第488話 捜索



 アンドレニが連れてきたのは三〇人からなる小部隊。

 少数だが、ビシッと整列する様は圧巻だ。みな左肩にベルーガの紋章が彫られた鎧を装備している。一般兵はいない、近衛ばかりだ。


 小隊の隊長らしき男が一歩前に出る。アンドレニとちがう男だ。貴族的な綺麗にととのえた髭が印象的なナイスミドル。

 その男が声を張りあげる。


「閣下のおいでだ! 全員気をつけッ!」

「「「はッ!」」」


 石畳を踏み鳴らす軍靴の音に、ブレは無い。精鋭だ。

 見知った顔がちらほらいた。カーラ直属かな?


「スレイド閣下、カムラン隊総勢三〇、準備はできております。ご命令を!」

「「ご命令を!」」


 恐ろしいまでの練度だ。こんな強騎士を置いていってくれたカーラのことを考えると、頭が上がらない。

 申し訳なく、つい背筋を丸めてしまった。


 カーラが普段から言っている、王族の威厳云々の言葉が脳裏をよぎる。


 いかん! しっかりしないと示しがつかない!


 一度、胸を張って背筋を伸ばした。


「諸君、忙しいところすまない。呼び出した理由は一つ。先の叛乱の陰で暗躍していた者たちの捜索だ」


 カムランと名乗った近衛が前に出る。

「閣下、発言をお許しください」


「かまわない。君らはカーラの直属だろう? 俺の指示を無視しても問題ない。存分に手柄を立ててくれ」


「そうは参りません。カリンドゥラ王女殿下より、不在の間は閣下の指揮に入るよう厳命されております」


 妻の心遣いが嬉しい反面、第二王都のことが気になって仕方ない。

 向こうは向こうで戦闘中だと聞いている。こんなことなら王都に戻ってきたその足で北の第二王都へ行けばよかった。


「閣下、どうされたのですか? はやく命令を」


「ちょっと北のことが気になってね。騎士カムラン、君の見立てではどちらが勝つと?」


「王女殿下です」


「できれば、その理由を知りたい。教えてくれないか?」


 カーラの直属だけあってカムランは優秀だった。民心に始まり、周辺貴族の派閥、ギルドの立ち位置、傭兵の考え方などからなる推測を理路整然りろせいぜんと述べる。


 そもそも相手は、落ち目の革新派のトポロ・アーク。カーラが負けるはずがない。

 つまるとこと、俺の心配は杞憂きゆうだったのだ。


 そのことに納得すると、カムランはぼそっと付け加えた。

「噂に違わぬ愛妻家ですな」


 おだてているのだろう。部下がいる手前、惚気のろけ話をするのもなんだ。さっさと先に行こう。

 今回の目的を話し、貴族院跡地へ向かった。



◇◇◇



 マキナが残していった爪痕つめあとひどかった。

 異教徒、邪教となどと言うだけあって、貴族院の存在そのものを消すが如く、破壊している。半壊を通り越して全壊に近い。


 外周は瓦礫の山で、壊し損ねた中央部分が無残な姿で残っている。如何にマキナの連中が野蛮なのかを物語っている。

 どれ一つとして、まともな部屋は残っていない。


 どこに隠れる場所があるのだろう?


 立ち尽くす俺のすぐそばをアンドレニとマニングが進む。迷いのない足取りだ。一体どこへ向かうのだろう?


