第484話 密会



 ヴェラザートとの面会が叶わないので、俺はマスハス家の屋敷に潜入することにした。


 久々に宇宙軍の光学迷彩マントを引っ張り出す。

 マントを羽織り、深くフードを被る。電源を入れて、自室にある鏡の前に立った。


――周囲の景色との同調に1ナノミリセックのズレがありますが、許容範囲です。補正できます――


【さすがだ!】


 装備を確認してから、城を出る。


 夕飯までの隙間時間を利用しての密会だ。

 ナノマシンで身体強化して、大通りを走る。ときおり、すれ違い様、俺の気配を察知した通行人がきょろきょろするが、彼らには姿が見えない。また何事もなく歩いていった。


【さすがは宇宙軍の標準装備】


――ラスティ、それはちがいます。同期調整をしている第七世代が優秀なのです!――


【言うまでもない。第七世代は宇宙最高のAIだ】


――当然です――


 おだてると、相棒はマスハス邸までの地図をホロで表示してくれた。


――ドローンの情報によると、近衛の見張りが五〇人。かなり厳重ですね――


【侵入ルートは?】


――一番手薄な鉄柵越えですね。正面門、勝手口ともガードが固いです――


【じゃあそれで。あと屋敷のなかなんだけど……】


――問題ありません。軍事用ドローンなので調査済みです。ルートを表示します――


 相棒のガイドでマスハス邸に潜入した。それから庭を横切って、開いている窓から屋敷に入る。


 ヴェラザードの部屋は二階だ。ルートもわかっている。しかし、この惑星特有の木造家屋はやたらと床が鳴る。

 注意しながら進むも、やはり鳴るものは鳴ってしまう。慎重にゆっくり歩く。


 運の良いことに誰とも遭遇しなかった。


 屋敷に侵入して、十分も経たずにヴェラザードの部屋に到着した。

 周囲をうかがい人がいないことを確認してノックする。


「誰?」


「カマンベール男爵です」


 部屋のなかから、椅子を引く音が聞こえた。続いて、ドアが開かれる。

「どこにいるの?」


 目と鼻の先にいるのだが、光学迷彩で俺の姿は見えない。


「驚かないで」

 と前置きするも、彼女は近くから聞こえた声に身を縮めている。


「ここだよ、ここ。目の前にいる」


「声は聞こえますけど、姿が見えません。ラスティ殿下、悪戯はよしてください」


「ごめんごめん」


 ゆっくりとフードを脱ぐと、ヴェラザードは目を白黒させた。


 部屋に入り、窓から見えぬ位置でマントを脱ぐ。

 そばにある椅子をたぐり寄せ、それに腰かけた。


 ヴェラザードも近くに来て、対面で椅子に座る。


「ラスティ殿下、人目を忍んで来られたということは、マスハス家はかなり複雑な状況に置かれているのでしょうか?」


「そうなるね。あと、本来は俺が来ちゃいけないことになっている。だから今日のことは秘密だ」


「わかりました」

 疑問を投げかけることなく即答。大体の事情は察しているらしい。でも、あの一件は知らないんじゃないかな。


「クラレンス・マスハスが暗殺された」


「〝憂国会〟ですか」


 以前、話をしたときは〝ベルーガの亡霊〟だった。そこから、さらにしらべたのだろう。そして〝憂国会〟にたどり着いた。

 置かれている境遇を考えると、恐ろしい情報収集能力だ。

 クラレンス以上に優秀なのだろう。


 そんな優秀な身内がいるのに、なぜはやまったことを……。


 無能がのさばり、優秀な者が隠される。貴族社会は男尊女卑の世界でもある。ヴェラザードのようなさとい女性が世に出てこないはずだ。残念でならない。


「証拠はないけど、おそらくは〝憂国会〟の仕業だと」


「なるほど、理解しました。王城も安全でないということですね。屋敷で謹慎しているほうがマシといったところでしょうか?」

 打てば響くような解答。ヴェラザードは聡明だ。


「屋敷を見張るという名目だけど、王城の信頼できる近衛が周囲を警護している。下手な場所に隠れるよりも安全だ」


「ご配慮、ありがとうございます」

 ヴェラザードは優雅に一礼した。


「ああ、それといざという時の話なんだけど、君には悪いが、俺の家族になってもらうことにした」


「家族……ですか!」

 夕日でわかりづらいが、ヴェラザードの顔が赤くなったような気がした。


「マスハス家を抜けるという点でね。そうすれば君にまで罪は及ばない」


