第491話 subroutine ホエルン_鬼教官の野望


◇◇◇ ホエルン視点 ◇◇◇


 いつものことながら、かつての教え子の愛し方は優しかった。


 事後の余韻を楽しんでいると、彼は優しく私の髪を手でいた。

 そして、いつものように愛を囁くのだ。


「愛してるよ」


 テンプレのセリフだと知ってはいるが、教え子の言葉には愛がこもっている。純粋に嬉しい。


「みんなにも同じ事言ってるんでしょう」


 意地悪だと思ったけど、言った。すると彼は即答で、

「平等に愛するって決めているからね」


 狡いと言い返そうとしたら、首筋にキスしてきた。優しいキスだ。小鳥たちがするように、何度も愛を注いでくれる。


 溢れるほど愛を注いだあと、教え子は力強く抱きしめてくれた。

「俺の知らないところで不便を強いているみたいでごめんね」


 多分、避妊魔法のことだろう。ちょっと前に、帝室令嬢が教え子に話したと言っていた。


 長らくアクションがなかったので、彼は気をつかって知らないフリをしていると思っていたのに……。


 確かに子供は欲しい。だけど、結婚前の恋愛期間が空白だったので、そっちを先に埋めたい。ほかの妻たちも同じだ。だから不満はない。


 しかし、それは彼の知らないこと。

 優しい教え子は、そのことで悩んでいたのだろう。だからエレナ・スチュアートから真実を聞かされてすぐには話してこなかった。

 そう考えると胸が痛い。


「ねえパパ、私とティーレたちって、どうちがうの?」


「ちがうって?」


「私たちって、それらしい共通点が無いじゃない。どこが好きなのかなって?」


 彼の悩みを解きほぐそうと、女性に対してのタブーを教えようとした。他の女性と比較してはいけないというタブーを。


「ねえ、どこが好きなの。髪の色とか? 目の色とか? それともカ・ラ・ダ?」


 困惑する教え子。

 しかし、私の思惑とは裏腹に、彼は一発で正解を引き当てた。


「どこが好きと考えたことないな。だって、人を好きになるって、髪や眼の色とか、身体とか、顔とか、そういうのじゃないだろう。ひと目見た瞬間、惚れたんだから」


 凄まじい言葉の威力、危うく卒倒しかける。


「もしかして、みんなに惚れたとか? 最初はっ、一番は誰?」


 問い詰めると、彼はそっぽを向いた。なぜか顔が赤い。耳までまっ赤だ。

 その彼が、目を逸らしたまま言う。


「俺にとっての初恋の相手はホエルンかな」


 一瞬、意識が飛んだ。

 凄まじい言葉の暴力だ! まさか私が初恋の相手だったとはッ!


「そりゃあ、鬼のようにシゴキが無けりゃ、告白の一つもしてたさ。だけど、士官学校時代のホエルンは容赦なかったからな。てっきりグズだ、ノロマだ、って嫌われていると思ってたよ。いま考えると、教官って立場だったから厳しかったと理解できるんだけど……植え付けられたトラウマがね」


「謝るから許して! ごめんなさい!」


「もういいよ。おかげで精兵レンジャーとして一人前になれたし」


 やっぱり彼は優しい。昔のことをあれこれ言うかと思ったら、すんなり話を終わらせてくれた。


 パパの過去を知ったとき、ティーレたちが言った言葉を思い出す。(宇宙の)女は男を見る目がない。まさにその通りだ。


 私は彼のことを、本命枠の一人としてしか見ていなかった。

 そのことが恥ずかしくもあり、愚かしくもある。軍人ひと筋の馬鹿な女だと思う。


 自己嫌悪に陥っていたら、

「落ち着いたら、一度、海を見に行かないか」


「海?」


「見たことないんだろう。士官学校時代に、海が見たいって言ってたじゃん」


 そんなこと言った覚えはないけど、一度は海を見てみたい。

 講義のときにでも、ポロリと零した言葉を覚えていたのだろう。だとすると、初恋発言の信憑性は高い。ワンチャン、正妻もアリではッ!


 新たな野望が生まれた。

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