第483話 しつこい女店員



 なんだかんだいって、ベルーガに戻って二十日。

 そろそろ聖地イデアに残してきた連中が戻ってくる頃だろう。


 教皇猊下からの貢ぎ物や、俺が大人買いしたお土産もあるから、もう少しかかるかもしれないな。そういえば帰りも街に立ち寄って、歓迎を受けたり、陛下への要望を聞いたりするんだったっけ。時間がかかりそうだ。


 迎えの準備だけはしておこう。星方教会の質素な食事でなく、豪華ヤキニクパーティーでみんなの労うのだ!


「あいつら泣いて喜ぶだろうな。なんせイデアの主食は芋だったからな。肉や魚が出ないし。ビーガンを否定するつもりはないが、野菜だけの人生なんてまっぴらだ」


 部下に命じて、牛を五頭を仕入れた。むろん、解体済みで熟成中だ。タレも仕込んである。あとは一口サイズに切って焼くだけ。


 やることもないので、城下町をぷらぷら歩く。

 少し離れた後ろから、鬼教官の気配がしたけど無視した。


 気づいた素振りを見せたら最後、偶然を装って接敵してくる。

 とはいえ、彼女のことを蔑ろにしてはいけない。いざという時のためにデコイを仕入れることにした。対女性用のデコイ、アクセサリーだ。効果の程は聖地イデアで試している。青い三つ編みの純潔騎士でね……。


 女性が好みそうな服飾店に入る。


 貴金属を展示しているカウンターに店員が一人。それ以外に人の姿は無い。まあ、時間帯が時間帯だしな。

 黒いスラックスとベストを着ているので店員は男性かと思ったらちがった。女性だ。ベストは胸元を強調すべく大きく開かれたもので、白のシャツとループタイ。男装をイメージしているが、女性の部分をしっかりと主張している。すらりと背が高く、長い金髪をアップで結っている。開かれた目は血で濡れたように赤い。理知的な眼鏡も相まって、なかなかミステリアスな美人店員だ。

 アシェさん要素が目につくものの、眉間に皺を寄せるタイプではなく、無感情な表情をしている。


 カウンターに近づき、装飾品を見せてもらう。

「肩よりちょい下くらいの髪型の女性用なんですけど、いいのありませんか?」


「プレゼントですか? それとも挙式用?」


「プレゼントです。なんていうか、謝る用にね」


「女性の扱いに慣れておられますね」


「どうでしょうかね。扱うどころか振りまわされている気がしますけど」


「そういうものですよ。男と女は。男はあれこれ忙しくて、女はいつも待ちぼうけ。でも、プレゼントを用意するくらいの愛情はあると。落第点ではありますが、マシなほうでしょう」


 女性店員は、客の俺に向かってずけずけ言う。かなり失礼な店員だ。店内に客がいない理由はこれか……。


「それで、どんなプレゼントが喜ばれるのでしょうか?」


「お渡しする女性が普段から身につけているものは?」


「あー、これといって」


「有るんですか? 無いんですか?」


「あると言えばあるけど……コロコロ変わるので」


 最近、夜の衣装はコロコロ変わる。一日として同じ衣装は無い。アクセサリーもつけているのだろうが、そこまで覚えていない。


「いけませんね。愛情が足りません。そんなだと、いずれ捨てられますよ」


「それはないかなぁ」


 頭を掻きながら言うと、女性店員はカウンターの下からカードを取り出した。どこかで見たような……。


「選んでください」


「あの、これとアクセサリーって関係ないんじゃ……」


「関係ありますよ」


「どんな?」


「縁です」


「縁?」


「はい。お客様と女性が知り合ったのも縁。これからも付き合うかも縁。無論、破局も縁。お客様の運命に見合ったアクセサリーを見つくろわせていただきます」


 面倒な店に入ったな……。


 とりあえずカードを引く。

 雷の落ちる塔が描かれていた。


「災いですね…………ではこちらを。当店自慢の逸品にございます」


 金ピカのバレッタを出された。宝石らしき赤い輝きが散りばめられている。

 バレッタについている値札を見て、目玉が飛び出そうになった。そのお値段、なんと大金貨一〇〇枚!


