕留める。失敗しても注意を引ける。その間にホエルンたちは突入してくれ」


「大丈夫? 囲まれたら終わりよ?」


「あなたの育てた士官でしょう。ちょっとくらいは信用してくださいよ」


「…………死んじゃ駄目よ」


「新婚早々死ぬ気はありませんから」


 ホエルンを下がらせ、レーザー式狙撃銃にスコープを戻す。

 待ち伏せは成った。あとは奴らを仕留めるのみ。

 気持ちを引き締め、連中が射程に入るのを待った。


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