第457話 気晴らし
ロウシェ伍長と話をすると、なぜか美味しいものが欲しくなる。
中華料理=ロウシェ伍長という図式が無意識に刷り込まれているらしい。色気より食い気とは嘆かわしいことだ。
こういう心理的欲求は早期に解決するに限る。なんせ我慢はドカ食いの元。
そんなわけで厨房でクッキング。
助手は口の硬いエルウッド。
「妃陛下自ら調理なさるとは……。ラスティ殿下も料理がお好きなようですが、妃陛下もですか?」
「私のは単に気晴らし。才能豊かなお兄ちゃんのようにはいかないから、あなたに助手を頼んだのよ」
「左様でございますか。私はてっきり、妃陛下も殿下に負けず才能豊かだと思い込んでいました」
スレイド大尉の評判はいい。王城の人たちを手懐けているだけのことはある。
しかし、私の評価が大尉より低いのはいただけないわね。
大人げないけど本気を出すことにした。
とはいえ、私は欲望に素直なタイプだ。食べたい物をつくる。
帝国でポピュラーなジャンクフードだ。
フィッシュ&チップ、それにハンバーガー。甘ったるい炭酸ジュースも忘れてはいけない。
ジャンクフードといえばこれでしょう! 異論は各個撃破する!
せっかくなので大量につくることにした。
屋台で売られていたフィッシュ&チップスは豪快に揚げられている。それを
まずは芽を取り除いた大量の芋を皮も
「妃陛下、皮は剥かないんですか?」
「こういう料理よ」
「…………は、はぁ」
エルウッドが心配そうに見ている。
スレイド大尉は真面目だから料理の際はちゃんと皮を剥くらしい。変なところで律儀だ。
お次はフィッシュなんだけど、私、魚の
ちなみにベルーガでは魚は高級品。だからスレイド大尉の造った養殖池から魚を十匹ほど失敬した。血は繋がっていないけど妹である。これくらいは多めに見てくれるだろう。
エルウッドによって三枚におろされた白身魚に、まずは塩コショウとハーブで下味をつける。ちょっと贅沢にエールをつかった、小麦粉と玉子のプールを泳いでもらう。あとは高温の油へダイブ。
いい色に仕上がったら油から取り出して、芋を投入。
芋の仕上がりを待っている間に、ドリンクを用意する。ハンバーガーのパテを焼くのも忘れない。
定番の黒い炭酸飲料が欲しいところだけど、開発が進んでいない。なので初期段階の〝ラムネ〟を準備した。
スレイド大尉に無理を頼んで再現してもらった代物だ。
技術向上という名目でビー玉をつくってもらった。そこからガラス工芸の可能性や加工技術といった名目をグイグイねじ込んで、ラムネ瓶が再現されたわけだ。
言った者勝ちである。
残念なことに炭酸を封入する機械はまだ完成していない。なので、手動で仕上げる。魔法だ。
便利なので私もいくつか魔法を覚えた。
タバコを吸うのに重宝する〈
制御に慣れるまで時間はかかったけど、魔法って便利。
レモン果汁を加えたブドウ糖液の入った瓶の口に手の平を乗せる。
「〈風撃〉!」
魔法で炭酸を注入する。二酸化炭素をイメージするのがコツだ。
それを用意された瓶の数だけやって、〝ラムネ〟の完成。
それから芋の揚がり具合を見ながら、ハンバーガー用のバンズを温める。
結構、欲張った工程なのでエルウッドに手伝ってもらった。
「パテに火が通ったら、バンズに野菜を敷いて挟めばいいのですね」
「そうよ。トマトソースに刻んだオニオンとピクルスも忘れないでね。ソースとピクルスは多めで、ケチっちゃ駄目よ」
「畏まりました!」
ちょっと駆け足でしんどかったけど、なんとか完成にこぎ着けた。
さて、楽しい試食会の始まりだ!
「手伝いご苦労。あなたも食べていいわよ」
「ありがとうございます妃陛下!」
私の料理に興味があったらしく、礼もそこそこに一人分ずつに小分けしたトレイを手にとる。
いざ実食。
一番手はまだ湯気の立ちのぼるフィッシュ&チップス。火傷しないよう注意していただく。
良い油をつかっただけのことはある。熱々のフィッシュは油っぽくなくて、ちょい振りしたビネガーとの相性は抜群だ。強めに効かせた塩コショウがいい仕事をしている。
ざく切りチップスもホクホクで美味しい。
「ラスティ殿下のつくる揚げ芋はサクサクカリカリですが、こっちのホクホクしたのも美味しいですね。素朴ですが、芋本来の味を強く感じます」
「……お兄ちゃんのようにキッチリつくるのもいいけど、たまには楽してざっくりとね。料理にもメリハリは必要」
「妃陛下が仰られると、非常に
「政治も仕事も、張り詰めているだけだとパンクしちゃうわ。たまには息抜きも必要。これはそんな料理よ」
「なるほど、妃陛下の経験から来るお言葉でしたか」
エルウッドが感心して、頭を縦に振る。
お次は本命のハンバーガー。
スレイド大尉に開発を頼んでも、彼はジロウに首ったけ。なので仕方なく自分で開発を進めた。
といっても私が開発したのはトマトソースだけ。ベースがあったので、ちょこっと手を加えた。
本当はトローリ
ミニサイズのハンバーグにかぶりつく。
バンズのふわふわした食感とシャキシャキレタスがマッチしている。パテとトマトソースもバッチリだ。アクセントのピクルスがいい仕事をしている。
想像を超える完璧な仕上がりに、我ながら
ドヤ顔でエルウッドを見やると、彼は試食に夢中だった。
もしかして、スレイド大尉越えた?!
「調理方法はシンプルですが、どれもイケますね。キンキンに冷えたラガーが欲しくなる」
「同感ね。でもいまは日中。誰
「そうですね。軽率でした、不要な発言をお許しください」
「硬くならなくてもいいわよ。こっちこそ忌憚の無い意見をありがとう」
早めの昼食になったけど、アデルたちに振る舞うと大喜びされた。
口のまわりをソースで赤くした夫は、まだまだ子供の面影が残っている。
しかし、我が夫はなぜこうも可愛いのか……。
妹分といい、若い夫といい、〝閉じられた宇宙〟に放り出されたことなんて、どうでもよくなるほど幸せである。
この幸せを甘受するためにも、邪魔者を排除せねば……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます