第486話 ギルドはレンタル倉庫



 バウディッチ子爵のことがあるので、まずは商業区画へ立ち寄る。


 ホランド商会と看板のかかった建物に入る。

 借金返済まで、まだ期限はあるが顔くらい出しておこう。それに思わぬ情報が手に入るかも知れない。そういう思惑もあって立ち寄ったのだが……。


「これはラスティ殿下、お久しぶりです」

 娘さんのネネリが出てきた。


「ロイさんは?」


「父はガンダラクシャに戻っています。王都での根回しもすんだので、向こうで魔道具の販売ルートの計画を立てているんでしょう」


 魔道具……ということはスレイド領も本格的に経済が回り出したのか!

 予期せぬ赤字脱出の報告に安心した。


「私では不足でしょうか?」


「いえ、そんなことはありません。実は折り入って頼みたいことがありまして」

 ボロに身を包み、フードを目深に被ったバウディッチに視線をやる。

 これだけで、やり手商人の娘さん――ネネリさんは察してくれた。


「お召し物をご用意するのに時間がかかります。長くなりそうなので別室へ」


「お願いします」


 バウディッチ子爵の肩を叩き、ネネリさんのあとについていくよう促す。

 二人が商会の奥に消えると、入れ替わりで店員が出てきた。

 三つ編み眼鏡の清楚な女性店員だ。


「お部屋へご案内します。どうぞこちらへ」


 店員に案内され部屋に通される。


 清掃の行き届いた小綺麗な部屋だ。応接室セットはないが、大きなテーブルと椅子が八脚。壁にはコルクボートと何枚もの紙がピンで留められている。会議室らしい。


 テーブルに陣取ると、気を利かせた店員が飲み物を持ってきてくれた。

 コーヒーと紅茶だ。あと灰皿と煙吸引の魔道具もある。さすがは大店おおだなの商会だ。


「どうぞ、おくつろぎ下さい」


 店員の応対もいい。無駄話することなく、仕事がありますので、と早々に部屋を出て行った。


 せっかく用意したくれたので飲み物を飲んで待つことにした。


 カップを手にとり、まずは妻の要望を聞く。

「ホエルンはどっちを飲む」


「コーヒー、ノンシュガーブラックで」


 さすがは教官、しびれる大人のチョイスだ。俺はノンシュガーだがミルク派だ。


 まずは彼女のコーヒーを入れて、手渡す。

「ありがとう」


「君たちは?」


「自分で入れます」


「殿下に入れてもらうなど、とんでもない!」


 近衛の二人は大慌てだ。側付きのロビンが普通にエレナ事務官の給仕をしていたので、近衛も似たようなものだと思っていたが、ちがうらしい。まあ、王女の妻たちは専属のメイドがいるしな。


 コーヒーを入れている二人を見やる。


 壮年のアンドレニはたっぷりのミルクにティースプーンに山盛りの砂糖、それを五杯。糖尿病を疑うレベルだ。大丈夫か?

 マニングはホエルンと同じ大人な味覚。砂糖はティースプーンすり切り一杯のブラック。できる女性のチョイスだ。


 王城勤めの近衛騎士とはいえ肉体労働が主。甘い物好きばかりでなくてほっとした。


 ふと思ったことを尋ねる。

「騎士マニング、近衛の女性にスイーツが苦手な人っているのか?」


「いえ、みんな大好物です。特に殿下の考案されたシュークリームやモンブランは絶大な人気。それが何か?」


「いや、マニングのコーヒーが大人味だったからね」

 と、シュガーポットを指さす。


「ああ、コーヒーや紅茶は微糖派です。そうじゃないとスイーツを楽しめませんし」


 貴重な意見をいただいた。今後のスイーツ開発に生かしていこう。


 女性騎士との話が落ち着くと、アンドレニが口を開いた。

「殿下、男の騎士もスイーツが好物です」


 遠回しなおねだりに聞こえるけど、一応、要望は聞いておこう。


「どんなスイーツが好まれているんだ」


「クリームサンドが人気ですな。あとカレーパン」


 スイーツ以外も混じっていたが、なんとなくわかる。食べ応えのあるガッツリ系のおやつが好評のようだ。

 今度、暇があったらカツサンドを振る舞ってやろう。ヤキソバパンもいいな。

 そんなことを考えていたら、視界の端に不機嫌そうなホエルンの横顔が映った。


「ホエルンはどんなスイーツが好きなんだ」


 いきなり話を振られたので、彼女は一瞬驚いた顔をしてから、素っ気なく返した。

「パパのつくるものならなんでも好きよ」


「仲がよろしいですね」

 マニングが茶々を入れる。


 普段だったら恥ずかしがるところだが、ここは強気に攻めた。

「当然だ。愛する妻だからな」


 本当のことを言っただけなのに、なぜかホエルンはうつむいた。それっきりだ。髪から覗く耳が赤いことから、照れていることがわかる。勝利を確信した!


 会話に花を咲かせていると、ノックの音が。


「失礼します」


 ネネリさんとバウディッチ子爵が入ってきた。

 貴族風の服に着替えたが、元があれなのでいまいちパッとしない。


「スレイド公、改めてお礼申します。ありがとうございました」


「そう畏まらずに。で、今後のことなのですか…………」


 互いに情報交換をする。

 バウディッチ子爵の情報は、ヴェラザードから聞いたのとほとんど同じだった。唯一ちがう点は、


「〝憂国会〟の名簿を手に入れました」


「名簿を」


「名簿といっても正式なものではありません。いくつかの情報から怪しいと思われる者たちをまとめたものです。それを私があずかり、スレイド公へ届ける予定でしたが、あの騒ぎで……ですから秘密の場所に隠しました」


 ……クラレンスが叛乱を起こした。

 つくづく間の悪い旗頭様だ。泣けてくる。


 情報交換は終わったが、一つ問題が発生した。バウディッチ子爵の身柄だ。気になる名簿は身柄の安全と交換らしい。腐っても貴族だ、抜け目ない。


 王城でかくまっても良いが、〝憂国会〟の連中がいるかもしれない。それにクラレンスの一件もある。ここであいつらの情報を知る人物を失うのは避けたい。

 とはいえ宇宙軍の仲間は出払っている。頼れる人物がいない。ホエルンと俺はやることがあるし……。


 そのことを仲間と相談していると、

「あのう」

 ネネリさんが会話に入ってきた。


「何か?」


「冒険者ギルドを頼ってみては?」


「ギルドを?」


「ええ、冒険者ギルドは要人警護の仕事も請け負っているはず。安くはありませんが、費用対効果を考えるのならば、それもありかと」


「なるほど……」


 ギルドは中立をうたっている。それにベルーガ王家との関係は良好だ。荒事にも慣れた連中だし、彼らに任せるのもありだな。


「よいアドバイスをありがとうございました。おかげでなんとかなりそうです」


「それはよかった」


 その足で、冒険者ギルドへ行き、護衛依頼を出した。


 大金貨三〇枚をぼったくられたが背に腹は替えられない。割高のレンタル倉庫と割りきって、バウディッチ子爵を預けることにした。


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