第492話 裏切り者
手掛かりもなく〝憂国会〟を探していると、使節団が近々帰ってくると報告を受けた。
片道ひと月だったのを考えると遅い帰りだ。
先触れに来た騎士に尋ねる。
「そんなに荷物が多いのか?」
「いえ、道中、マキナの残党とおぼしき賊の襲撃を受けたので、撃退に手間取りました」
「まだいたのか……」
占領下にあった土地に残党討伐の兵を送っているので、そこまで深刻な問題になっていないと思っていたのだが……。
奴らも本国に戻れず、生きるため必死なのだろう。騎士が言うには、残党が集結し、ちょっとした盗賊団になっていたという。道々の街での嘆願もあり、討伐したのだとか。
教皇猊下の行事のことを知っていれば、そっちを先に片付けたのに。
「ということは、ホルニッセかロビンが手柄を立てたんだな」
「いえ、それが……」
「それじゃあブリジットか? それともリュール?」
「申し上げにくいのですが、賊を討ち取ったのはベルーガの者ではなく、星方教会の方々でして……」
「星方教会?」
聖堂騎士か? だとしても、ホルニッセたちのほうが強そうな気がするけどなぁ。それに護衛の騎士たちはカーラの精鋭だ。
頭を
「殿下もご存じの純潔騎士のみなさまです」
みなさま? ということは何人かいることになる。
「その皆様ってのは序列に名を連ねている人たちか?」
「はい、序列三位のエアフリーデ様を筆頭に、何人か」
厳重な警備だ。イデアを出ての警護となると、聖献しか思い浮かばない。聖献はそれほど重要なものなのだろうか?
まあいい、こっちはもらう側だ。勝手のわからない教会のことだし、深く考えるのはよそう。気疲れするだけだ。
「ところで、使節団はどのくらいで戻ってくるんだ」
「あと、一週間はかかるかと……」
「随分と長いな。でもまあ盗賊団を退治したことを考えると、それくらいの日数だろう。伝令ごくろう」
〝憂国会〟に関して、これといった手掛かりもないし、これ以上の捜査は時間の無駄だな。いったん、捜査を打ち切るか。
放置すべきことではないが、人手に限りがある。捜査には必要最低限の人員を残して、今後に備えることにした。
エメリッヒも南に行ったっきりだし、兵の訓練がおそろかになっている。ホエルンと協力して、つかえる兵士に育てないと。
今後の方針について、エレナ事務官と相談することにした。
王城に勤める近衛の一人を捕まえて、彼女の居場所を聞き出そうとしたら、
「あっ、ここにいた! お兄ちゃん大変よッ!」
公私のケジメに拘る帝室令嬢にしては、珍しく部下の前でお兄ちゃん発言。
そうとう焦っているらしい。早足でやってくる。
「そんなに焦ってどうしたんですか?」
「焦るも何も、敵襲よ! マキナに籠もっていた連中が動きだしたの!」
マキナに籠もっていた連中……ってことは宇宙軍の裏切り者! 俺の出しているドローンから、そんな報告は来てないぞ!
「それって、どういう意味なんですか!?」
そばまで来ると、エレナ事務官は声をひそめて、
「奴ら、妨害電波をつかっているわ」
「妨害電波!? でもドローンには関係ないでしょう。遥か上空から見張っているんだし、ジャミングをかけても姿をくらませない」
「それがちがうのよ。奴ら広域に妨害電波を発生する装置をばらまいているの。それに、私たちが設置した中継機をいくつもお釈迦にしてるわ」
ああ、だから出しっぱなしのドローンから報告がなかったのか……。でも、それはエレナ事務官も同じ条件のはず。なぜ彼女はそのことを知っているんだ?
