第472話 面倒な事後処理②



 金銀財宝の確認が終わるまで、王城で起こったことをまとめることにした。


 ロレーヌ司教に座るように勧めようと、立ちあがったところで、アデルが袖を引っぱった。


「むぅ」

 黙りだった彼が低く唸る。


 きっと、司教如きに王妃らしくないと言いたいのだろう。そんな子だとは思っていなかったので、ちょっぴりガッカリした。


「アデル、ここは玉座の間じゃないわ。王族としての威厳も大切だけど、信頼できる人たちの前では威圧的に構えては駄目よ」


「そうではない……」

 彼は秀麗なかおを、凶悪なそれにゆがめた。


 普段見せることのないその凶相に、この場にいる者たちが彫像のように固まる。


 しばしの間を置いて、若き王は言う。

「たしか其方はダイアック……であったな」


「はい、ダイアックにございます」

 よれた服を着込んだ。地理に優秀な下級貴族は言うと、身なりと釣り合わない優雅な礼をした。


 それを皮切りに、残りが名乗ろうと一歩踏み出した瞬間、

「其方らは一体何を企んでおる?」


 えッ!


 一瞬、我が耳を疑った。


 巨躯のハートレーが身をちぢめる。

「何を仰りますか! 我らは陛下の身を案じて……」


 無骨で大柄なハートレーが言うと説得力がある。しかし、アデルは最後まで言わせなかった。

 有無を言わせぬ口調で、言葉を退ける。

「たわけがッ! エレナはだませても余は騙せぬぞ!」


 ちょっと……。アデルよりに下に言われて、よろめきかけた。

 もしかして〝直感〟?


 珍事は思わぬ方向へ。


「クラレンス・マスハスは乱を起こした。であれば、宝物殿をしらべるのは事が成った後であろう! それに其方らに戦った跡が見えん!」


 指摘されて気づく。

 


 そう、彼らの鎧には傷はおろか、返り血による汚れすらない。それなのに賊を退治したと断言した。


 それが何を意味するのか……。


 ここからは推測だけど、クラレンスが失敗するのを知っていた。もしくはそれを見越した上でこの場に来た。ゴタゴタのあとだ。安全が確認され、後片付けで警備が手薄になる。ハートレーたちは、この隙を待っていたのだろう。


 アデルから教えてもらっている〝直感〟は万能ではない。朧気ながら感じるくらいだ。


 その朧気な正体を突きとめるべく、ある言葉を口にした。

「……憂国会」

 とたんに五人の顔から感情が削げ落ちた。


 リサジューはロレーヌ司教を突き飛ばし、引き連れてきたに命じる。

「バレてしまっては仕方ない! 者ども国王とその妃を殺せッ! 憂国会に栄光を!」


「「「憂国会に栄光を!」」」


 まったくもって誤算だ。

 こんなことなら、伍長と大佐を出すんじゃなかった。


 新手が剣を抜くと同時に、こっちの近衛も剣を抜いた。宝物殿に行ってもらった内務卿、外務卿の護衛に半数をまわしたので、残りは五名。しかし、心強い味方が残っている。マッシモとサ・リュー大師だ。


 ロレーヌ司教を人質にされたらお手上げだったけど、奴らはそこまで考えていなかったようだ。まあ、王族に貴族未満の人質は意味を成さないのが、この惑星の一般常識だし。

 今回はその悪しき因習に助けられたわけだ。


 気持ちを入れ替え、そばに立てかけてあるレーザー式狙撃銃に手を伸ばす。それと同時に、ケレイルは私の後ろに隠れた。

 大学者だけあって機敏だ。これから起こる事態を察知したのだろう。


――室内戦では扱いづらいのでは――


【わかっているけど、これくらいしか武器が無いのよ。高周波コンバットナイフじゃ様にならないから】


――演出優先ですね――


【そうなるわね】


 AIを黙らせたところで、戦闘に参加する。レーザー式狙撃銃を構える。

 すると相手は逃げるように立ち位置を変えた。


 どうやらコレの恐ろしさを知っているらしい。レーザーガンはともかくとして、レーザー式狙撃銃は私もスレイド大尉もあまり使用していない。

 ということはマロッツェでの戦いから私のことを知っていることになる。


 なるほど、珍妙な老学者ケレイル・カルスロップが怯えるはずだ。憂国会の情報収集能力は高い。滅亡に向かって行進していたベルーガの、ごくごく少数の戦いにまで気をつかう連中。さぞかし、ねちっこいのだろう。

