第471話 面倒な事後処理①
幸いなことに矢が放たれることはなかった。
矢をつがえていた弓の弦が、一瞬で斬られたのだ。
流星の如き青い光と、ヒートブレードの発する大気の揺らめきによって。
頼もしい友軍の到着だ!
「エレナ様、無事ですか?」
気の抜けるような呑気な声。細い目をした猫口の女性伍長――ロウシェはいつもの口調でそう言うと、弓をかまえていた賊を蹴り飛ばした。
心当たりのない友軍もまた普段と変わらぬ口調で、
「お偉いさんは治療費が高いだけあって文句が多いですからな。あまり診たくはないのですよ」
と、辛辣な言葉を投げかけてくる。
耳に痛い言葉だったけど、助かった。
頼もしい宇宙軍の仲間が駆けつけたこともあり、叛乱が収束していく。
小一時間と経たぬ間に、不届き者たちを退治した。
近衛が首魁のクラレンス親子を引っ立てて、玉座の間を退出する。それと入れ替わりに、ホエルン大佐とサ・リュー大師がやってきた。
よく見ると、二人は言い合いをしている。
「フォーシュルンド殿、あなたはやり過ぎです。あれでは殺人鬼と変わりない。十分にお強いのですから、もう少し慈悲というものを」
「そうは言うけど、サ・リュー大師。相手に手心を加えたがために死んでいった人たちは数え切れないわ。手加減できるのは命がかかっていないときだけ。それに私たちは軍人。人を殺すのを躊躇っていたら、こっちがやられちゃうわ。それくらいは理解してほしいものね」
「ああ言えば、こう言う。スレイド公もさぞかし大変でしょうな」
「それってどういうこと?」
「スレイド公は無闇矢鱈と人を殺めませんぞ。まずは捕らえ、極力殺さぬよう尽力されておられる。あなたも細君ならば、夫である公を見習いなさい」
「……あのね。私だって鬼じゃないのよ。投降を促したけど、武器を手放さないあいつらが悪いんでしょう」
「…………まったく、それほどの力があるのに、なぜ武器を破壊するなり、手足を怪我させるなりで、終わらせられんのだ」
「手足をもがれても、立ち向かってくる奴らもいるわ。現に、私が相手をした連中にもいたんだから」
と、こんな具合だ。
軍人と聖職者は仲が悪い……はずなんだけどスレイド大尉だけは別なのよね。不思議だわ。
ともあれ、仲間同士のいざこざはいただけない。仲を取り持とうとしたら、ロウシェ伍長が割って入った。
「まあまあ二人とも、すべては乱を起こした連中が悪いんですから、口喧嘩もそれくらいにして……」
「ケンカではないッ!」
「そうよ。大人の話をしているだけ、伍長は口を挟まないでッ!」
火花を散らす大師と大佐。問題だ。
ようやく私の出番かと思ったら、ちがった。
ロウシェ伍長が床に正座し、頭を下げる。
「お二人の怒りはごもっとも、ですがこれは命をかけた戦いです。そこのところとをご理解いただきたい」
「「…………」」
軍属とはいえ年下の娘が頭を下げているのだ。面倒臭い二人もさすがに押し黙った。
「ホエルン大佐。アタシたちは軍人ですけど、無慈悲な殺戮者じゃない。勝ちが見えているのなら手加減するべきです。無闇に近寄らなければいいだけなんですから」
「そうね。少しやり過ぎたわ。でも多勢に無勢の戦況だったから、やらざるを得なかったのよ。そこは理解して」
「ご理解、ありがとうございます」
上官に頭を下げると、今度はミーフーの大師様と向かい合う。
「サ・リュー大師。不殺を貫くミーフーの教えは尊いものです。ですが、見方によっては侮っていると受け取られるでしょう。慈愛に満ちた教えですが、時と場合によるとアタシは思います。かえって不幸を招くこともあかもしれません」
「…………」
「お恥ずかしい話。アタシはその不幸が怖くて多くの人を手にかけてきました」
そこで言葉をいったん切って、伍長は自身の両手を見つめた。
「この手は血で汚れきっています。いくら洗っても人を殺めた過去は洗い流せません。ですが、悔いはありません。助けるべき者を助けた。誰にも見向きされない当然の平和だけが、アタシら軍人の心の
「言い分はわかる。誰も軍人すべてが悪いとは言っていない。フォーシュルンド殿がやり過ぎだと指摘しているだけだ」
サ・リューの怒りは収まっていないけど、ある程度はマシになった。
「……寛大な慈悲に感謝します」
「…………」
ロウシェ伍長の強引な解釈に、ミーフーの美僧はなし崩し的に落とされた。案外チョロいらしい。
「フォーシュルンド殿、今回はイン殿に免じて目をつぶろう。しかし、殺しが過ぎると御仏に変わって折檻しに参るぞ!」
鬼教官に
