第485話 おつかい



 ヴェラザードとの約束もあり、俺はバウディッチなる子爵を捜すことにした。


 その旨をエレナ事務官に伝えると、ついでにフレーザー家の双子も捜すよう言付かった。


 無派閥の伯爵に大袈裟なと思ったが、聞けば双子は〝憂国会〟の一員だという。なんでも王都で叛乱が起こる前に、双子の斡旋で〝憂国会〟の息の掛かった連中を登用したらしい。それも五人雇って五人とも……。


 帝室令嬢を見事に手玉に取るとは、油断ならない連中だ。

 なるほど、エレナ事務官が躍起やっきになって王都中を捜すはずだ。


「王都の外に逃げた可能性は?」


「無いわね。王都を囲う外郭城壁は近衛ががっちり固めていたから。王城防衛で苦労した分、奴らも楽ができなかったはず」


「その楽っていうのが王都外への逃亡ですか」


「そうなるわね。フレーザー家の邸宅は押さえているけど、双子の身柄だけは確保できていないの。カルスロップが言うには、転んでもただでは起きない連中らしいから野放しにはできないわ。最優先で捜索してちょうだい」


「了解しました。それ以外には?」


「奥さんのケアくらいかしら」


「…………」

 耳に痛い小言をいただく。


「まあ、ホエルンとは、ここのところ、よろしくやっていますから問題はないかと……」


「大佐以外の奥さんよ。カーラは当然だけど、ティーレのケア、おろそかになってない?」


「一応、平等に愛しているつもりですけど……」


「平等に見えないから言ってるんじゃない」


 狙い澄ましたかのようなカウンターをもらった。俺って、そんなに家庭をないがしろにしているように見えるのか?


「ティーレの外交が一番長いんだから、帰ってきたらたっぷりケアしてあげなさいよ」


「……は、はい」


 正論過ぎて言い返せない。しかし、なぜここまで俺の家庭に首を突っ込んでくるのだろう? よその家庭には関与しないはずじゃなかったのか?


「あのう、エレナ事務官。一ついいですか」


「何?」


「なんで、そこまで俺の家庭にあれこれ言ってくるんですか?」



 にこやかに、だがこめかみをヒクつかせながら帝室令嬢は言った。

 要するに、俺のせいで被害にあっているらしい。


 これ以上、ネチネチいびられるのは嫌だが、ヴェラザードのことを頼んだ。


「また新しい奥さん……いい加減にしないと、そのうち奥さんたちに刺されるわよ」


「そうじゃないんですって、彼女は情報提供者で保護対象なだけです」


「その割には妹にするとか……どうみてもドロドロの展開しか予想できないんだけど」


「だったら、それ以外の手をそっちで考えて下さい」


「……仕方ないわねぇ。貸しよ」


 どんどん負債が増えていく。このままだと一生馬車馬扱いだ。ブラックにもほどがある!

 平和にのんびりと暮らしただけなのに……どうして俺の周りにはいつも厄介ごとが転がっているんだ。

 愚痴っても改善されないであろう現状を嘆く。


 肩を落として、城を出た。



◇◇◇



 バウディッチ子爵、およびフレーザー伯爵兄弟の捜査を開始する。


 お供は、頼れるホエルンとカーラ直属の近衛騎士――壮年のアンドレニと二十代半ばの女性騎士マニングだ。


 なぜかホエルンはマニングを意識して、やたらと彼女との間に割り込んでくる。この人も、ティーレ同様に嫉妬しっと勢なのか!


 詳しい女性事情は知らないが、なんとなく圧が強い。


「とりあえず、身を隠せそうな場所から探そう。騎士アンドレニ、マニング、まだ捜査していない場所があったら教えてくれ」


「え、ああ、はい……少々お待ちを」

 アンドレニは地理にうといらしく、言葉をにgした。年長の近衛騎士に代わり、マニングが口を開く。


「貴族区画、平民街の捜査はほぼ完了しています。手つかずの場所といえば、貧民街と商業区画の外れにある倉庫街ぐらいでしょうか」


 王都の区画分けは北が王城、南がそれ以外だ。


 王都中心から放射線状に貴族区画、商業区画、平民区画と続く。平民区画は中央から伸びる大通りから奥になるにつれて等級が下がっていく。上級国民、中級国民、下級国民となっているのが暗黙の了解だ。また城壁近辺はゴチャゴチャしていてスラム状態。いわゆる貧民街となっている。

