第455話 予期せぬ叛乱



 私としたことが失敗した!

 クビにした買爵貴族――解任した元帥トポロ・アークを完全に見くびっていた!


 元帥の地位を取り上げて、それにりて大人しくしていると思っていたのに叛旗はんきひるがえしたのだ!

 形式だけの剥奪はくだつだ。後任の元帥がまだ決まっていないので兵権までは取りあげていなかった。更正のチャンスを残したのが、裏目に出た。


 まさか王都ではなく、第二王都で叛乱を起こされるとは! 私のミスだ。完全に見落としていた。

 早馬を飛ばしてきた伝令によると、トポロは私財をはたいて兵をあつめたらしく、四万からなる軍勢で北の第二王都を占拠しようとしているらしい。


 第二王都にはリッシュやミルマン、スレイド大尉が信頼を置いている部下たちもいるが、兵はそれほど置いていない。視察に出向いているカーラも率いている護衛は少数。在駐している兵をかきあつめても二万が限界だろう。なんせ、現地調達可能な兵をすでに奪われているのだから。


 頼みの綱である〝叡智の魔女〟も、大規模な争いには顔を出さないと言っていた。なんでも、大陸屈指の賢者には国家間の争いに加担してはいけない、暗黙のルールが存在するらしい。

 国内の諍いならば、ルール外なのではと聞いたことがある。そのとき、酷く面倒臭そうな顔で、「一度手を貸すとあれもこれもって流れになるのよねぇ」と愚痴っていたのを覚えている。


 ある意味、古代史に出てくる核兵器のようだ。持っているだけで相手を威嚇できる便利なアイテム。モルガナは、それに該当するのだろう。

 もっとも、あんな出鱈目な力を持った個人が戦場に出られては、この惑星の均衡が崩れる。同格の連中がまだ四人もいる。暗黙のルールもあって、無闇に切れない手札だ。


 そんなわけで、北にある第二王都の防衛は在駐している兵力とカーラ頼み。


 頭が痛い。


 敵が、寄せあつめの烏合の衆だとしても数が多すぎる。


 第二王都が担っていた、食糧生産と経済拠点は王都に移っている。制圧しても、そこまで大きな痛手にはならないだろう。隣国が介入できる場所でもないし、逃げる場所もない。叛乱を起こすなら東西南北の大都市だと思っていたのに。まさか安全と思われていた第二王都で叛乱を起こされるとは……。


 エスペランザ准将を向かわせたいけど、彼が軍事演習を行っている場所は南。早馬を走らせて異変を伝えても、第二王都に駆けつけるまでかなりの日数がかかる。

 マキナへの牽制にと演習地を南にしたのだが、こちらも裏目に出てしまった。


 北のカナベル元帥もだ。伝令の早馬を出しても途中で捕まる恐れがある。カナベル元帥が異変に気づくとしても、もう少し先だろう。


 王都の復興が終わったばかりだというのに大ピンチだ。


 急遽、玉座の間に群臣があつめられた。

 緊急会議の前にもかかわらず、駆けつけた臣下がアデルに問いかけてくる。


「如何しますか、アデル陛下?」


「まずは軍事演習に出向いている軍事顧問を呼び戻すのだ。その間に、王都の兵を第二王都へ向かわせる」


 南の訓練地、王都、北の第二王都。その三点間を南から北へ兵をスライドさせる形だ。

 現状、それ以外に打つ手はない。


 しかし、ここで問題が発生する。

「指揮官は誰にするのですか? 元帥はもとより、目立った将は王都におりません」


「経験が浅くてもよい、軍略に長けた者はおらぬのかッ!」


 王都の守りもある。有力な将帥を一人は手元に残しておきたい。現状、その将帥すら事欠く始末。

 頼むべき群臣たちは、思いもよらぬ出来事に右往左往するだけ。

 さすがの四卿も軍務卿を欠いているので、いつもの鋭い舌鋒を披露できずにいる。


 聡明なアデルも今回は黙りだ。名案が浮かばないらしい。

 当然のことである。彼は軍事の素人だ。王に求められるのは統治能力であって、前線で指揮する才能ではない。乱世であれば話は別だが、いまのベルーガが求めているのは優秀な統治者だ。

 だから軍事について一切教えていない。

 今回はそれが仇になった。


 時間があれば軍事についても教えよう。

 そのためにも現状を打破せねばならないのだが……。


 仕方ない、アレを出すか。


 まずは、やかましい群臣を黙らせることにした。


 士官学校時代を思い出し、腹に力をこめる。

「静まりなさい!」

 簡潔に一言。

 私の美声が玉座の間に響きわたる。


 あれほどうるさかった群臣が、水を打ったように静まり返った。


 久々に大声を出すので、うまく発声できるか不安だったけど、まずまずね。


 ううん、と喉の調子をととのえてから、演説を打つ。

「第二王都へ討伐隊を派遣します。討つべき敵は一人、王家に叛旗を翻したトポロ・アーク。現状、動かせる部隊は?」


 私の問いかけに、内務卿のベリーニが答える。

「王都に詰めている守備兵一万、予備役三万が投入可能です」


「では、予備役五千を残して、全軍を北へ。近衛は十分な訓練を積んでいます。各部隊に割り当てれば、練度の低い軍でも戦えるでしょう」


「王都の守りが手薄になりますが、よろしいのでしょうか」

 一度、アデルへ振り返る。


 聡明な若き王は察してくれたようだ。力強く頷き、つづきを言う。

「かまわぬ。賊軍を速やかに殲滅せよ。ボヤはちいさなうちに消すに限る」


「畏まりました。それで、討伐軍の指揮は?」

 一番の問題があがった。


「トベラ・マルロー伯爵を総大将に任命します。補佐はラスコーとアレク、ジェイク。亡きノルテ元帥の配下、陛下の期待に応えてくれるでしょう」


「それだけでは四万を超える軍勢を掌握しきれないのでは? 兵站や糧秣管理もございますぞ」


 財務卿のロギンズが口を挟んできた。四卿のお二人はなかなか演技がうまい。彼らの身内を起用しろと遠回しに催促しているように聞こえる。もしくは第二王都にいる子息の安否を考えて、万全を期したいのか……。

 その辺の詳しい事情はわからないけど、優秀な若手を加えることにした。


「各部隊を指揮する、総大将の手足となる将帥ね。それならすでに決まっているわ」

 四卿の身内を指名した。


 軍務卿の令息・令嬢に部隊を任せて、それ以外の令息・令嬢には兵站や糧秣の管理。

 トドメとばかりに宇宙軍の士官もおまけした。

「最後に、カレン・バルバロッサ。遊軍として騎兵隊の指揮を執りなさい」


「畏まりました。エレナ妃陛下のご意向に添えるよう尽力する次第にございます」


 意図せず王城の警備を弱めてしまったが、最強の手駒は残している。あの鬼教官さえいれば問題ないでしょう。


 とはいえ、近衛の大半を出したの手痛い誤算だ。

 北へ賊軍の討伐軍を出してから、王城の門を閉めた。


 敵対派閥にとって最大のチャンスだ。仕掛けてくるのなら、エスペランザ准将が戻るまでの間ね。

 憂国会という存在は気がかりだけど、こうなったらやるしかいない。


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