アレの強さを知らないのかしら? それとも同格以上とか? まさかね。
仲間内のゴタゴタも解決したところで、反省会だ。
護衛に十名ばかりの近衛を引き連れ、仲間たちと一緒にアデルの執務室へ向かう。なぜか学者を名乗る奇妙な生き物――ケレイル・カルスロップもついてきた。
道すがら、戦いの跡に目を向ける。
予想していたよりも汚れていない。さんざん斬り合ったんだから、もっと血みどろだと思っていたんだけど。伍長たちは相当手加減したようだ。それでも綺麗に首を落とされた逆賊の方々を見たら、うわぁってなるけど。
人間って見た目で判断する生き物だし、やりすぎだと思われても仕方ないわね。
でも示威行為としては有効ね。容赦なく首を切り落としていく強敵の出現。敵の士気はだだ下がりだっただろう。
声を大にしては言えないけれど、上官としてあとで褒めておきましょう。
褒め言葉で、今回の件で働いてくれた者たちへの恩賞を思い出す。
個人的に助っ人を頼んだ人たちへの見返りはすでに確約済みだ。なので王城の近衛たちへの恩賞。
死んだ近衛の家族には手厚い遺族年金を支払うとして、生き残った近衛には小金貨一枚は出してあげないと。多勢に無勢を守り抜いたのだ。恩賞をケチっては忠誠心も薄れるというもの。
ああ、でも第二王都へ駆けつけた兵にも恩賞を出さないと。
一万以上の兵を動員しているし……。あっちは大銀貨三枚として……。
AIに試算させる。
――概算ですが、王城の兵士が合計五〇〇なので大金貨五〇枚、援軍が四万なので大金貨一二〇〇枚――
【……試算ありがとう】
結構な額だ。頭が痛い。
そられも踏まえて、反省会で討論しよう。
重い足取りでアデルの執務室に入る。
まずは飲み物で喉を
お気に入りのマロッツェ産のスリムシガーに火をつける。
アデルを筆頭に、マッシモ、ロウシェ、サ・リューが顔を
珍しくホエルン大佐も吸っている。
スレイド大尉が嫌いなのでやめたと思っていたのだが、ちがうようだ。新婚生活でストレスを抱えているのだろうか? 思い当たる節が多々あるので、頭の隅に追いやる。
他人の家庭事情の話をして、建設的な結果になった記憶がない。あれは不毛な愚痴りあい。精神の安寧を優先させよう。
「ところでロレーヌ司教は?」
この場にいない、星方教会の女司教について尋ねると、近衛の一人が歩み出た。
「ロレーヌ司教は待避が間に合わず別室に隠れるとの報告を受けています」
「その部屋は安全?」
「王城の外れにある緊急事態用の隠し部屋なので安全かと」
王城の端っこなら、そこまで執拗にしらべられないでしょう。ほっとした。
「だったら彼女も呼んできて、当事者だからいろいろと聞きたいでしょうし」
「はっ!」
受け答えした近衛が部屋を出ようとドアへ向かう。
そこで唐突にドアが開かれ、ロレーヌがあらわれた。
一〇名近くの近衛とともに、ロレーヌと見知った顔が入ってくる。新しく雇った官僚たちだ。
ダイアック、マルコーニ、リサジュー、ハートレー、アンプリファイア。どれも下級の貴族で一長一短のある顔ぶれ。相変わらず違和感ありまくりの人たちだ。
紅一点の弁士リサジューが代表として口を開く。
「アデル陛下、エレナ妃陛下、御無事で何より!」
「そちらも無事でよかったわね」
社交辞令的な挨拶が終わり、仲間へ視線を戻そうとしたら、リサジューは聞き捨てならないことを口走った。
「賊は退治しましたが、財宝の類は大丈夫でしょうか?」
視線を泳がせ考える。
ベルーガの財産が隠されている宝物殿。乱を起こした反逆者クラレンスたちの第一目標は私とアデルの首だ。金銀財宝など二の次のはず。
しかし、王族用の秘密の通路が塞がれていたことを考えると……。
念のためにしらべさせることにした。
「ベリーニ内務卿、ロギンズ財務卿、場所はご存じ?」
あえて宝物殿と指定しなかった。聡明なお二方なら意味はわかるでしょう。王族の秘密部屋も含めていることを。
二人は一瞬
「そうですな。あれは我らにしか開けられませんからな」
王族の秘密部屋は限られた者しか知らない。むろん、そこへの入り方も。知っているのは直系の王族と信頼できる一握りの者だけ。ここでは四卿がそれにあたる。
大切な役目なので、ロウシェ伍長とホエルン大佐を同行させた。
クイーンという手駒を手放すのには抵抗はあったけど、マスハス家の起こした乱は終結した。それに、サ・リュー大師やマッシモもいる。問題ないでしょう。
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