 そのことをマニングが簡潔に説明すると、ホエルンが割り込んできた。


「復興が未着手の城壁近辺も要チェックね。それ以外にも焼け落ちた星方教会の跡地とか、王立の施設とか……」


「王立の施設って?」


 さすがにそこまで詳しくないのか、ホエルンは押し黙った。


 しばし、その様子を静観してから空気の読めるマニングが言う。

「王立の魔術学園は結界が生きているので被害は軽微ですが、貴族院や慰霊碑などが該当します」


「そのなかで身を隠せそうな箱物――建物がある場所は?」


「建物ですか……貴族院と孤児院くらいですね」


「そっちも孤児院は別として、貴族院は復興が進んでいるんじゃなかったっけ」


「ラスティ殿下の仰る通りです。ですが、既存の建物はまだ取り壊していません。空いている敷地に新校舎を建設中です」


「なるほど、既存の建物のほうに隠れている可能性があるな……よし、そっちを先にしらべよう」


 貴族院は貴族区画と商業区画の外れだ。


 大通りから貴族区画と商業区画を隔てている道を進むと、突きあたりに見えてくる敷地がそれらしい。

 ドローンで裏道を知っているが、こそこそせず堂々と行こう。悪さをするわけじゃないし、やましいこともしていない。王族らしく、威厳ある振る舞いを意識した。


 貴族街を抜けたところで、思わぬ人物を発見する。ロッコだ!


 ロッコも俺に気づいたようで、こっちにやってくる。見慣れないボロに身を包んだ人物を引き連れている。目深にフードを被っていて顔が見えない。新入りか?


「ちょうど良かった。旦那、実は会わせたい人がいまして」


 そう前置きしてから、ロッコはボロに身を包んだ人物を手招きした。

「もう大丈夫ですぜ」


「…………」

 ボロに身を包んだ人物がフードを脱ぐ。


 男だった。ピンと真横に伸ばした髭、突き出た前歯、まさにネズミだ。ひょろっとした立ち姿が、周囲を警戒するネズミを思わせる。


「この人は?」


「バウディッチ子爵っていう貴族様でさぁ」


「バウディッチ!」

 ヴェラザードから保護するよう頼まれた貴族だ。


「追われているのか?!」


「らしいですぜ。結構な手練れが張りついていやした」


「ロッコたちは大丈夫だったのか」


「年季がちがいますぜ、年季が」


 ロッコとの会話が一段落すると、それを見計らっていたかのようにバウディッチが口を開く。

「あなた様が、スレイド公」


「はい。ラスティ・スレイド本人です」


 自己紹介したが、なぜかバウディッチは目をすがめた。どうやら疑っているらしい。


「ヴェラザード様に贈ったアクセサリーをご存じか?」

 本人確認か。貴族にしては用心深い。身を隠して、何者かから逃げているにしても。


「ペンダントを渡しました。ロケットペンダントです」


「どのような特徴がありますか?」


「ちょっとしたメモ程度なら隠せます」


「開け方は?」


「それは言えません、二人の秘密ですから」


 バウディッチは首を突き出してきた。マイナス解答かと思ったが、正解だったらしい。

 懐からちいさな紙を取り出して、突きつけてくる。

「ヴェラザードお嬢様からの手紙です。叛乱の後、と言えばわかっていただけるでしょう」


「〝憂国会〟のことですね」


「なんだ、知っていたのですか」


「ついこの間、本人から聞きました」


「本人ッ! ということはお嬢様と会われたのですか」


「はい。こっそりとですけど」


「ああ、よかった。屋敷の警備が厳重でなかに入れなかったもので」


「それだけですか」


 バウディッチは目玉をぎょろりと動かして、俺を凝視した。

「実は私も追われています。これは推測なのですが、〝憂国会〟の連中は存在を知る者を消しているのでしょう」


「ということは、バウディッチ子爵も奴らの秘密を……」


「いえ、私よりお嬢様でしょうな。私が狙われたのは、おそらくそのことを広めないため。大学者ケレイル・カルスロップの学閥も奴らに潰されたとか……」


 カルスロップ? ああ、あの入れ歯遊びしている老人か。そういえば仲間が殺されたと言っていたな。


「だから恐ろしいほどまでに〝憂国会〟の情報が出てこない。なるほど秘密主義のイカれた連中ってわけだ」


「スレイド公、奴らを侮ってはいけません。歴史に出てくる騒乱の陰には、常に〝憂国会〟の名が出てきます。知る者は少ないですが、生き残った人々から聞き出しました。なんとなくわかっているのでしょうな。生き残った人々もまたひた向きに口を閉ざしています。それほどの脅威なのですよ」


「事情はわかりました。保護しましょう」


 俺の言葉を聞くと、バウディッチ子爵はその場にへたり込んだ。張り詰めていた糸が切れたらしい。

「ご厚情に感謝します」


 新たにバウディッチを加える。


 ついで、ロッコに王都の空き家や廃屋で怪しい人物が潜伏していないか尋ねる。

「双子の貴族なんだけど、知らないか? 見た目はそっくりで前髪の分け方がちがうらしい」


「聞きませんなぁ。双子なら目立つはずですがねぇ」


 ロッコたちの立ち入れない場所を聞くと、王立の施設が浮上した。

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