第454話 憂国会を識る者



 ブリジットは使節団の一員としてイデアへ出向中。

 不在なので、スシの作り方を知っているエルウッドに頼んで握ってもらった。


 スシを食べさせてやってからというもの、口やかましいホームレス老人――大学者ケレイル・カルスロップは従順になった。


 私に、ホームレスを飼う趣味はない。なので侍女に命じて身綺麗にさせた。

 こういうことに慣れているのか、侍女は介護職員顔負けの手際の良さで、頑固な老人の汚れを落としていく。


 あ、ちなみに頑固は、老人の性格と汚れの両方にかけているから。それくらい性格と全身が汚いのよね……。


 禿げ散らかしているから、いっそのこと全部刈ろうと思ったんだけど、髭と髪は思い入れが強いらしく駄目だった。まあ、さすがに伸びっぱなしの鼻毛は切ったけど。


 髪は男女問わず心の拠り所だ。スレイド大尉が戻ってきたら、増毛フリカケの開発を打診しよう。


 髪と髭を揃えて、学者らしい法衣を着せた。禿げ散らかした髪は頭のてっぺんで一つにまとめて、パイナップルのようだ。長く伸びた顎髭にはワンポイントの赤いリボンを結んである。お茶目のつもりだろうが、滑稽だ。


 こうして学者らしからぬ奇妙な生き物が誕生した。


「ンフフンッ! どうじゃ男前じゃろう」


 さっぱりしていただいたところで本題に入る。


「派閥争いなんだけど、目障りな連中をどうにかして片付けたいの。いい手は無いかしら?」


「自分の国じゃろう。自分でなんとかせい」


「そう、残念ねぇ。あいつらに好き放題にされたらブリジットは泣くでしょうね」


「なぜそうなる?」


「だってそうでしょう。王家から支援を受けていた……言い替えると、王家の手下ということになるわ。王家に叛旗を翻そうしている連中なんですもの、当然ブリジットにも被害が及ぶ。可哀想なブリジット。努力が実って、やっと幸せな家庭を築いたっていうのに……。ホント可哀想」


「…………小娘、食えん女だな」


「優しい上官だって部下から慕われているわ」


「どこがじゃ、この性悪女狐め」


「で、いい手は有るの、無いの?」


「あるにはある。しかし、ただでは教えん交換条件じゃ」


「何がお望みかしら」


「もっとスシを食わせろ。ワサビを利かせたな」


 なかなかいい趣味をしている。

 本来ならば、腹いせにシャリとワサビを逆転させたワサビズシをご馳走したいところだけど、こっちは教えてもらう側だ。我慢して、要望通りワサビを増やしただけのスシを振る舞った。


「むほっ、美味い! 美味い!」


 老人とは思えぬ健啖けんたんぶりふだ。身綺麗にする前に食べたのに、まだ食べる。


 上にぎり三人前を平らげると、ケレイルはシャリでペトペトになった指をめだした。


 餌は十分に与えた。今度は食後の運動だ。頭脳労働者のケレイルに質問を投げかける。

「で、派閥争いを収束させる手段は有るの、無いの?」


「おまえさんの描いた絵によるな」


「そうね。そのことはまだ話してなかったわね。単刀直入に言うわ…………」


 私の考えた未来像を説明しようとしたら、それよりも先に答えを言われた。

「ま、聞くまでもあるまい。王家主導の国家運営じゃろう。優秀な大貴族には発言力を残すが、国を乗っ取られないようにする。誰もが考える安直な手じゃ」


「…………」


「現状、対処すべきは王道派と革新派じゃろうて、ちがうか?」


「悔しいけど、その通りよ。で、どうすれば奴らを炙り出せるの?」


「大罪を働かせて処断か……あまり感心できんな」


 大学者と呼ばれるだけあって、頭の回転が速い。速すぎる。まさか、ここまで私の思惑を読まれているとは……。得がたい人材である。ケレイルを連れてきたとき、トベラが手柄を立てたみたいに興奮するはずだ。


「たしかに血生臭いことはよろしくないわね。でも必要なことよ。それに大規模な粛正は今回だけ、王家の威光を知らしめる……っての方便だけど、見せしめは必要よ。じゃないとアデルが下に見られるわ」


「そうではない。ワシが言いたいのは……」


 老人はガリをポリポリ食べながら、思案顔。閉じかかったまぶたの下で黒眼がせわしく動いているのがわかる。長考らしい。


 待たされるのは嫌いだけど、私はところかまわずピーキーわめき立てる女ではない。ケレイルが口を開くのを待つ。


 しばらくして、考えがまとまったのか、閉じかかっていた老人の目が見開かれる。

「いまの国王は若い。マキナとの戦いで活躍したのは誰もが知るところじゃ。しかし、貴族どもはそうは思わんじゃろう。政治と軍事は別じゃからな。厳格な王であることを知らしめるためにも粛正は避けられまい。だがのう、大規模となると問題じゃ、アレが動く」


