第480話 調査



 クラレンス・マスハスの亡骸なきがらをしらべる。


 転んでもタダでは起きないクラレンスだ。いくら叛乱に失敗したからといって、すぐには命を断たないだろう。なんらかの悪あがきをしたはず。その形跡が一切無く、すんなりと自殺に及んだ。にわかには信じられない。


 自殺ではなく、他殺――暗殺だと思うのだが、断言できる証拠が無い。それをいまからしらべるのだ。

〝黒石〟の一件でリュールからいろいろ教わった。なのでしらべる箇所はわかっている。


 牢番を何人か呼んで、まずは死体を降ろしてもらう。


 自前のメモ帳からちょっぴり紙をちぎって、クラレンスの口周りをでる。微かに残っていた唾液を付着させて、スキャン。

 結果は毒物未検出のシロ。


 今度は首だ。シーツを切り裂いてつくったロープ。それで首を吊っていた。死因が窒息死なら、首にそれ相応の力がかかっているはずだ。


 あざになった首に指をあてがう。

【フェムト、今度は首をスキャンだ】


――了解しました――


 スキャン結果はクロ。死因は首つり。何者かに絞め殺されてから吊られた可能性もあるな。


【詳細を教えてくれ】


――死因は頸部圧迫で間違いありません。脳や眼球に毛細血管の断裂も見られます。かなり苦しんだようですね――


【他殺なのか、それとも自殺なのか、どっちだ?】


――手で絞めた跡がありませんし、自殺の線が濃厚ですね。背後から絞めた可能性もありますが、牢屋は狭く現実的ではありません――


 …………やっぱり自殺なのか。


 諦めかけたそのとき、リュールの言葉が脳裏に浮かんだ。

『人間って生き物は、案外しぶといですからね。死の間際であっても悪あがきするんですよ。ダイイングメッセージなんかが、その典型ですね』


 ダイイングメッセージか。首を絞められた状態でやれることといえば……。絞められているものを外そうとする……。


 クラレンスの喉元を見る。爪で引っ掻いた痕はない。


 今度は爪を見る。

 勾留生活で手入れしていなかったのだろう。爪は長い。よく見ると、爪の間に何かが引っかかっていた。その何かを指で触れる。


――皮膚ですね。DNAがクラレンスのものと一致しません――


【となると、何者かに殺された。……自殺に見せかけた暗殺だな】


――そうなりますね――


【暗殺者はどこから入ってきたんだ】


――わかりません。いかに優れた第七世代とはいえ、存在しないデータについて答えられません――


 まあいい、暗殺されたという事実を突きとめられただけでもよしとしておこう。


 クラレンスの爪に引っかかっている皮膚を、惑星調査用の保存器シャーレに放り込む。

 趣味となりつつある惑星調査が役に立った。


 気は滅入るが、ここは現場保留としておこう。

「陛下に報告してくる。勅令あるまで、ここに人を入れるな」


「はっ」

「畏まりました」


 俺の独断だが、優秀な牢番たちは理解してくれたらしい。現場保持を約束してくれた。


 その足で、エレナ事務官の元へ向かう。


 いまの時間帯だと、夫婦水入らずで政務に励んでいるはずだ。

 昼食まで時間もあるし、いまから押しかけても問題ないだろう。



◇◇◇



 地下牢での一件をアデルに報告すると、義弟は「自業自得だな」と素っ気なく言った。


 執務室にいた、内務卿ベリーニと財務卿ロギンスは少しちがう感想だ。

「アレにしては大人しい」

「裏がありそうだ」


 エレナ事務官はさらにちがう。俺の報告を聞くと、彼女は非常に不快な顔をした。

 いつも余裕の帝室令嬢が、露骨に不快感を出すのは初めてだ。


「私としたことがマズったわね」


「でも、牢屋の前にカメラを設置していたんでしょう? 予想通りなのでは?」


 エレナ事務官は腕を組んで思案中。腕に胸を乗せているが、それほど魅力は感じない。


「カメラを仕掛けはしたんだけどね。だったのよ」


「どんな風に?」


 詳しく話を聞くと、カメラを設置したのは地下牢の突きあたりの壁の上だという。

 侵入してきた相手の顔を記録するため、やってくると思われる方向にカメラを向けていたのだ。

 しかし、暗殺者は通路を通っていない。だからセンサーが作動しなかったという。


「数秒ごとに定点録画しているけど、おそらく映っていないでしょうね」


「ということは、牢屋へ直接……」


 俺とエレナ事務官が視線をアデルに向ける。


「んッ? 余は知らんぞ。牢屋と通じている秘密の抜け道など。そもそも王族が牢屋に囚われることなどあり得ぬからな」


「じゃあ一体どうやって?」


 王族ですら知らぬ侵入経路。暗殺者が掘ってきたとか? まさか……。


「スレイド大尉、調査用の機材があったわね」


「ええ、王冠を探すときにつかったのが」


「その機材で王城全部をしらべてくれるかしら?」


「…………俺一人で全部しらべるんですか」


「奥さんがいるじゃない。簡単な機材の扱い方なら知ってるでしょう。なんなら機材の操作方法だけデータをコピーしてあげたら」


「…………」


 ワンオペか……。広い王城を二人でやれって、無茶振り過ぎないですか?


 しぶる俺に、エレナ事務官が被せてくる。

「お兄ちゃんは優しい紳士だから、可愛い妹の頼みくらい聞いてくれるわよね」


 ここに来て、(血の繋がっていない)身内だと主張してきた。


 今回ばかりは負けていられない。論破してやる!

「機材は何台かありますんで、エレナ事務官も手伝って下さい」


「いいわよ」

 彼女は真顔で了承した。


 てっきり政務があると言って逃げると思っていたのに……。どこで読み違えた?!

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