第482話 帝室令嬢のお言葉



 俺の頼みもあって、ヴェラザードの安全は保証された。とはいえ、叛乱を企てた一族の娘だ。それなりの罰が与えられる。


 爵位剥奪はくだつは確定。命までは取られないが、かなりの厳罰だ。

 叛乱を起こした身内とあって、現在は屋敷で謹慎中。近衛に屋敷を包囲させているのだとか。


「エレナ事務官、なんでそこまでするんですか? 彼女は兵士を雇っているわけでもないし、権力があるわけでもない。それなのに厳重すぎませんか?」


「彼女を守るためよ」


「詳しく説明してください」


「クラレンスの件があったから、と言えばわかってくれるかしら?」


「あー」


 下手に王城で匿うと暗殺される恐れがある。だから逃がさないよう屋敷に謹慎させているという体で警護しているのだ。


「でも近衛で大丈夫なんですか?」


「大丈夫よ。カーラが残していってくれた精鋭なんだから」


「なんだかんだ言って、カーラもアデルに甘いですね」


「勘違いしちゃ駄目よ。カーラはスレイド大尉のために精鋭を残していったんだから」

 重すぎる妻の愛が痛い。


「妻の愛は嬉しいんですけど、カーラ大丈夫ですかねぇ」


「大丈夫なんじゃない」


「他人事だなぁ。友達なんでしょう。こういうときは嘘でも心配してくださいよ」


「心配して戦況が好転するなら、いくらでも心配してあげるわ」


「…………」


「でもまあ、トポロ・アークは一度勝った相手だし、一方的な負け戦にはならないはず」


「万が一ってこともあり得ますよ。戦場で常識は通用しませんからね」


「そうね。それを加味してもカーラは負けないわ」

 帝室令嬢は自信たっぷりだ。その自信はどこから来るのだろう?


「根拠は?」


「愛する旦那さんのお城を守るのよ。負けるはずないわ」


「…………」


「素晴らしい根拠でしょう」

 ふふんとエレナ事務官が胸を反らす。


「俺、第二王都に行ってきます」


 その場から離れようとする、袖を引っぱられた。

「ちょっと、人の話聞いてた?」


「聞いた上での判断です」


「ちゃんと説明するから、はやまった真似はしないで」


「…………」


 事情を聞く。


 叩き上げの軍人ミルマンや、リッシュの部下が優秀だという理由にいたった。


 ミルマンのことは話には聞いているが、リッシュの部下が優秀なのは驚いた。リッシュと俺は出世しているし、国王からの覚えは良い。加えて、元から大貴族でそこそこ人望がある。だから優秀な人材があつまったのだとか。

 羨ましすぎて下唇を噛み千切りそうになった。


 そりゃあね、俺にも元帥の息子や四卿の令息・令嬢が部下にいるさ。でも大物の血筋だから、普段づかいできない人材なんだよ! 自分の平民根性が憎い。


 特にメルフィナとイレニアは大きなミスをやらかしたあとだ。俺の口から、おまえら行ってこい、なんて命令できない。あの二人、汚名返上とばかりに絶対に無茶するよ……。

 独り立ちしていない末の弟――フェリオのことを考えると、なおさらだ。もしも二人の身に何かあったらと考えるだけで、胃がキリキリする。


 ああ、俺って、ホント人の上に立てない男だな……。己の甘さを呪う。


 結論から言うと、俺は王都守護のために残ることになった。


「そういうことなら、適任なロウシェ伍長がいるのでは?」


「彼女は大型連休よ。なんでも食材を探しに東部へ行くんだって」


「東部だったら、俺の領地から食材を取り寄せますよ」


「鈍いわねぇ。コレよコレ!」

 エレナ事務官が親指を立てる。


「男……ですか?」


「本人は否定しているけど、私の目に狂いはないわ! あれは男捜しの旅に出る目よ!」


「…………」


 この人についていっていいのか不安になった。


「ねえ、さっきからちょくちょく疑いの眼差し向けられている気がするんだけど」


「向けられている気がするじゃなてく、向けているんですよ」


「……もしかして、私のこと疑ってる?」


「限りなく黒にね」


「心外だわ。こんな可愛くて心優しい妹を疑うなんて」


 オーバーアクションで言うと、涙をひと筋流す。

 ほぼ同時に、エレナ事務官が懐に何かを隠した。


 なかなかトリッキーな動きだが、俺は見逃さなかったね! 懐に隠した何かは目薬だ。

 大きさといい、隠しやすさといい、瞬時に出し入れできるソレは目薬で間違いない! 優しい妹が兄を騙すだろうか。いや、無い! ジェスチャーですべてお見通しだと態度で示す。


 すると、帝室令嬢は露骨に嫌な顔をした。

「スレイド大尉、そういう鋭さは私ではなく、奥さんに向けなさい」


「ってことは当たっていたと」


「悔しいけどそうよ。だけどね、伍長に関しては私の勘が当たっていると思うわ」


「そういうことにしておきますよ」


「…………」

 不服が顔に出ている。こういう帝室令嬢は初めてだ。俺も段々、女性の扱いに慣れてきたな。


 どうでもいい勝利だが、あの帝室令嬢をやり込めたのは嬉しい。

 久々に勝利の美酒が楽しめそうだ。

 そんなことを考えていると、エレナ事務官はとんでもないことを口走った。


「ホエルン大佐、暗殺者のつかった抜け道調査は今日で終了。だから存分にイチャイチャしないさい。〝にゃんにゃん〟でもかまわないわよ」


「本当ですかエレナ様!」


「ええ、雇い主からの正式な命令だから、絶対にするように!」

 言い終えると、エレナ事務官は粘っこい笑みを向けてきた。


 この女! 最後の最後で、なんてことしやがる!


 文句を言う前に、俺の腕に何かが絡みつく。

 目玉だけを動かしてみると、ホエルンの腕だった。


「ねえパパ、お許しも出たことだし、いまから〝にゃんにゃん〟しない?」


 艶然と微笑む妻。……逆らえない。


 こうして俺は、また愛の巣に連行された。


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