第470話 一騎打ち



 どう足掻あがいても絶望のピンチ。

 思考と恐怖で足が動かない。


 駆けつけてくれたのは勇敢な近衛の人たち。


「妃陛下をお守りしろっ!」

「下郎を近づけるなっ!」


 助けに入ってくれたのはありがたいけど、彼らの未来は……。


「ぐおぉッ!」

「ギャッ!」


 騎士団長でもまともに打ち合えなかった相手である。こうなるのは目に見えていた。しかし、彼らは忠義の士であった。

 仲間の死を前にしても怯まない。


 剣を捧げたのはアデルだが、私もそこに含まれているらしい。


 アルスという子供の姿をした化け物は、一片の慈悲もなく淡々と近衛を殺めていく。笑いながら、躊躇ためらうことなく。その様はまるで手慣れた作業だ。日常の一幕のように、肩についた埃を払うが如く自然体で近衛を死体に変えていく。

 手慣れている。おそらく幾度となく人を殺めてきたのだろう。

 あのツギハギだらけの機械人間を想起する。


 クラレンスはなんという化け物をつくってくれたのだろう。


 私は震える手に噛みついた。

 恐怖を振り払い、化け物と相対する。


「近衛は下がりなさい。あなたたちじゃ歯が立たないわ」


「何を仰りますか。我らが束になってかかれば、いかに化け物じみたこの小僧といえども」


「王妃として威徳いとくを示す場です」


「ですが!」


「私は陛下の妻。ベルーガの宰相でもある。それをこのような素性も知れぬ野良犬如きを恐れていては、国政もままならない小娘と笑われてしまいます」


 王妃として、威厳のある声で言った。すると、クラレンスは発狂したかのように騒ぎだした。


「小娘の分際で国政? ふんっ、笑わせるッ! 貴族のなんたるかも知らぬ尻軽女めっ! 陛下を誑かした妖女が知った風な口を利くな!!」


 尻・軽・女!

 女同士の醜い舌戦ではよくある言葉だ。しかし、それが私の逆鱗に触れた!

 禁句である。私とアデルは相思相愛。おねショタ要素が皆無とは言えないものの、恋愛の末結ばれたと思っている。それを尻軽とは……万死に値する!


【M2、サンプリングの進捗度は?】


――92%です。これだけ揃えば、攻撃予測はある程度絞れます――


【じゃあお願い。あのアルスとかい子供を潰したら、あのおばさんを追跡して】


――クラレンスをですか?――


【そうよ】


――なるほど、一気に乱を鎮めるのですね――


 結果的にはそうなるだろうけど、正確にはちがう。衆人環視しゅうじんかんしのもと、尻軽女発言してくれた貴族様だ。その責任をとってもらう。尻軽以上の恥辱ちじょくを与えてネッ☆


 さて、楽しいお仕置きの前に前座を片付けましょう。


「せっかくの一騎打ちなんだから、ちゃんとした舞台をととのえさせてもらえる?」


「ああ言っていますが、よろしいですか母上?」


「どのみちあの世に行くのですから、最後くらいは頼み事を聞いておやりなさい」

 なんとも慈悲深い貴族様だ。でもお仕置きはするけど。


「よろこべ尻軽女! 母上から許可が下りたぞ」


 …………この小僧はッ!


 こめかみをヒクつかせながら、にっこりと返す。

「それはどうもありがとう。じゃあ、適当に片付けるわね」


 戦いの場を用意して、一騎打ちのルールが説明された。魔道具の類は使用できないけど、魔法はOKらしい。この惑星のルールは変だ。魔法がOKなら魔道具ありでも同じなのに。そのくせ魔法剣はOKなんだから理解に苦しむ。


 そうぼやいていたら、いつの間にか傍に来ていたアデルが教えてくれた。

「あくまでも自身の力で戦うのが一騎打ち。魔法剣は遣い手の力に左右されるからな」


「私からすれば、魔法剣も魔道具も同じような気がするけど」


「ははっ、エレナらしい考え方だ。しかし、魔法剣がつかえないとなると、魔術師は杖をつかえぬ。それでは一騎打ちにならんであろう」


 魔術師同士の一騎打ちもあるのか……。なんか新鮮ね。ああいうのは力自慢の数少ない活躍の場だと思っていたのに。

 おかげで勝ち筋が見えた。


 モルガナに魔法を教わっておいて正解だった。教わったのはどれも初級だけど、組み合わせればなんとかなる!


