第468話 玉座の攻防



 朝日がのぼる頃になって、敵に新たな動きが生まれた。


 近衛たちが疲弊ひへいする頃合いを見計らっていたのだろう。爛々らんらんと目を輝かせる騎士たちが玉座の間に乗り込んできた。


 セントリーが咆哮ほうこうをあげるも、奴らはひるまない。血走った目で玉座を見据えて突き進む。死体になっていく仲間のことなどお構いなしだ。

 なんらかのドラッグをキメているようだ。次は自分の番かも知れないのに、逃げるどころか立ち止まる気配もない。

 その死をも恐れぬ行進に、思わず身震いした。


【実際に目にしたことはないけど、これがカミカゼってやつね】


――敵のバイタルから、なんらかの薬物使用の痕跡がうかがえます。おそらく麻薬の類でしょう。テロリストがよくつかう手です――


【自爆テロ? あれは話し合いできない人コミュ障恣意しい行為だけど、カミカゼ特攻はちがうわ。戦術的な意味があるから】


――理屈はわかります。ですが、行き着く結果はどちらも似たようなものでは?――

 AIは遠回しに、この乱の失敗を示唆してくる。


 冷静に考えればAIの言う通りだ。たとえベルーガの王族を根絶やしにしても民が黙っていない。現に、マキナを撃退するべく民衆は立ちあがった。義勇兵だ。彼らはいまもマキナの非道に憤っている。だから、国土を回復しても義勇兵は瓦解がかいしない。


 この乱を起こした貴族たちは知っているのだろうか? この国を支えているのが名も知らぬ民衆だということを。そして貴族の不満は、民衆のそれとちがうことを。


 ああ、私としたことが失念していた。そういえば、帝国貴族にも今回のように先の見えない無能たちがいた。

 彼らは自身の奢侈しゃしを是としており、民衆の幸せを顧みない。結果、粛正された。守るべき民の手によって……。


 そのような愚かな過ちが、この惑星でも起こっている。こともあろうに自身らの推戴する王に弓引く形で。

 この乱が成功しても、その後は上手くいかないだろう。つまりは、その程度の浅い考えのもと動いている。


 しかし、この場を切り抜けねばベルーガに明日はない。


 みなが力をあわせて築き上げた希望は、脆弱ぜいじゃくで不安定だ。だからこそ、美しく輝いて見えるのだけど。

 愚かな貴族には、そのはかなくも美しい理想が見えていないらしい。


 いまさら、あれこれ考えても仕方ないので、私は目の前のことに専念した。

【被害はどのくらいになりそう?】


――勝ちは揺るぎませんが、不確定要素が多すぎます。それなりの被害は覚悟してください――


 頼もしいんだか、頼もしくないんだか……。まあいいでしょう。勝ちは確定した。あとはどのように勝つか、それだけだ。


 敵は温存していた兵力をここで投入してきた。だとすれば、この一波を凌げば勝利は目前。

 自律型セントリーガンの残弾はすでに百発を切っている。

 おまけの近衛の飛び道具も打ち止め間近だ。


 戦い詰めで、最後は白兵戦。考えるまでもなく敵味方に大勢の死者が出る。


 戦況はかなり悪い。

 本当に勝てるのかしら?


 AIの弾き出した結果は私たちの勝利とあるものの、頼るべき科学的根拠をこうも希薄に感じるとは……。


 弱音を吐きそうな自分に喝を入れて、私は敵と対峙した。


【M2、軍事アプリを立ち上げて、近接戦よ】


――了解しましたマイマスター!――


 一線を退いてはいるが、こういった事態を想定して軍事データやアプリは残してある。それが役に立った。

 ついでに身体強化と自己修復、痛覚遮断をAIに命じた。


 楽しい狩りの始まりだッ!


 腰に佩いた剣を引き抜き、近くにいる一人を斬り捨てた。


 アデルが用意してくれた剣は実に手に馴染む。女性用ながら切れ味は鋭く、軽い。

 試し斬りがすんだので、帝国式の剣術をお披露目した。


 何人か斬り捨てる。


 連邦のナイフ術のようなキレは無いが、帝国の誇る一撃必殺の剣術は爽快そうかいだ。大振りでぶちかますたびに、敵が倒れていく。この強キャラ感、気持ちいい!


 軽くウォーミングアップをすませると、近衛たちが私を追い越していった。

 なかなか勇敢な騎士たちではないか。


 優秀な部下に、手強い敵。勝てる戦いでありながら、潜んでいる危険は多い。待ち焦がれた、スリリングな火遊び。

 俄然がぜんやる気が湧いてきた!


 近衛に張り合うように前線へ走る。


「妃陛下、お下がりを。あとは我らが」


「陛下はベルーガの主として威厳を示した。次は王妃の番よ!」

 適当に口にした言葉だったけど、近衛には抜群の起爆剤になった。


「聞いたかおまえたちぃー! 妃陛下の名誉を傷つけるなぁーーーー!」

「「「おおぉーーーーッ!」」」


「妃陛下、ばんざーい!」

「エレナ妃陛下、万歳!」


 アドレナリンがバンバン出ているらしい。連戦でお疲れなはずなのに、近衛のみなさんはやる気盛り盛りになっている。いい機会だ。一気に片付けちゃいましょう!


 玉座の間を土足で穢した不届き者を叩き出す。


 やっとひと息つけると思ったら、新手があらわれた。


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