「スレイド大尉のつかっているドローンはあちこちに飛ばしているでしょう。だから、ドローン同士の中継を介さず直接送信になっているはず。私の場合は、数に物を言わせて広域散布しているから、リレー送信で王都上空にある中継用のドローンに情報があつまるわけ」
「……もしかして、俺みたいな直接送信が妨害されているってことですか?」
「そうよ」
「だとしたらマズい。リュールもブリジットも一機しかドローンを支給していませんよ。連絡が取れないんじゃ」
「だから大変なのよ。それに裏切り者はこっちに向かって移動しているわ。叛乱のあとにできた心の隙間を狙っているんでしょう」
「たしかに、精兵だって聞いていますから、それくらいはやるでしょう。で、相手の数は?」
「私のドローンが発見したのは四人だけ。ホリンズワース上等兵の言っていた、実行部隊と同じ数よ。おそらく、王城に仕掛けてくるんでしょうね。もしくは王都で何かを企んでいるとか」
「どのみち交戦は避けられませんね」
「それと悪い情報が一つ」
「まだあるんですか」
「こっちが本題なんだけど、このままだと裏切り者の連中と、帰ってくる使節団がかち合うかもしれないの」
「ちょっと待ってくださいよ。マキナと王都までの距離を考えて、近々帰ってくる使節団とかち合うとか、意味がわかりません!」
「ごめんなさい。私も気が動転していて……ちゃんと状況を伝えていなかったわね」
「俺にもわかるように説明願いします」
帝室令嬢は口元に手の平をあてがうと、視線を宙に泳がせた。しばらくして、口を開く。
「連中、恐ろしく脚の速い乗り物に乗っているみたいなの。軍馬の数倍の速さよ」
軍馬の数倍か。それなら、いまからでも使節団を襲えるな。
「宇宙軍のビーグルですか?」
「その可能性は低いわね。ホリンズワースたちを襲ったときは徒歩だったらしいし。たぶん、この惑星の魔道具か
「そんな便利な魔導器があるなんて聞いたことありませんよ」
「〝叡智の魔女〟と結婚しておきながら知らないなんて、リサーチ不足なんじゃないの? それとも〝にゃんにゃん〟に夢中とか……」
ジトッとした目でこっちを見てくる。
それはちがいます、と断言できないのが実情。素直に敗北を認めた。
「……お、仰る通りで」
「まあ、家庭と仕事は別だけど」
一瞬、変な間が生まれる。
この流れはマズいと思い、話を変える。
「…………もしかしての話ですけど、奴らの狙いは聖献なのでは?」
「先触れの騎士が言っていた、教皇猊下からの贈り物ね。聖献がどんなものか知らないけど、その可能性は高いわね。マキナも星方教会の一部みたいなもんだから。案外、聖献狙いかも」
「それで俺はどうすればいいんですか? 王都防衛? それともリュールたちと合流?」
「ホエルン大佐と迎撃に向かってほしいの」
「迎撃ッ! たった二人で! 近衛はッ!」
「取り乱さないで、ほかにも声をかけているから。緊急だったから、現地で落ち合うことになっているわ」
「迎撃はわかりました。でも、リュールたちは? 彼らは知らないんでしょう」
「伝令を出しているから問題なし。リュール少尉たちには宇宙軍の武器も届けさせているから、一方的にはやられないでしょう」
「だったらそれでいいのでは?」
「良くないわよ。この機会に軍の裏切り者を
帝室令嬢だけあって、なかなか苛烈な考え方だ。危険は伴うが、悪い手ではない。
小狡い熟練兵だ。ここで叩いておこう。
「わかりました。では迎撃に向かいます。仲間との合流地点は?」
「王都を出て最初の街。そこの宿屋で落ち合うことになっているわ。宿の名前は〈有耶無耶亭〉、趣のある屋号でしょう」
「…………」
もしや、俺が任務に失敗しても、妻たちに隠し通すとか……そういう隠語じゃないだろうな。
「ところで、仲間の名前は? 知らない連中でしたら特徴くらいは……」
「行けばわかるわ!」
もはや一任ですらない無茶振りを力強く命令して、エレナ事務官は一方的に会話を終わらせた。
胃が痛い。
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