 契約用の羊皮紙を出す。日付は、クラレンスが謀叛を起こす前。アデルの印も押してあるので、国王公認の正式な文書だ。


 身の安全を保証する契約書を完成させると、ヴェラザードはせきを切ったかのように〝憂国会〟について語りだした。


「実は、〝憂国会〟のことを最初に教えてくれたのはケレイル・カルスロップなる老学者です。まずはカルスロップ老との出会いから話さねばなりませんね」


 ヴェラザードが言うには、カルスロップと出会ったのは、マキナ侵攻の直前とのこと。そのとき、カルスロップは何者かに追われていたらしく、ヴェラザードは彼を匿ったという。持ち前の機転を利かせて追っ手を巻いたのだろう。そんな気がする。

 その縁あって、カルスロップは自身がしらべていた〝憂国会〟について話してくれたという。


「あれから、私なりにしらべてみました。つい最近になって知ったのですが、どうやらクラレンス大叔母はその〝憂国会〟と繋がりあったようです」


「かなり古くから〝憂国会〟と繋がりがあったと?」


「いえ、繋がりを持ったのはつい最近のようです。〝憂国会〟に加わったようですが、日が浅いので信用されていなかったのでしょう。だから、いいように利用された」


「叛乱か」


「はい。どのような口上こうじょうきつけたのかは不明です。問題はここからです。謀叛を起こした際に、連中も動いているはず。王城におかしなことはありませんでしたか?」


「そういえば宝物庫が荒らされていたな。かなりの通貨を奪われたらしい」


「それ以外には?」


「どうだろう。情報は上がってきていないけど」


「何かあるはずです。王城から持ち出せない何かを持ち去ったはず。もしくは暗殺。でないと謀叛を起こす意味がありません」


「謀叛自体が本命だったんじゃないのかな?」


「あの連中に限って、そんな安直な手は打ちません。二重、三重の企みがあるはず。歴史に残る、奴らの手口がそうでした」


「いまになって、連中が劣化したってことは」


「あり得ません。マキナも王都を占拠してから、しばらくはこれといった動きはなかったはず。王城の秘密を探っていたのでしょう。そして、それは出てこなかった。だから謀叛を起こして、隙をつくろうと……」


 なかなか奇抜な発想をするお嬢さんだ。しかし、言われてみれば、そんな気がする。マキナの連中は執拗に国家の重鎮を拷問していた。王冠を捜し出すためだと思っていたが、どうやらちがうようだ。


 一度、ベリーニ様やロギンズ様にも相談しないと。


「それじゃあ、俺はそろそろ帰るけど、何かあったら例のやつで」


「ロケットペンダントですね」


「ああ、それで連絡を頼む」


 部屋を出ようとマントを羽織ると、ヴェラザードが抱きついてきた。


「二つ、お願いがあります。頼めますか?」


「できる範囲ならね」


 そうしてヴェラザードに頼まれたのは、バウディッチ子爵の保護とキスだった。


「将来的にはヴェラザードとは兄妹になるんだから、それはちょっと」


「おやすみのキスです。兄妹なら当然のことですよ」


「そ、そうなのか……じゃあ………………」


 そっと彼女に口づけしようとしたら、ドアがノックされた。

 慌てて光学迷彩マントを羽織り、電源を入れる。


「だ、誰ッ!」


「リナです。ヴェラザードお嬢様、夕飯の仕度が終わりましたのでお呼びに参りました」


「すぐ行くわ。先に行って待っててちょうだい」


「かしこまりました。スープが冷めぬうちにおいで下さい」


 床を軋ませることなく、メイドが去っていく。


 ドアをノックする直前まで足音一つしなかったので、驚いた。床板が軋まないルートを知っている慣れたメイドなのだろう。


 ヴェラザードが駄々をねるとは思わないが、さっさと出ていきたい俺は、躊躇ためらうことなく彼女にキスをした。間違いの起こらないように額に。


「おやすみ、いい夢を」


「いい夢を、お兄様」


 部屋を出て行こうとしたら、また引きとめられた。


「ま、まだ何かあるのかな?」


「あの、次ぎからはベラとお呼び下さい」


「わかった。じゃあね、可愛い妹」


 もうちょっと話し込みたかったけど、王城に妻を待たせている。浮気だなんだと勘繰られないうちに戻らねば!

 おっかない嫁さんの怒り狂う姿を思い浮かべながら、帰路についた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る