 会話も終わったので、アデルが玉座に戻る。そして床に突き立てた剣を引き抜き、

「妻を危険にあわせることもなかろう。余が出よう」

 つくづくぶっ飛んだ王様だ。


 慌ててとめに入る。


「あのね、アデル。これはお遊びじゃないの。命を懸けた戦いよ。わかってるの?」


「わかっておる。エレナのおらぬ人生など考えられん。余が出ぬ道理はない」


 頑固な夫の頬を抓る。


「それは私も同じ。今回だけは私に譲って、じゃないと離婚だから」


「…………それは困る!」


 卑怯ひきょうな気もするけど、離婚を盾に一騎打ちを諦めさせた。


 諦めの悪い夫は、用意された臨時の舞台に上がろうとする私の腕を掴む。

 また我が儘だろうか?


「…………」


「余は王妃とともにある。これだけは理解してくれ」


 なんとも嬉しいお言葉である。近衛や無粋な反逆者どもがいなければ、抱きしめていただろう。


 空気の読めないギャラリーを無視して、私なりの見解を述べた。

「それは禁句よ。こういうときは、必ず勝って帰ってこいって見送るものよ」


「わかった。しかし、今後は王妃が一騎打ちなど絶対に認めぬ!」


 遠回しに叱られてしまった。


 さて、一騎打ちだ。


 舞台にあがり、アルスと対峙する。

 強いとはいえ、相手は子供。スレイド大尉のように、無敗の大将軍とか勝ち筋の見えない相手と戦うわけじゃない。それを考えれば気は楽だ。


 右手に剣、左手に高周波コンバットナイフ。ナイフは逆手に握っている。アルスの双剣を意識した構えだ。


 肩の力を抜いてAIに問いかける。

【出し惜しみはしないで、最初から全力よ。あっ、でも身体強化はそこそこにしておいてちょうだい。戦いが長引いて身体が持たないとか洒落にならないから】


――命令が適正ではありません。全力ですか? それとも温存ですか?――


【温存しつつベストパフォーマンスを目指して、これで終わりってわけじゃないから】


――……身体的負担を抑えつつ、ベストパフォーマンスですね。了解しました――


 AIはこれだから困る。ジョークや場の空気を読んでくれない。処理速度が優れているのはいいけれど、肩の凝る喋り方じゃないと通じないのは面倒ね。

 一応のパートナーではあるが、便利グッズと割りきろう。


 ナノマシンが活性化して、力がみなぎってくるのを感じた。


 久々の戦闘モード。それも命を懸けた戦いだ。あとで筋肉痛に悩ませられるだろう。

 迷惑料代わりにマスハス家の領地をいただこう。


 不届き者への謝罪と賠償のことを考えていたら、不気味な子供アルスが言った。

「怖じ気づいたのですか王妃陛下。惨めに敗れ去るのがお嫌でしたら、自害してもよろしいのですよ」


「おもしろい冗談ね。そっくりそのままあなたに返すわ。子供は家でお菓子でも手ベてなさい。あっ、母親離れできていないアルスちゃんには、ママのおっぱいのほうが良かったかしら」


 軽く挑発したら、アルスはギリギリと歯軋りした。


「ごめんなさい。間違えちゃったわ。あなたの年頃なら、おっぱいじゃなくてお風呂ね」


 言ってからケタケタ笑ってやった。


 するとアルスは、目玉が零れんばかりに目を見開いた。

「言わせておけば! 国王をたらし込んだ淫売がッ!」


 本人を目の前にして失礼にもほどがある。しかし、お尻の青そうな子供がそんな言葉を知っているだなんて……コイツもイスカと同類か?


