第473話 その後



 ロレーヌ司教の活躍で事なきを得た私だけど、今回だけは軽はずみだったと反省している。

 自分に罰を科せ、自主的に寝室を掃除している。


 あれから五日後、南へ軍事演習に向かっていたエスペランザの部隊が戻ってきた。


 王都を発った兵の半数だ。それにエスペランザ准将の姿も無い。その代わりに彼の妻――フローラがいた。

 頼りになる軍事顧問は最初の足止めで敵の狙いを看破かんぱしていたらしい。念のため、フローラに騎兵を任せ罠が仕掛けられていないであろう迂回コースを進ませた。


「敵の妨害ぼうがい工作を見越して軍を分けたのね」


「はっ、その通りです。現に本体が到着していないので、エスペランザ閣下の予見は的中していたと思われます」

 緑髪緑眼の美麗な女性騎士――フローラは報告をすませると、踵を返して立ち去ろうとした。


「ちょっと待ってフローラ。肝心のエスペランザ軍務卿代理は?」


「閣下は南の都市ハンザで、敵の動きがないか確認に向かわれました。王都での反乱を陽動と受け取っているようです」


 否定はできない。憂国会なる連中は実に嫌な攻め方をする。


 下手をすれば南の都市ハンザを治めているセモベンテが王都へ援軍に駆けつけるかも知れない。となるとハンザは手薄になる。あそこには王道派の怪老オズワルド・フレデリックがいる。


 あの老人に関しての直近の情報は少ない。

 マキナが侵攻してきてから王都を解放するまでの間、まったくと言って良いほど情報が抜け落ちている。

 マキナと事を構える前から、南部に放っているスレイド家の密偵は一人として戻っていない。頼みとする密偵もおらず、オズワルドは南部での抗戦は熾烈を極めたと言っている。真偽の程は怪しい。


 往々にして貴族という生き物は手柄を誇張する。今回もそうだろう。だが、嘘の情報をねつ造している可能性もある。それを知っているのは南部の人間だけ。

 国家運営がつつがなく行われていれば密偵の報告を見て、王族が妥当な褒美を選定できるのだが、それができなかった。

 だからハンザの税収の半分を持って行かれたのだ。


 問題はほかにもある。

 もしオズワルドが敵と通じていたとすれば、無傷の軍隊を保有していることになる。そこへ貴族へ支払われる歳幣の加増、ベルーガの衰退、クラレンス・マスハスの反乱。国を裏切るには十分な要素だ。

 王族に国を治める資格無し、と一応の大義名分は立つ。

 しかし、相手は煮ても焼いても食えぬ怪老。そんな安い手で勝負を仕掛けてこないだろう。

 となると、あと一手、二手考えているかも知れない。

 あまり気乗りしないけど、エスペランザ准将の考えが一番しっくりくる。


「フローラ、まだ王都に入っていない本体を率いて南へ行ってくれない?」


「兵を率いて……ですか?」


「ええ、表向きはハンザ復興の手伝い」


「裏は?」


「オズワルドの身辺調査。私も部下を送っているけど、人数が足りないから。それに王道派があんなことをやらかした後だってこともあるし。だから、注意しておきたいの。それ以外にも怪しい点があったらしらべてみて。あとは……エスペランザの護衛ね」


「畏まりました」


「額面通りに受け取らなくてもいいわよ。新婚なんだから、ハンザで思いで作りしてきなさい。命令よ」


 私なりの気遣いを添えると、緑髪緑眼の魔族女性は顔いっぱいに笑みを咲かせた。

「ご配慮、ありがたくちょうだいします!」


「ああ、でも道中の罠の撤去。忘れないでね」


「はい」


 初めて会ったときはお堅い娘だったけど、最近はよく笑うようになった。人生の絶頂期というべきか、羨ましい。


 だけどミスティって褐色肌の娘だけはどうも苦手だ。

 フローラとちがって慎重で抜け目がない。さしずめエスペランザ准将の懐刀といったところね。

 迂闊なところもあるけれど、カナベル元帥の従妹のアシェもついているし、南は問題無さそうね。


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