第481話 侯爵繋がり



 あれから七日かけて、王城を徹底的に調査した。


 王族のつかう秘密の通路はすべて石造りの通路だが、それとは別にトンネルを発見した。暗殺者たちが掘ったとおぼしき手堀りのトンネルだ。き出しの土に、板と杭で崩れ落ちないよう補強しただけの粗悪なトンネル。水溜まりは当然ながら、崩れかけている場所がいくつもある。


 そんな粗悪なトンネルが五カ所。

 牢屋、近衛の宿直室、城で働く者が利用する食堂、ガラクタ置き場と化した倉庫、宝物庫、どれも一階と地階に繋がっている。


 ちなみにトンネルへの入り口は巧妙に隠されていた。隙間すきま漆喰しっくいで埋めて、新旧の塗装が目立たないよう見事に色づけされている。どうやら暗殺者のなかに、色彩について詳しい者がいるらしい。


 ついでなので、王城の城壁もさっくりとしらべてみた。壁外への抜け道は城壁、地下ともに無い。唯一発見したそれも、王族専用の逃げ道くらい。


 エレナ事務官の言っていた、〝憂国会〟という連中だろう。奴らは何食わぬ顔をして、いまも王城で働いている。

 厄介な政敵クラレンスを葬ってくれたのはいいが、手順がちがう。情報を引き出す前に殺された。これでは生かして捕らえた意味がない。


 なんとなく見えてきた。〝憂国会〟だ。クラレンスと繋がりがあったのだろう。だから口封じに殺した。これなら合点がいく。


 そのことをエレナ事務官に話すと、

「同感だわ。ケレイルも同じ事を言っていたし、その線が濃厚ね」


 ケレイルが一体誰なのか尋ねようとしたら、エレナ事務官は頭のてっぺんに髪をあつめて指でまとめる仕草をした。


「ああ、あの老学者とかいう変な老人! あの人も同じ事を」


「そうよ。結構な歳だけど、頭の回転は速いわ。ベルーガを代表する大学者なんだって」


「へー、そうなんだ」


 人は見かけによらないな。パイナップルみたいな髪型のお爺ちゃんが大学者なんて……。


 下らないお喋りをしながら今後の方針を議論していると、マスハス家の処遇しょぐうについての話になった。

「マスハス家はお取り潰しね。爵位剥奪はくだつは確定。ま、侯爵という大物だから一族郎党皆殺しって展開もあり得るわね」


「これで王道派、革新派ともに弱体化ですね。……ん? なんか忘れてるな」


「忘れてるって何が?」


「マスハス家のことで……そうそう、ご令嬢! ヴェラザードです」


 女性の名前が出るや、ホエルンは腕をつねってきた。

「痛ッ、何するんだよ!」


「パパ、これ以上は駄目よ。わかるわよね」

 鬼教官が、ドスの利いた冷たい声で迫ってくる。目には嫉妬の炎が渦巻いていた。


「ちがうんだ。誤解しないでくれ。相手はまだ未成人の子供だぞ!」


「その子供を気にしているところが怪しいんだけど」

 腕を抓る指に、力がこもる。


「〝黒石〟の残党をやっつけるとき手助けしてもらった。それに、〝憂国会〟とおぼしきベルーガの亡霊の話もしてくれたし、彼女は味方だ」


「本当? 信じていい?!」


 信じてくれ、じゃないと腕の肉がちぎられる!


「嘘じゃないって、ここ数日のことで理解してるだろう!」


 暗に、夜の〝にゃんにゃん〟を示す。


「その割には朝も昼もご無沙汰よねぇ」


「そ、それは王城に勤めている人の目もあってだなぁ」


「じゃあ、今日からはOK」


 この人、とんでもないことぶっ込んできたよ! ほかの妻がいないからって横暴だ!


 エレナ事務官に視線を飛ばして、助けを求める。


 血の繋がっていない妹は、顔の前で手を振って、

「あー、駄目駄目。よその家庭のことに深入りしないタイプなの。わかってちょうだい」


「形式上の兄妹じゃないですか。助けて下さいよ」


「えーーー」

 血の繋がっていない妹は、心底面倒臭そうな顔をした。それが兄に対する態度だろうか?


「ちょっと、ホエルン、腕の肉が千切れるから」


「安心して」


「安心って、離してくれるのか?」


「腕の肉が千切れても、看病してあげるから」


「待って! それだけは駄目ッ! お願い許して、なんでもするから」


 素直に降参すると、ホエルンはしたり顔で言う。


「なんでもしてくれるのね。だったら、いまから〝にゃんにゃん〟しましょう」


 抓る指が解かれると、今度はヘッドロックをかましてきた! ボリュームのある弾力が心地良…………じゃなくて!


 強引過ぎる妻に引きずられながら、エレナ事務官に頼み込む。

「ヴェラザードの件、頼みます!」


「善処するわ。だから安心して逝ってきてね、お兄ちゃん」


「…………」


 こうして俺は、愛の巣という名の処刑場に連行された。


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