 舌戦を繰り広げようとしたら、開始の合図もなしに飛びかかってきた。


 一騎打ちを所望しておきながら、この所業である。親の顔が見てみたい。


 見る必要のない親を無視して、初撃を高周波コンバットナイフで受ける。

 一応の切り札なので、高周波は発生させていない。本来のパフォーマンスから格段と落ちたナイフではあるものの、宇宙軍支給のそれは超硬金属製。この惑星の冶金技術では太刀打ちできない代物だ。


「くっ、なぜ折れない! オリハルコン製の剣だぞ!」


 必殺の一撃だったのだろう。それが通らないと知って、アルスは目に見えて狼狽えていた。


 オリハルコンがどういった金属か知らないけれど、科学が勝利したことだけは理解できた。ざまぁみろ!


 こちらも剣で攻撃する。


 帝国式の豪快な一撃ではなく、勝ちを取りに行く姑息こそくなスタイル。静かに腕を突き出して、アルスの首を狙う。


 動揺している隙を突いたつもりだけど、アルスはうまく逃げた。大袈裟に身体をひねり、後ろへ飛び退く。


 攻撃を受けとめ、隙を突くように攻める。後ろへ飛んで逃げられる。また攻撃を受けとめ攻める。同じように後ろへ飛び退き距離をとる。そんなやり取りがつづいた。


 すばしっこくヒットアンドウェイを繰り返すアルス。徐々に息があがってきている。

 このままいけばスタミナ切れで動けなくなるわね。

 ロウシェ伍長とサ・リュー大師のバトルを観戦しておいてよかった。


 しかし妙だ。息が上がってきているのに、アルスの表情は明るい。

 てっきり、こっちが優位だと思ったけど、ちがうようだ。


 お子様貴族は、唐突に薄気味悪い笑みを顔に貼りつけた。

 切り札があるらしい。


 だけど、所詮は子供。表情から切り札を隠し持っているのがバレているのだから……。


 はやく勝負を決めたい私は、こっそり魔法をつかった。無詠唱というやつだ。

 悟られぬように静かに、しかし確実に。


「風魔法か? いやちがうな。魔法なら攻撃を仕掛けてくる。尻軽女、何をした!」


 勘の鋭い子供だ。異変に気づいたらしい。

 だけど、真の目的まではバレていない。魔法を行使しつづける。


「そうやって負けたときの言い訳するのはやめてちょうだい。私は実力で戦っているんだから」


「なんだとッ! この卑怯者め!」


「卑怯なのはそっちでしょう! ベルーガの臣下でありがながら王に弓引く逆賊が、それも手薄になっているところを狙うなんて貴族の風上にも置けない恥知らず。それが何よ、偉そうに!」


「言わせておけばッ! 母上、この者を斬り殺してもよろしいですかッ!」


 マザコン坊やがクラレンスに向かって吠える。


「アルスの好きなようにおやりなさい!」


 いつもは饒舌じょうぜつなクラレンスは、ただ一言命じた。どうやら叛逆を企てたことに負い目があるらしい。養子に汚れ仕事をやらせるとは、見下げた母上様だ。


「母上のお許しが出た。もう手加減しないぞッ!」


 言うなり、アルスの足下に何が落ちる。

 ドンドンと何かが石畳を打ち鳴らす。音の正体は金属の塊だった。


 古代地球のスポ根アニメで見たことがある。身体に負荷をかけるトレーニング方法。宇宙軍でも採用している加重力トレーニング、その元となるやつだ。


 こんな未知の惑星でも根付いているとは……。


 アニメでは髪が金色に輝き恐ろしい強さを発揮していたが、あれは実在するのだろうか?

 架空のワンシーンではあるものの、思わず一歩下がってしまった。


「ふん、どうやらこれの恐ろしさを知っているようだな。だが、もう遅い! 母上と僕を侮辱ぶじょくしたこと呪いながら死ぬがいい!」


 アルスが床を滑るように飛んできた。いままでにない速度だ!


