第469話 まさかの強敵



 新手は一人の子供だった。


 目にかかる程度に伸ばした髪をハチワレに分けている可愛げの無い子供だ。


 ピカピカの鎧には嫌な紋章が刻まれている。蓮の花――マスハス家だ。


 そういえば、イスカが問題を起こしたとき言い訳してたっけ。優秀な養子に家督を継がせたかったとか……。それがこの子供か。


 そんなことを考えていると、相手が子供と侮ったのか近衛の一人が前に出た。


「待ちなさい。子供とはいえ、油断できない相手よ」


「ご安心を妃陛下、すぐに終わりますゆえ」

 そう言って騎士は子供に向かい合う。

「私の名はザック! 栄えある近衛第三騎士団の団長だ。貴公の名前を聞こう」


「アルス・マスハス! マスハス家の当主だ!」


 ん? 当主はクラレンスじゃなかったっけ?! だとすると、反乱はこの子の独断!


 混乱は一瞬で掻き消された。

 問題のクラレンスが出てきたからだ。


 鎧に身を包んだ女侯爵は、険しい顔をしていた。


 当然ね。推戴する王に弓を引いたのだから覚悟はしているはず。にこやかにあらわれる場ではないわ。


 クラレンスは私の姿を目に留めるなり、声高に言った。

「これはこれはエレナ妃陛下。随分と勇ましいお姿ですね」


 自分で仕掛けてきておきながら、吐く言葉じゃないでしょう。せめて腰を折って頭くらい下げなさいよ。

 イラッときたけど、貴族的な挨拶なので我慢した。お返しに言ってやる。

「そちらこそ、兵卒のような格好をして一体どちらへ?」


「ほほほほっ」

「ふふふふっ」


 嫌な笑い方をしたので、対抗した。しばらく戦場に不釣り合いな女の笑い声が流れた。


「妃陛下は寛大な御方だと耳にしております。どうでしょう、この際ですから自害なされては? マスハス家の名にかけて、名誉くらいはお守りしますよ」


「冗談ッ! 逆賊風情が貴族の誓いを口に出しても、誰も信じるわけないでしょう。目先の金に飛びつくような馬鹿じゃあるまいし」


 暗に、落ち目の革新派と手を組んだ王道派を小馬鹿にした。


 すると馬鹿はすぐさま言葉の意図の気づき、

「言わせておけばッ! アルス、この女を始末なさい」


「はい、母上!」


 お子様貴族のアルスが、左右の腰に吊した剣を抜く。短い二本の剣、いわゆる双剣。それをたくみに操って、強さを誇示している。連邦のナイフ術に似ている仕草だ。


 弱音を吐くようで嫌なんだけど、連邦のナイフ術は厄介だ。なんせちょこまかと逃げ回り、こちらが疲弊するのを待つ。一撃必殺を旨とする帝国剣術にとって、天敵ともいえる。


 相手をするのが面倒だなと思っていたら、先ほど名乗ったザックが剣を振った。

「小僧! 妃陛下の相手になろうなど十年早いわッ!」

 ザックは大喝するなり、斬りかかった。


 近衛騎士団の団長を務めるだけあって、ザックの一撃は冴えていた。

 鋭い風鳴り、目で追えるものの反応が間に合わない熟練者の剣速。


 切っ先がアルスを捉えたと思った瞬間、異変が生じた。

 ザックの剣が跳ねたのだ。


 見れば、アルスは剣の柄尻で、振り下ろされる刃を叩きあげている。


 熟練者のそれに追いつき、なおかつ器用に下から上へ叩きあげた。

 熟練者を上まわる達人。


 驚くのはそれだけではない。


「やるな小僧! しか…………」

 言い切る前に、ザックの喉元から鮮血が噴いた。どうっ、と雄々しい体躯が倒れる。


 鮮血に彩られた顔で、アルスはにこやかに言う。

「母上、近衛の騎士団長がこれでは、ベルーガもお先が知れていますね」


「そうね。だから綺麗なうちに終わらせてあげなさい」


「はいッ!」


 血に濡れた顔でアルスはわらう。


 サイコパスめいた親子の一幕にツッコミを入れたいけど、いまはそれどころではない。この流れだと次は私だ!

 本能が……いや、理性までもがこの子供に勝てないと訴えかけている。


 でも、王妃として活躍するって言った手前退けないし……。

 いつも傷だらけで返ってくるお兄ちゃんの気持ちが少しだけ理解できた。


 ツイてないにもほどがあるッ! 穴があったら飛び込みたい!


 卑怯だと思ったけど、AIに全力でサポートするよう命じた。だってそうでしょう! 新婚早々死ぬなんて絶対に嫌!


――マイマスター、サンプリング不足です。アルスなる人間の攻撃パターンが予測できません――


【いまの見たでしょう! 次の攻撃の可能性を示しなさい】


――…………――


【第七世代にできて、最新のあなたができないわけないでしょう!】


――データ量の蓄積が……――


【つべこべ言わずに、やれッ!】


 頼りないAIだ。こんなことなら、過去の実戦データが揃っている旧バージョンで我慢しておけば良かった。

 後悔してももう遅い。敵は待ってはくれないのだから。


 ゆっくりと歩いてくる化け物アルス


 私は、本能的に護身用の高周波コンバットナイフを抜いた。


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