第489話 帝室令嬢発狂



 地下室で発見した証拠を、詳しく調査した結果。発見した骨はフレーザー兄弟のものだと判明した。


 マッシモ医師に骨を組み立ててもらったところ、骨はきっちり二体分。それも似通った骨格で背丈も同じ。エレナ事務官に立ち会ってもらい、彼女の知るフレーザー兄弟の背丈と同じことが確認された。


 手足の指の骨が無いので変だと思っていたら、豚の糞から発見された。地下シェルターにいた豚たちは死体を食べていたのだ。


 一応、匂いから地下室にあった切り裂かれた衣類は兄弟のものだと判明している。


 確たる証拠を押さえたいので、DNA検査をするようエレナ事務官に言われたが、屋敷からは基となるフレーザー兄弟の細胞は発見されなかった。屋敷中を隈無く探したが、毛髪一本発見できなかったのだ。


 さすがにこれはおかしいと、エレナ事務官に報告すると、偶然、居合わせたカルスロップ――入れ歯遊びしているパイナップルヘアーの老人が言う。

「〝憂国会〟で間違いない。奴らは恐ろしいほど綺麗に痕跡を消していくからのう」


 いつもなら、老人の戯言だとスルーしてるところだが、引っかかることを口にした。

「豚にでも食わせたのじゃろう。ワシの仲間がそうじゃった。アレは骨以外なら、なんでも食うからのう。嘘だと思うなら、糞をしらべてみぃ。手足の指のようなちいさな骨が出てくるはずじゃ」

 カルスロップは、まるで見てきたかのように言う。


 俺たちの発見したのと同じだ。内容がこうまで符合すると、老人の戯言たわごとと片付けられない。

「カルスロップさん、骨は二人分なのにグラスが三つありました。これにも意味が?」


「見届け人じゃろう。どういう理屈か知らんが、奴らは必ず。どうでもいい痕跡こんせきじゃ。現に、骨をしらべなければ死んだのは三人だと勘違いしていたじゃろう」


「なぜそんな面倒なことを?」


「奴らの常套じょうとう手段じゃ。誰もが見落とすような些細な違和感。それを餌に真相を解明しようとする者たちを誘き出しているんじゃろう。〝憂国会〟にたどり着きそうな者を選別して、大事になる前に殺す。つくづく狡猾な連中よ」


「…………」


 老人の目が細められる。

「気をつけい。奴らはまだ近くにいるぞ」


 カルスロップは、近くにいると断言する。〝憂国会〟の手口を知っているようだし、潜んでいる見届け人とやらのヒントをもらおう。


「どんな連中が怪しいんですか?」


「わからん。皆目見当がつかん」


「でもカルスロップさんは一度狙われたことがあるんですよね」


「現在進行形でな」


「見当がつかなくても、心当たりくらいはあるんでしょう。カルスロップさんが見たときは誰が見届け人だったんですか?」


「仲間が殺される場所におらなんだ。じゃから殺しの現場を見ておらん。過去の事例から推測しようにも、手がかり無しじゃ」


「…………」


 ふりだしに戻った。

 唯一の生き証人フレーザー兄弟は死亡。屋敷に毛髪などの痕跡が残っていないことを考えると、証拠はすでに隠滅いんめつ済みだろう。


 しかし疑問だ。

 つかっていたブラシは残していたのに、なぜ毛髪だけ……。


 この惑星の技術水準を考えるとDNA検査対策で毛髪を処分したとは考えられない。

 もしかして、俺たちのように宇宙から来た者がいるのか?

 だとしてもおかしい。〝憂国会〟は百年以上昔から存在するとカルスロップは言っていた。

 ナノマシンの恩恵を受けているのなら可能だろう。仮に生きているとしても変だ。宇宙の技術が驚くほどこの惑星には無い。


 となると異星人か? しかし、魔族や妖精族とされる獣族を見る限りでは、異星人の血を引いているようにも思えるが、科学についての見識もないし。

 特殊な能力もそれっぽいけど……。俺の考え過ぎか?