 ストーカー気質の嫌な敵だと判明した。手加減する必要は無い。ナンパ男とストーカーは女の敵、躊躇うことなく始末することにした。


【自動追尾にして。威力が落ちてもいいから、確実に当ててちょうだい】


 レーザー式狙撃銃の引き金を引く。

 ちゃちなレーザーガンを一蹴する赤く太い光線がまずは一人始末する。


 運悪く被弾したのは五人組の一人、聞き上手のマルコーニだ。威力が激減しているであろうレーザーをまともに心臓に受けて絶命した。


 それを機に、憂国会の連中は玉砕覚悟の突撃を仕掛けてきた。


 味方がいるとはいえ、こちらにはアデル、ケレイルというお荷物がいる。一人片付けたとはいえ、相手は一四人。こっちは聖職者のロレーヌを除いても十人だ。そのうちの二人は戦えない。数の差は大きい。おまけにフローラの安全も確保しなければならない。無理ゲーだ。

 なげいていても仕方ない。攻撃に移る。


 再度、引き金を引こうとしたら、飛び道具が飛んできた。

 ペンのように細いナイフだ。


 慌てて、狙撃銃を盾にして身を守った。


 超硬合金に弾かれて床に落ちたナイフを見やる。

 部屋の明かりでテラテラと光っている。毒が塗られているのだろう。

 この惑星には未知の薬物が多い。イスカという馬鹿貴族に手籠めにされかけた鬼教官の失敗で、侮ってはいけないと知っている。ナノマシンに除去させればいい話だけど、最悪の事態も想定して避けたほうがいいだろう。


「あの魔導器アーティファクトをつかわせるな!」


 反撃しようと思ったら、今度は魔法が飛んできた。


「エレナッ!」


 レスポンスの遅れる私を、若い夫がリードしてくれた。

 熱烈な愛情をヒシヒシと感じながら、彼に引き寄せられる。


 後ろに隠れていたケレイルが巻き添えを食らったらしく、

「ワシの一張羅になんてことをするんじゃ!」

 法衣に燃え移った火を叩いて消している。


 年下の夫は、男らしく私を抱きしめてくれた。

「何をぼうっとしておる。其方らしくないぞ!」

 本気で怒っているところが、また可愛い。


「大丈夫よ、戦況を見ていただけ」


 私が登用した五人組は、政治だけでなく戦いにも精通していた。


 リサジューが戦況を観察しながら、隙の生まれた私たちに仕掛けてくる。さっき投げられたペンのように細いナイフをだ。相手の粗探しの上手いリサジューならではの攻撃だ。

 ダイアックは地図を描くように、空白の敵の欠点を一つずつ埋めていく。味方の隙を補うように立ち回っていて、こっちも厄介だ。

 ハートレーは見た目通りで、巨躯を生かして大胆に攻めている。

 長ったらしい名前のコミュ障――アンプリファイアはリサジューに従って準備した魔法を放つだけ。


 役割分担が決まっていて、連携のとれた動きだ。

 おかげで近衛が二人倒された。まあ、こっちも二人撃退しているけど……。


 しかし、対人特攻を持つマッシモが手こずるとは……。


 そうこうしている間に、近衛は全滅。相手の兵の生き残りは四名。リサジューらを含めると八名だ。分が悪いにもほどがある。


「マッシモ、手加減しなくてもいいのよ」


「手加減したいところですが、そうさせてくれんのですよ。あのチクチクと飛んでくるナイフがね」


 冴えない医師は、青く輝くレーザーメスで、飛んでくるナイフを溶断しながら言う。


 サ・リューは増えた兵士と戦っているが、相手が逃げ腰なので拳を当てども決定打には至らない。


 二人とも守りながらの戦いである。守りを任せる近衛も倒された。そのこともあって、思い切った決め手を打ち込めないのだろう。


 悪い展開だ。

 このままでいずれアデルに刃が……。


 不安要素へ目をやると、そのことを知らないであろう彼は私を守ろうと剣を構えていた。

 出会った頃のへっぴり腰ではない。堂に入った騎士の構えだ。


 私の視線に気づいた彼は言う。

「案ずるな。余も戦える」

 剣を握る手が微かに震えている。


 年下の国王は、彼なりに妻を守ろうとしている。麗しい愛ではないかッ!