「アレって? ほかにも敵対派閥が存在するの?」


「正確には敵対派閥ではない…………なんと言えばいいか。……そうじゃな、ベルーガに仇なす亡霊とでもしておこう」


 亡霊? 過去に滅ぼした国の遺臣団かしら? 私の知る限り、そんな歴史はないけど。きっと、この惑星的な言い回しね。


「その亡霊が何か?」


「騒ぎに乗じて何か仕掛けてくる。手強い相手じゃ」


「だったら、ちょうどいい機会だわ。敵対派閥もろとも叩き潰しましょう」


「それができんから手強いのじゃ。なんせその亡霊は数百年も昔から実在するからのう。しぶといぞ」


「魔族みたいな長命種ってやつ?」


「そこまではわからん。しかしこれだけは断言できる。その亡霊はベルーガ転覆を狙う秘密結社じゃ。という名のな」


 聞いたことのないワードが出てきた。


「その話、詳しく聞かせてくれる?」


「いいのか? 先にするべきは、王道派や革新派の対処ではないのか?」


 そう言って、老人は新たなスシを頼んだ。

 追加のスシが運ばれてくる。シメの一皿だ。

 ネタが大振りな赤身のためワサビの量が見えない。


 老人はシャリからネタを外した。

「お主がやっているのはこれだ。ワサビをリスクとしよう。お主は敵を動かすために、王城の近衛を動かした」

 とネタの上にワサビを載せる。


「相手の動きは見えない。もし相手が虎視眈々と機会を窺っていたら?」


 今度はシャリにワサビを載せる。ネタとシャリで、ワサビはかなりの量だ。


 最後に、ネタをシャリに載っけると、

「このとおり相手の動きは見えん。シャリに塗られたワサビみたいにな」


 ケレイルは、ワサビたっぷりのスシを頬張った。

「むほッ! 鼻にくるッ!」

 老人は鼻を摘まんだ。あのツンとくる辛さにそれほど耐性はないようだ。ワサビズシを振る舞わなくて良かった。


「甘く見ていると手痛いしっぺ返しを食らう。そう言いたいの?」


「そんなところじゃな。ま、派閥の馬鹿たれどもも、そろそろ動く頃じゃろう。あとひと揺すりで……」

 そこで老人はゲップをした。


「…………」


 言いたいことはわかる。だけど、動くにしても兆候ちょうこうがあるはず。そこで頭を押さえたい。しくじったとしても大丈夫なように優秀な手駒も王城に残している。対策はバッチリ……のはず。


 でも、こうも露骨に言われると、かえって気になってくるのよねぇ。

 ま、出たとこ勝負はいつものこと。いままで通り、落ち着いて対処すればいいわ。今回は入念に準備もしているし、悪いほうには転がらないでしょう。


「そっちはなんとかできる自信があるわ。だけど、その憂国会……数百年も前から存在しているのなら問題よね。間違いなく国家中枢に食い込んでいるでしょう。国政にタッチしているかは別として、少なくとも王城に入り込んでいるはず。早急に始末したいわ」


「目先のボヤより、遠くの火事か……どちらも捨て置けんが、遠くの大火に着目するとはな、意外じゃ。貪欲が過ぎると足下をすくわれるぞ」


「問題ないわ。私、貪欲どんよくじゃなくて我がままなだけだから、慎重よ」


「そうじゃといいがのう。ま、そのくらいでないとワシも張り合いがない」


 ケレイルから憂国会について教えてもらった。

 なんでも三代前の国王が決められる際に起こったお家騒動にも憂国会が関わっているという。


 そのお家騒動は廃嫡された太子の起こした乱で、それ自体は早急に鎮圧された。問題はこの後だ。叛逆の太子に与した貴族の一族郎党が処刑されたという。

 廃嫡されたとはいえ、原因は素行不良ではない。たまたま王の勘気かんきに触れただけ。完全な敗北ではない。玉座は遠のいてしまったが、一時的なものと廃嫡された太子を見限らなかった者もいただろう。そういった貴族たちは国家運営の要職に就いている者ばかり。それが太子に連座して一族郎党処刑されたのだ。

 次の国王に推されるだけあって優秀な太子だったそうで、供にも優秀な者が多く。乱の巻き添えを食らって処断された。太子をそそのかしたという理由で。


 国家の大事ゆえ、早急に処断したのだが、これが誤りだとケレイルは指摘する。


 珍妙な老学者が言うように、太子に連座する一連の者を処断したせいでベルーガの統治体制にヒビが入った。王族主導だった政治形態も変化していった。敵対派閥や王族の政治に不満を持つ貴族たちの台頭だ。


 意図的な悪意を感じる一連の流れ。


 当時の者たちも、太子の乱の陰にある存在に気づいていたようだが、真相はついに明かされることはなかった。

 そうして、憂国会の存在は歴史の闇に葬られた……。


「なんで、おじいちゃんが知っているの? 歴史の闇に葬られた過去なら知っている者はいないでしょう」


「学者じゃからのう。気になってしらべていたら、憂国会にいきついた。それだけのことじゃ」


「だったらなおさらおかしいわ。いままで表に出てこなかった秘密結社なら、なんでおじいちゃんは生きているの?」


「仲間が逃がしてくれたからのう。ま、その仲間も全員死んだが……」


 ケレイルは危機を感じて、浮浪者に身をやつしていたという。


「憂国会が手強い相手なのはわかったわ。でも三代前の国王が決まってからは大人しかったんでしょう。もう無くなったんじゃないの?」


「いや、いまも連中は闇で蠢いておる。その証拠にマキナの侵攻じゃ。聖王カウェンクスは謎の多い男じゃが、馬鹿ではない。それがあのようなことをしでかしたのだ。憂国会が絡んでいると見て、まず間違いないじゃろう」


 言うことが無くなったのだろう。老人は入れ歯を吐き出し、爪楊枝で掃除を始めた。

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