第479話 末路



「ねえパパ、今日はどんな衣装がいい?」


 味を占めたのか、鬼教官はことあるごとに夜の衣装について問いかけてくる。グラマラスな女性教官を独り占めできるのは嬉しい。しかし、こう毎日続くと……。


 この惑星にやってきて、念願のビーフステーキを食べたときのことを思い出す。

 いくら憧れのA5ランクの霜降りビーフでも毎日ってのもなあ、さすがに飽きるよなぁ~。嫌いじゃないんだけどさ……ねえ。たまにはニンニクマシマシのジロウや、喉にへばり付くようなドロリ濃厚な天下絶品が恋しくなるってもの。

 口直しがしたい。


 そんなことを考えていると、突然、ホエルンが腕を抓ってきた。

「ねえ、聞いてる?!」


「聞いてるよ。ホエルンは何を着ても似合うから、かえって選ぶのに困るんだ」


 適当に言うと、鬼教官は士官学校時代に見せたことのない恥じらいを見せた。頬を赤くして、視線を逸らす。そして、睫毛まつげを伏せて、何やら溜めポーズ。


 どんな攻撃を仕掛けてくるのかと身構えていたら、

「髪型とか……どう?」


 髪型かぁ。そういえばポニテか髪を下ろしているくらいしか見たことないな。かといって、この歳でツインテールは厳しいよなぁ。


 なぜかグッドマンの個人データにあった映像を思い出す。アダルトでないやつだ。時代劇というジャンルに花魁おいらんヘアーというのがあったな。頭の後ろで髪をまとめて、かんざしという飾りをたくさんつかったあでやかなヘアスタイルだ。


 花魁ヘアーに丈の短い着崩した着物にスパッツといった。帯を引っぱり女性を回す、大人の店のサービスを思い出す。

 将官のお偉いさんたちは、オプションメニューの帯クルクルが好きだったな。一度経験してみたい!


「実は……リクエストがあって」


「どんな?」


 オプションを含むそれらを耳元で囁くと、彼女はしたり顔でOKしてくれた。


「縄も一緒にする?」


「縄?」


「とぼけちゃって、さっきのリクエストって、上官と夜の店に行ったときに見たやつでしょう。だったら、縄とか見てるはず」


 縄については知らない。いきなりあれこれぶっ込む必要はない。一つずつ悪い大人の階段をのぼっていこう。


「縄は別の日で……」


「でも、そのうちするんでしょう?」


「そうなるかなぁ」


「じゃ、そっちの手配もあるから、行ってくるわね」


 上機嫌でホエルンは去っていった。


 調子が狂ったものの仕事に取りかかる。

 叛乱を起こした首謀者の尋問だ。


 叛乱を起こした問題の女侯爵――クラレンスを訪ねる。


 王城にある地下牢へ向かった。


 ついでなので、地下牢の管理責任者であるレオナルド伯と話をしていこうと思っていたら、

「レオナルド伯は、叛乱が起こる前に第二王都の領地に戻りました」

 と、詰め所兼監視所にいた牢番が教えてくれた。査問騒ぎで、俺が牢屋に入れられていたときと顔ぶれがちがう。


「ところで君たちは新しく配属されたのか?」


「いえ、自分たちはここの専属です」


「俺が牢屋にいたときには見かけなかったけど」


「ああ、あれはどこぞの侯爵が圧をかけていたのですよ。懐柔されているかも知れないって、根も葉もない理由でね。まったく貴族様ってのはこれだから……あっ、これは殿下を指しているのではなくてですね」

 しどろもどろになる牢番。気まずい流れなので話を替える。


「ところで、いまの責任者は?」


「不在です。そもそも地下牢の管理は閑職かんしょく。常時、任命されているわけではないのですよ」


「君たちも大変だな。上役がいたりいなかったり、貴族様の圧があったりで」


「ははは……それが仕事なもので。自分たちは牢屋の番をするだけですから」


 そう自分たちを卑下しなくてもいいのに。レオナルド伯へと思って持ってきた手土産を渡す。

「まあ、なんだ、忠勤ごくろう。あと労いの品だ。みんなで分けてくれ」


「よろしいのですか?」


「かまわない」


 手土産と交換に、牢屋の鍵を持った詰め所兼監視所から牢番が出てきた。


「ご案内します」


「頼む」


 地下牢へと続く階段への鉄格子の鍵を開けて、地下へ。


 地下に降りると、もう一つの詰め所から牢番が出てきた。


「失礼、規則ですので」


 ボディチェックを受け、武具を取り上げられた。


 王城の牢屋だ。勾留こうりゅうされているのは貴族以上の大物ばかり、暗殺を恐れているのだろう。


 俺の時はこういうことをしている音は聞こえてこなかった。クラレンスかカニンシンか、どちらがイチャモンをつけたのかわからないけど、あいつらが牢屋を取り仕切っていたらしい。

 牢番とくだらないおしゃべりをしたら、思わぬ事実が発覚した。


「牢屋の食事は災厄でした。ここではいつもあんな食事を出しているのですか?」


「あんな食事? 王城で近衛が口にしているものと同じ食事を出していますが。美食家のラスティ殿下の口にはあわなかったようですね」


「…………嘘でしょう」


 あのとき食わされた臭い飯も、あいつらの仕業だった! 俺の胃袋は覚えている! あのぼやけた味のスープもどき、木みたいに固くなったパン、食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ! いつか必ず報復してやる!

 外部野に『報復』フォルダを作成して、そこに敵対派閥の名を記録した。


 牢屋へと続く鉄格子を開けてもらい、けっこう広い廊下を歩く。

 しばらく進むと、廊下を挟むように鉄格子が見えてきた。


「殿下、真ん中をお歩き下さい」


「真ん中?」


 不思議に思っていると、突如、鉄格子から手が伸びてきた。

「ワシは無実だ! マスハス侯に騙されたのだ! ここから出してくれッ!」


 牢番は無視して進む。


 鉄格子をガシャガシャ揺すったり、手を出してきたりと、囚人たちの前を通りたびにアクションが起きる。なかにはブツブツと呟いているだけの囚人もいた。ホラーテイストで、なかなかスリリングなアクティビティだ。


 囚人の歓迎を受けながら進むと、突き当たりの壁が見えてきた。VIP専用の最奥だ。俺もそこにぶち込まれたので、よく覚えている。


 俺が入っていたのとはちがう、向かいの牢屋。そこにクラレンスが勾留されているらしい。


 さて、俺を見て、なんて言葉を浴びせかけてくるのか……。


「確認してきます。しばしお待ちを」


 牢番がクラレンスの牢屋に近づく。

「なんか臭うなぁ。当番の奴、ちゃんと掃除してるのか?」

 牢番は愚痴りながら、クラレンスの牢屋の前へと進む。


 てっきり、面会だぞと声をかけるものだと思っていたのに、彼は何も喋らなかった。


 それどころか、明かりのカンテラを顔の位置でかまえたまま微動だにせず、鉄格子のすぐそばにいるクラレンスを見つめている。内緒話でもしているのだろか? まさか懐柔されているってことはないよな。


 気になり近づく。


「何かあったのか?」


「…………」

 返事をするように、牢番の顔が動いた。震える腕を持ち上げて、鉄格子の向こうにいるクラレンスを指さす。

 王道派の旗頭は首を吊って死んでいた。


 開いた口からだらしなく舌を垂らし、光の消え失せた瞳は絶望したかのように何もない床を見つめていた。

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