 安易に物事を結びつけようとしているな。悪い癖だ。


 現実に目を向ける。


〝憂国会〟の連中は相当頭のまわる連中らしい。こうも存在を掴ませないとは……ヴェラザードがベルーガの亡霊と呼んでいたのも合点がいく。まるで幽霊みたいな奴らだ。


「それで、エレナ事務官。当面はどうすればいいのでしょうか?」


「どうもこうもないわ。対策を怠らないようにするだけ。仕掛けようにも奴らの拠点がわからないし。スレイド大尉、ほかに名案はある?」


「いいえ」


「後手後手にまわるのはいただけないけど、現状、とれる手段はこれだけよ。地道にやりましょう」


「となると、まずは王城からですか?」


「ええ、スレイド家に命令して、城に勤めている人たちの素性を洗っているわ。あまり効果はないでしょうけど、やらないよりマシってところね」


 根本的な解決手段は無しか……。


「これじゃあ、おちおち子作りできませんね。アデルがねるのでは?」


「その点は大丈夫。問題ないわ」


「どうでしょう。彼も男ですし」


 夜の行為について遠回しに聞いたのだが、恐ろしい言葉が返ってきた。

があるから問題ないわ」


「そんな魔法まであるんですか!」


「女子なら誰でも知っていることよ。まあ、貴族や大店商会のご令嬢限定だけど」


「…………」


 オーバースペックな魔法に引いた。


「でも俺の家は…………」


 言葉を繰り出そうとするも、エレナ事務官は手で制した。

「悪いけど、お兄ちゃんの奥さんたちもよ」


「えっ、それってどういう意味なんですか!?」


「国政が安定して、厄介な連中を間引くまで子作り自粛。奥さんたちも避妊魔法で協力してもらってるから。子供の顔が見たいのなら、さっさと〝憂国会〟を根絶やしになさい」


「そんなぁ! 横暴だッ!」


「何も死ぬまで子作り禁止ってわけじゃないわ。少なくともブラッドノアの修理が終わるまでの間。あれさえ修復できれば無双できるから」


「いや、無双とか、そういう話じゃなくてですね。俺の家庭はどうなるんですか!?」


 そこでエレナ事務官はテーブルを叩いた。

「あのね。不便を強いられているのはお兄ちゃんだけじゃないのッ! 私だって子供が欲しいのッ! そこのところわかってるのッ!」


「いや、でもエレナ事務官は王妃だから仕方ないでしょう。俺、血の繋がっていない王族ですよ。子供の一人くらい……」


 お目こぼし狙いで言ったら、血の繋がっていない妹は目尻を釣り上げた。

 クリスタル製の鈍器――灰皿が飛んでくる。

 キャッチして、事なきを得ると、矢継ぎ早に言葉が飛んできた。


「スレイド大尉! あなた危険な状況で奥さんに子供を産めって言うの! 誰が身重の奥さんを守るのよッ! 命に別状はなくても、子供が流れでもしたらどうするの! 責任取れるのッ!」


 今日の帝室令嬢はヒステリックだ。おそらく、自分が強いられている不便に怒り心頭なのだろう。根拠はないが、そんな気がする。


 いまは亡き同僚のヘルムートが言っていた。こういうとき、男が謝るのが正しい選択らしい。間違っていても謝る。なんともやるせない。


 ヘルムートの言葉に従い頭を下げる。

「すみません。軽率でした」


「わかればいいのよ。わかれば」


 口では理解を示しているものの、エレナ事務官はお冠だ。腕を組んで背を反らしている。

 鬼嫁の素質があるらしい。下手に出よう。


「安心して子作りできるよう全力を尽くす所存です!」


 反省で締め括り、部屋を退出しようとしたら、さらなる追撃が。


「ちゃんと奥さんのケアをするのよ。あと、王族になったんだから、つかえる手足を探しなさい」


 無茶振りである。

 ついこの間、〝憂国会〟の連中を掴まされたばかりで、ベルーガの文官不足はいまだ解消されていない。

 それに対する催促なのだろう。


 のんびりと暮らしたいだけなのに、仕事ばかりが増えていく。

 心の安らぎは、一体いつになったらやってくるのだろう。

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