 ハサミのようにクロスさせた剣で首を狙ってくる。それもうっすらと光の灯った剣でだ。


 魔法剣だ!


 対する私も同じように、ハサミのような型で迎え撃った。


 激突する四本の刃。


 アデルからもらった剣が、半ばからポッキリ折れた。


 これヤバくない!


 心のなかで叫ぶ私に、AIが重ねてくる。

――ナノマシンの身体強化を越える強度です! あの光る剣からも極めて高いエネルギーを検知しました――


【ちょっ、それ、両方とも情報にないんだけど!】


――ええ、どちらも初見でしたので予測できませんでした――


 そういえば、魔法とか個人の武器なんて見向きもしなかった。だって私、戦うキャラじゃないし、宰相になって王妃になって、一騎打ちなんて考えてなかったし。


――マイマスター、非常に危機的状況です。指示を――


 あー、このパターン知ってる。AIでも解決できないときのセリフだぁ……。


 一瞬、じわっと涙が出た。


【サンプリングはすんだでしょう。次からは対応してちょうだい】


――…………確約はできません――


【なんでッ!】


――あと二回で、剣が完全に破壊されます――


【もう破壊されているじゃない!】


――根元まで破壊されます。三回目の攻撃は受けとめられません――

 サポートAIから死の宣告を受けた。


 攻撃を受けとめながら、代わりの剣を探す。


 舞台を準備するため押し退けた死体から剣をかっさらい、アルスの攻撃を受けとめるも。


 バキンッ!


 どれもこれも簡単に折れてしまう。


【ちょっとまってよ。この惑星の強キャラって、将軍とか元帥じゃなかったの!】


――原始的な惑星ゆえ、個人の身体的スペックが高いのでしょう。生存率を高めるため進化したものだと考えられます――


 いまはAIの蘊蓄うんちくに耳を傾けている場合ではない。

 私は必死に逃げながら剣を探した。


 四本目の剣を折られたところで、アルスに異変があらわれた。


 突如、足をもつれさせて転ぶ。


 アルスは変な顔をして足下へ目をやる。障害物どころか平坦な床。足をもつれさせたことに違和感を覚えたようだ。


「こレは……イったぃ…………?」


 生意気な子供は上手く発語できない。


 やっと効果が出てききたか。


 私が仕掛けた魔法は〈風撃エアジェット〉だ。モルガナから教わった並列なる技術でアルスの周囲に渦をつくるよう配置した。

 風の勢いが強いのは、アルスから離れた場所だけど。遠心分離を模したそれで、うずをつくりつづけたのだ。重い気体は外へと押し出され、軽い気体が中心部であるアルスにあつまる。効果を出すために、ある気体も発生させた。


「ナにをシたァ!」


 この惑星の大気成分は地球のそれと似通っている。実に七割が窒素で占められ、生命活動に必要な酸素などがつづく。

 そう、私はアルスの場所にだけ、を、緩やかにあつめた。


 当然、脳に行き渡るべき酸素の供給は滞り、そして……。

「ナ……にィ……を……」


 アルスは立ちあがることなく、無様に床に伏せた。目だけをぎょろぎょろと動かして、私の姿を追っている。


 その執念に敬意を払い、答えを教える。

「時間をかけてゆっくりと異物を吸わせただけよ。命に別状はないわ。だけど、すぐには動けないから」


「…………」


 最後に何か言いたそうだったけど、それを言う前に活動を停止した。

 弛緩した指が、敗北を告げるように剣を手放す。


 オリハルコン製だとうたっていたそれを、高周波コンバットナイフで切断した。


 脅威は去った。

 あとは賊の首魁――クラレンスを捕まえるだけ。


 問題の女侯爵へ目を向けると、同時に金切り声があがった。

「者ども、いまだ! 一斉に射かけよ!」


 こんな話は聞いていない! 卑怯にもほどがある!

 脳裏に、同じような目にあったお兄ちゃんの姿が思い浮かんだ。


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