第490話 男同士



 多くの謎を残したまま、騒動は収束していった。


 クラレンス・マスハスの獄中自殺は、派閥貴族に嘆願たんがんされて、王道派に累が及ばぬようクラレンスは自害したと美談で片付けられた。


 フレーザー兄弟もだ。死亡を確認しているが、こちらは失踪扱い。あえて情報を伏せている。


 それもこれも〝憂国会〟という連中のせいだ。

 まだ見ぬ敵〝憂国会〟に、今回はしてやられたわけだ。


 敵についての情報が無いので、〝憂国会〟の件については公表していない。

 それだけでも頭が痛いのに、事情を知らない貴族たちときたら……。

 厚顔無恥こうがんむちな王道派の連中は、連日のように首謀者の一人であるアルス・マスハスを処刑しろと進言している。


 俺としてはどうでもいいことだが、アルスが処刑されるとヴェラザードまで巻き添えを食う恐れがある。そうならないように先手を打って、アデルにヴェラザードを養女に迎える承諾を得たのだが、時期が悪いらしい。


 そういった事情があるので大っぴらに話すこともできず、ヴェラザードの件については密談になる。

「義兄上の言うことはもっともであるが、ヴェラザードの件は難しい。分家から本家に移ったばかりだ。義兄上との関係を勘繰る輩が出てくるであろう」


「痛くもない腹を探られるのは不本意だが、ベラを助けると約束した」


「ふぅむ、やはりアルスは生かしておくべきだな」


 アデルの立場からすると、アルスは妻であるエレナ事務官に刃を向けた相手だ。いますぐにでも処断したいはずだ。

 それを考えると、キツく言えない。


「では、ほとぼりが冷めるまで、このままということで」


「すまぬな。義兄上」


「いや、アデルも思うところがあるだろう。我慢を強いるようなことを頼んで悪かった」


 ヴェラザードの件が決着したところで、男同士の話し合いだ。

 今日に限ってエレナ事務官は不在。なんでも星方教会のお偉いさんと話し込んでいるらしい。おそらくだが、ツーブロックの枢機卿だろう。


 耳聡いあの男のことだ。意味もなく王城に現れないだろう。ロレーヌ司祭の働きに対する対価をねだりに来たとか……まさかとは思うが他人の手柄で、あれこれ主張しないだろう。


 もしかして近々、使節団が帰ってくるとか? これも無いな。ラクシャヴィッツは真面目以外にこれといった才能がない。王城に来たのは偶然だろう。


「エレナ事務官も大変ですね。ところで、あいつ今度はどんな要求を?」


「察しがいいのう、義兄上。ラクシャヴィッツとかいう枢機卿め、マキナとの和睦を申し出てきおった」


「あいつの好きそうな話ですね。で、最終的にはどうするんですか?」


「当面は和睦に応じる気はない。一方的に同盟を破棄する国だ。信用できん」


 だよな。でもまあ、エレナ事務官なら表向きは笑顔で握手しながら、裏で侵攻の準備を進めそうな気もするが……。

 現状は〝憂国会〟に国庫を荒らされたこともあるので、賠償金で手を打つのが濃厚に思える。


 おっ、俺も政治的に成長したか!


 ささやかな喜びを噛みしめていたら、

「休戦協定を結び、賠償金をもらいつつ裏で侵攻の準備をするのも手ではあるが、裏を返せばこちらから攻められぬ。マキナも馬鹿ではあるまい。ランズベリーやザーナ都市国家連合と足並みを揃えて打って出てくるやもしれん。その愚は避けたい」


 ん? どういうこと?!


「確かに。でもアデルの挙げた国は一応の同盟国では?」


「ランズベリーに関してはそうだが、ザーナとは決裂しておる。奴らは東部に兵を向けてくれたからのう」


 そういえば、そうだったな。確か、エレナ事務官が謀略で撃退したやつだ。


「エレナ事務官が撃退したアレですか」


「そう、アレだ。内紛もだいぶと収まりつつあるようだし、そろそろ動く頃合いだ。前回のことがある。内海を渡っての愚はおかさんだろう」


「となると南部……マキナとの連携って形になりそうだな」


「それだけならば良いが、ランズベリーも動くとなると話はややこしくなる。北と南で戦うことになるからのう」


「ああ、イデアの援軍は西部に限られていますからね」


 どうやら、三カ所に同時に攻められているのを危惧しているようだ。とはいえ、一度戦端が切られたら、なし崩し的に攻めてきそうな気もするが……。


「そこで〝憂国会〟が出てくるとなると非常に困る」


 そっちか……俺もまだまだだな。


 政治の話も終わり、やっと男同士の話し合いだ。

 避妊魔法について、どう思っているかアデルに尋ねる。


「余としては、どうでもいいことだ。生むのはエレナだ。とやかく言える立場ではない」


 意外に理解のある義弟に驚いた。

 この惑星は良くも悪くも男社会だ。宇宙古代史の終期まで『男尊女卑』なる風習が根付いていたと聞く。てっきり、ここもそうだと思っていたのだが……。


「ほかの貴族はどう言っているんですか?」


「ふん、無能の言葉に耳を傾ける気にはなれんッ!」

 アデルが突然、怒りだした。


 理由を尋ねると、女の言葉を真に受けることはないと注意を受けたかららしい。

 まあ、この惑星アルアルだが、アデルとしては気に入らなかったようだ。


 なんせ、正式な王になるまで支えてくれた女性だ。加えて、危険な実戦配備。口答えすることなく粛々と献身的に命令をこなす姿は、さぞかし若い国王を惹きつけただろう。

 アデル本人が一目惚れのベタ惚れなので、間違ってもエレナ事務官を蔑ろにはしないだろう。


 それを知らぬ、一部の貴族が失礼な口を利いたことにアデルは怒っているのだ。

 よくある上層部と現場の意識のちがいみたいな感じだ。


「怒るのは当然だけど、政治と家庭は別に考えよう」


「エレナと同じ事を言うな」


「同じ軍に属していたからね。考え方も似通うんだろう。でも本当のところは、そんなどうでもいいことで、アデルが気に病むことはないってことさ」


「エレナも似たようなことを考えているのかのう」


「だと思うよ。口に出さないだけだ」


「実感が湧かぬな」


「お互いが、お互いを大切にしている証拠さ。たまには本音を口にしたほうがいい」


「本音とは?」


 ふふ~ん、どうやらアデルはお子ちゃまのようだ。まだ一六歳だし、無理もないか。ここは結婚のプロである俺が、大人の恋愛を教えてやろう。


 人に聞かれてはまずいので、こしょこしょと耳元で囁く。

「ほうほう、ふむふむ……それで…………おお、なるほど!」


 アデルは鼻息荒く、うむと頷くと教わったことを忘れぬようにメモをとりだした。


 なかなか真面目な王である。


 それから結婚のプロ直伝のアドバイスを、いくつか伝授して終了。


 義兄としての体面は保たれた!


 軽い足取りで執務室を出たところで思い出す。避妊魔法についてだ。

 子作り戒厳令が敷かれているので、それの解除条件を聞き出したかったのだが失敗した。


「俺としたことがッ! 肝心なことをッ!!」


 まあ、いきなり解除は無理だろう。

 諦めて政務に励むことにした。

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