「えっ、えっ!」


 店員と値札を見くらべる。


「良い買い物だと思いますよ。…………お気に召しませんでしたか?」


「あのう、これ、値段が……」


「愛する女性のことを思えば、安い買い物です」


「でも、さすがに大金貨一〇〇枚は……」


「そうですか。では、その女性と別れることになっても良いと?」


「そうは言ってませんよ。値段が高いと言っているだけで」


「いいのですか。愛する女性を失っても?」


「いや、それは困る。だけど、それとこれは…………」

 言い淀む俺に、女性店員が畳みかけてくる。


「同じです」


「…………」


「煮え切らない殿方ですね。ではこうしましょう。いまから一ヶ月の間、女性と別れる危機が訪れたとき、一度だけ手助けしましょう。手助けが不要な場合は代金はいりません。しかし、手助けが必要な事態になれば……」


「なれば……」


「大金貨千枚いただきます。もちろん、最悪の事態は回避してさしあげます。いかがでしょうか?」


 手助けの有無で、タダになるか大金貨千枚になるかが決まる。悪い話じゃないようだけど、どうも胡散臭い。

 面倒臭そうな女性だし、関わるのは損だな。まともそうに見えたのに、中身はアシェさん――残念美人以下じゃないか。


「キャンセルします」


「…………いいでしょう。ですが運命はすでに定まっています。その女性が大切ならば、くれぐれも目を離さないように。お困りの時は、ぜひこちらへ。悪いようにはしませんから」


 断るとそれ以上の追求はなかった。

 なんというか拍子抜けだ。詐欺ならもっとしつこいのに……。


 アクセサリーの代わりに店内に陳列されている服を見てまわる。


 一着手にとって品質を確かめる。

 上質な布地をつかっているようで、指触りは良い。縫製も綺麗に仕上がっている。ほつれもなく、丁寧な仕事をしている。縫製・裁断技術も高く、実に滑らかな流線形を描いている。

 物はいい。間違いなく上質だ。

 惜しむらくは、デザインがこの惑星的なこと。目新しさや斬新さが無い。飽きのくるデザインだ。

 腕がいいようなので特注することにした。


【フェムト、ホエルンのサイズは記録しているか】


――…………――


【おい、聞いているのか?】


――聞いています。ホエルンのボディサイズですね――


【そうだ。彼女に服をプレゼントするからサイズを知りたい】


――ティーレたちには?――


【…………】


 相棒からの思わぬ反撃。良心が痛む。


【贈答用だ。今後の惑星調査をスムーズにするためにも、かつての上官の覚えを良くしておかないとな】


――……夫婦なので、気にするようなことではないかと――


【上司部下のケジメだ!】


 不審がる相棒を強引に押し切った。


 ホエルンのサイズデータをゲットする。


 驚いたことに、あの鬼教官Gカップもあった。ということは、あれよりさらにデカいカーラは……H以上か! となると、半分同じ血を引くティーレも…………。

 鼻の下に熱いものが流れる。


 慌ててハンカチで拭い、女性店員に交渉する。

「あのう、特注とかってできますか」


「可能ですよ。プレゼントですよね。で、そのプレゼントを贈る相手は?」


「採寸してきているんで、それでお願いします」


 女性店員は胡乱げな顔をした。

「……かまいませんが、手直しは別料金ですよ」


「それでけっこうです。頼みたいデザインなんですけど……」


 紙とペンを借りて、デザイン画を描く。

 俺が注文したのは、チャイナドレスと胸元パックリの縦編みセーター、ついでにチューブトップブラも。

 欲望丸出しのオーダーに、女性店員が引くと思っていたのだが、予想外の反応を見せる。


「斬新ですね」


「斬新ですか……」


「創作意欲が掻き立てられます」


「それはよかった。ちなみに、仕上がりまでの時間は?」


「七日もあれば間に合います。ほかに要望があれば是非」


「だったら……」

 際どいメイド服やJK服、透け透けの踊り子衣装を追加発注する。


「素晴らしい! エクセレント!」

 なぜか女性店員は興奮している。もしや同性愛そっち系の人か?


 深入りすると危険なが気がしたので、サクッと話をまとめて、手付金を置いて店を出る。


 ここでも、カマンベール男爵という偽名をつかった。偽名、なかなか便利である。特に家族に知られたくない買い物をするときは……。


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