 その愛に答えることにした。


 アデルを引き倒し、レーザー式狙撃銃を構える。飛んできたナイフを上体を揺らしてかわし、引き金を引いた。

 狙いたがわずリサジューの眉間に命中。一番の厄介者を葬った。


 目障りな飛び道具つかいが舞台から降りて、こちらが優勢に立つ。


 なぜか、どうでもいいケレイルが吠えた。

「ふぉッ! 危ないではないかッ! パパッとやっつけんかい!」

 ナイフがすぐ横に飛んできたらしい。


 美しい夫婦の一幕をぶち壊すとは……なんとも可愛くない老人である。


 老学者を無視して、戦いへ意識を向ける。


 攻守所を変えて、今度はこちらが攻める番だ。

 憂国会の兵を片付け、残りがハートレーたち三人になったところで、無口なコミュ障アンプリファイアが引きつった声をあげた。

「もはやこれまでッ! 道連れだぁ!」


 アンプリファイアが、ソフトボールほどもある丸い珠を掲げる。


「もしかして、魔宝石!?」


「よく知っているな。だが、もう遅い! 裏切り者の一族はここで死ぬのだ!」


 男のくせにキンキン声で言うと、アンプリファイアの手にしている珠が輝きだした。


 かなりマズい状況だ……というか詰んだ。


 マリンちゃんから魔宝石の恐ろしさは聞いている。あの話が本当なら、魔宝石一つで王城の一画が消し飛ぶだろう。

 少なく見積もっても、この部屋は確実に消滅する。


 どこかでゲームオーバーのBGMが流れているのが聞こえる。


 輝きが頂点に達すると、今度は明滅を始めた。心臓が脈打つようにゆっくりと。


「ハハハッ、この明滅が終わったときが人生の終わりだ! 憂国会に栄こ…………」


 すべてを言い切る前に、アンプリファイアの頭がぜた。つづけて、ハートレーとダイアックの頭も爆ぜる。


 乱暴に穴の空いたドアが蹴破られ、頼もしい味方が到着した。


「戻るのが遅れてごめんなさい。ドアに鍵がかけてあったから破壊したわよ」


 妙齢の美人教官は余裕を見せるが、現状は変わらない。なんせ魔法的な物質が相手なのだ。スレイド大尉のように、そっち方面にも明るければ抜け道はあっただろうけど、この鬼教官じゃね。


「実は、魔宝石をつかわれちゃって」


「えっ、嘘! アレの解除の仕方、私知らないわよ!」


 事態を理解してくれたようだ。

 動揺が広がる。サ・リュー大師も魔宝石のことを知っていたようで、まっ青な顔をしている。冴えない医師は空気で読み取ったらしく、いつも以上に冴えない表情だ。


 打つ手なしかと思っていたら、ロレーヌが魔宝石を手にとった。


「ロレーヌ司教、危険よ!」


「安心してください! 浄化できます!」


 馴染みのないワードを口にするや、ロレーヌ司教は魔宝石を豊満な胸に抱いた。


「我らが父たる主神スキーマ様、邪悪を清めたまえ! ええーい〈癒やしの業〉!」

 神への言葉に応えるように、魔宝石ごと彼女は輝き始めた。

 強烈な光が視界を埋め尽くす。


 光が薄れると、汗だくになったロレーヌ司教が、

「終わりました。スキーマ様のご加護です」

 魔宝石を私に手渡すと、立ったまま後ろに倒れた。


 どこの世界も爆弾解除は大変らしい。


 ともあれ助かった。最後の最後で一番いいところをかっ攫っていった感はあるものの、間違いなく今回の勲一等はロレーヌ司教だろう。


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