 そんなことを考えていたら、二人は瓦礫を撤去し始めた。

 石畳の床が見えるまで瓦礫を除けると、しゃがみ込み、二人して何やら喋っている。


「マニング、重いぞ。大丈夫か?」


「問題ありません。せーの、で上げましょう」


 短いやり取りが終わると、二人してうなり声を上げた。そして、石畳の一部が持ち上がる。

 暗闇が口を開いた。


「地下室は無事なようだな」


「いざという時のために堅牢けんろうに造られていますから。そのためのシェルターですし、無事で当然では」


「私が貴族院に通っていたのは何十年も昔だったからな。建物もだいぶとガタがきていると聞いていたので、まだ生きているとは思わなかったぞ」


 少し怒った感じで返すアンドレニに、マニングはしたり顔で答える。


「私が通っていたときも健在でした。避難用のシェルターなので、こまめに維持補修していたのでしょう」


 避難用の地下室は王城だけじゃなかったんだ。思わぬ発見だ。


 二人の口ぶりからすると貴族院に通っていた者たちにとって、地下室の存在は当然のようだ。

 どうやら、この惑星では、避難用の設備は地下に造るのがデフォらしい。


 この発見を外部野に記録する。


 地下室を探し当てるくだりから、俺のことはどこへやら、騎士たちは各自の判断で動きだしている。


 いつの間にか、近衛小隊の隊長であるカムランに指揮権が移っていた。

 地下への突入準備も終わったようで、カムランがこっちに来た。


「閣下、いつでも地下に入れます」


「地下に入るのは俺たちだ。カムランは地上で待機していてくれ」


「危険があるのでは?」


「おそらく大丈夫だろう。それよりも、ここまできて賊を取り逃したくない」


「ここで賊に逃げられてもさしたる問題はありません。検問がありますゆえ、奴らは王都から出られませぬ。ここは殿下の身の安全を優先させるべきかと」

 慇懃無礼いんぎんぶれいな口調で、遠回しにじっとしてろと言ってくる。

 楽ができるのならそうしたいが、相手は油断できない〝憂国会〟。俺の手できっちりしらべたい。


 狡い気もしたが、彼らの主の名を出そう。


「それには及ばない。カーラは、俺のために諸君を残していってくれた。だからこそ、賊を取り逃してはいけない。彼女の顔に泥を塗ることになる」


「体面を重んじるのであれば、失態はいくらでも有耶無耶にできます」


「俺の妻はそういった姑息な手が一番嫌いだ。カーラは高潔で公明正大。何より名誉を重んじる。そんな彼女に恥をかかせろというのか?」


「いえ、そのようなつもりでは……」


「安心してくれ、冒険者も雇っている。それに、こう見えても探し物は得意なんだ。君たちよりもね」


「…………畏まりました。ですが、くれぐれも無理はなさらぬよう願います。何かあったら場合は、ただちに合図を」


「わかっている。結婚したばかりで妻たちを未亡人にしたら、それこそ笑いものだ。そうならないよう全力を尽くすよ」


 カムランと騎士の大半を地上に残して、地下へ降りる。


 先行しているのは明かりの魔道具を持ったアンドレニと鼻の利く獣族ノッカー。その後ろに、目の良いフリートウッドと赤毛の剣士パメラが続く。その後ろを等間隔で騎士が進む。

 すぐそばには異常を知らせるために耳の良いバリントンと、殿しんがりのマニング。


 俺とホエルンは警護される形だ。


 戦力的にどうかと思う陣形だった。効率の良い陣形を提案したが、アンドレニはかたくなに断る。


「殿下とフォーシュルンド卿は国家の要人。みだりに危険に晒しては近衛騎士の沽券こけんに関わりますゆえ。ご容赦ください」


 例の貴族風の堅苦しいやり取りだったので、今回は諦めることにした。


 貴族院跡地で人を見たという情報も無いし、行き止まりの地下だ。敵が潜んでいる危険はないだろう。


 地下に降りると、示し合わせていたように騎士が散開した。

 二人一組に分かれると、無駄のない動きで近くの部屋に入っていく。


 そんなことしなくてもノッカーがいるのに……。


「ノッカー、匂いはするか?」


 頼りにしている獣人に尋ねるも、

「…………あの、えっと」


 地上とちがって、地下はカビ臭い。邪魔な匂いがあって、お目当てを嗅ぎ分けにくいのだろう。


 そう思っていたら、

「なんとお呼びすればいいんでしょうか。お忍びの時に呼ぶ男爵というには、ちがうようですし」


「好きな呼び方で呼んでくれ。近衛が文句を言ってきても、こっちでなんとかする」


「では、いまま通り男爵で」


「ああ、それでいい。で、匂いは?」


「あります。いろいろ混じっていますが、間違いありません」

 と、ノッカーが自慢の鼻をヒクヒクやる。


 いろいろというのは、地下に所蔵されている物の匂いだろう。それにカビ臭いし。


 査問会でぶち込まれた牢屋みたいに、ネズミ先輩もいるのだろう。そう考えるとゾッとした。不衛生極まりない。


 騎士たちはというと、取りこぼしがないように一つずつ部屋を潰していっている。


「アンドレニたちは一つずつ部屋を探してくれ。俺たちは匂いを追う」


「殿下、単独行動はおやめください」

 そう言うと、アンドレニは騎士を二人寄越した。


「マニング、我らもすぐに追いつく、殿下の警護任せたぞ」


「はっ!」


 口うるさいお目付役の許可ももらえたので、奥を目指す。


 匂いを追うノッカーを守るように、剣を抜いたパメラとバリントンが位置取る。緩やかではあるが進み出した。


 十分としないうちに一番奥の行き止まりに到着する。

 そこには握り拳が入るほど隙間の開いた扉があった。かしの木で造られた頑丈な扉だ。シェルターの最深部だろう。


 バリントンが隙間に大剣を差し込み、テコの原理で扉を開ける。

 すると、突然、豚が飛び出してきた。


「なんで地下に豚がッ!」


 慌てふためくマニング。冒険者たちも同様らしく、武器を構えたまま狼狽えている。


「地下は養豚所になっているのか?」


 貴族院経験者のマニングに問いかけると、彼女は勢いよく頭を振って否定した。


「だったら、なんで地下に豚がいるんだ?」


「わかりません。こっちが知りたいです!」


 混乱しているのだろう。いつものような敬語ではない。


 魔物ではないので、無視して部屋に入る。


 ガランとした広間にはテーブルと椅子が二脚だけ。テーブルの上にはワインの空き瓶とグラスが三つ。


 相棒に暗い部屋をスキャンするよう命令した。


――豚以外の生体反応は見られません――


【まだいたのか……魔物じゃないよな】


――ただの豚です――


【で、人がいた痕跡は?】


――環境が悪すぎです。不純物が多く、精度が著しく低下しています――


【不純物ってのは?】


――カビです。あとはガスでしょうか――


【ガス?】


――おそらく豚の排泄物によるものだと思われます――


 言われて気づく、不快な臭いに……。


 ノッカーを見やる。

 鼻が自慢の獣人は顔をしかめながら、鼻をヒクヒク動かしている。


 ナノマシンで強化した以上の性能だ。かなりキツいのだろう。あとで、報酬を上乗せしよう。


 ノッカーの働きのおかげで、証拠を発見した。

 切り裂かれた衣類だ。それ以外にも骨をいくつか発見した。肉のこびりついた骨だ。腐り落ちていないところをみると、比較的に新しいものらしい。


 テーブルの上にあるワインボトルとグラスをしらべる。

 毒物が検出された。


 グラスが三つ。ということは少なくとも三人が死んでいるはず。フレーザー兄弟以外にもここにいた可能性が高い。

 証拠品を詳しくしらべるべく、俺たちは地下をあとにした。


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