第453話 学者という名の珍妙な生き物



 敵に動きが無いので陰謀のシナリオを練り直していると、トベラがやって来た。


 可愛い妹分は、みすぼらしい老人を引き連れている。

 禿げ散らかしただらしない頭に、垢と脂でガッチガチの髭。元は白かったであろう服は灰色で、ところどころ染みがある。どこからどうみても浮浪者だ。


「トベラ、密偵でも捕まえたの?」


「いえ、ちがいます」


「だったらその老人は?」


「拾い物です。大物ですよ!」


 いつの間に浮浪者を飼うような娘になったのだろう。私の教育が間違っていたのだろうか? 本気で、自身のしでかしたことを悔やむ。


 老人に経緯を尋ねようとするも、可愛くない老人は入れ歯をニュッと口から突き出して、ねた動きを見せた。


 駄目だわ、言葉が出てこない……。


 困惑している間にも、トベラは続ける。

「閣下、ここに連れてきたるは名だたる大学者、ケレイル・カルスロップです」


 聞いたことのない名前だ。大学者という肩書きはすごいが、どこからどう見ても浮浪者だ。それに入れ歯を出し入れしている仕草は学者じゃなくて、ボケ老人じゃないのかしら……。


 そんなことを考えていると、老人はカポッ音ならして入れ歯を嵌めた。

「用がないのなら帰るぞ! ワシャあ、忙しいんじゃ」


「忙しいも何も、道端で寝ているだけでしょう」


「フンッ、これだから上の人間は……いいじゃろう。ワシがただの浮浪者でないことを教えてやろう!」


 それから老人は浮浪者とは思えぬ知識を披露してくれた。

 国政に関する不備についてだ。


「ベルーガは昔を取り戻しつつあるが、安泰と言えん。そもそも三分の二以下に落ち込んだ人口はいきなりは回復せん。国民は勝手に生えてくる草じゃないからのう。当然、軍隊も三分の二以下じゃ。そのことを知っている連中が、虎視眈々と攻め入る口実を探しておる。内乱でも起きようものなら、大義名分を得たりと攻め入ってくるじゃろう」


「たとえば、どの国が攻め入ってくるのかしら?」


「西にはハイエナのランズベリー、南西に狂ったマキナ、南東には欲の皮の突っ張ったザーナがいる。唯一まともなのは草原の脳天気どもじゃて」


 噂話をつなぎ合わせたにしては、的を得ている。


「大陸南部は?」


獣の森ワイルドフォレストの向こう、鉄国と緑国じゃな。あそこは獣の森が壁になっておるから当面は問題なかろう。が、緑国の台頭は阻止できんな。鉄国が滅びれば、次はベルーガに攻めてくる」


「戦争を起こしているのなら、緑国も無傷じゃないはずだけど。それに北へ攻めてくる理由がないわ。よければ、その根拠を教えてくれない?」


 やんわりと尋ねると、老人は目を輝かせた。素早く手の平を出してくる。


「人に頼み事をするのじゃ。それ相応の礼を寄越せ」


 奮発して大金貨を握らせたら、投げ返された。

「愚か者めッ! 大金をちらつかせる馬鹿がいるかッ! こういう場合の褒美は分相応に与えるべきじゃ! 下手に身の丈に合わぬ褒美を出すと、欲が出る。欲が出ると、つまらぬ情報を持ってくる。つまらぬ情報を鵜呑みにすると国の舵取りを誤る。わかったか、小娘ッ!」


 老人は気むずかしい。学者ともなるとなおさらだ。


 ……ツイてない。


「興が削がれた。ワシャあ、帰るぞ」


「ちょっと、そこまで話したんなら最後まで教えてくれてもいいじゃない」


「言ったはずじゃ。ワシァあ、忙しいと」


「どう忙しいのよ」


「路地裏の聖女様の炊き出しに並ばねばならん。あれの競争倍率は高いからのう」


「炊き出しならこっちでも出しているわ」


「わかっておらんのう。聖女様の炊き出しは一味ちがうんじゃ。ソースの染みたヤキソバ。ジジイでも噛み切れるお好み焼き。いつまでも噛み続けられるホルモン。思い出すだけでもよだれが出るわい」


 ……ん? 聞いたことのあるレパートリーだ。


「それってブリジットのやっている店のメニューよね」


「たわけがッ! 路地裏の聖女様を呼び捨てにするでないッ! クワァーッ!」

 老人が入れ歯を飛ばした。


 口から出ていったそれをいそいそと拾い、装着し直す。

「モガッ、モガッ……クポン。よしっ、まった」


 ……忙しい老人だ。


「ところでなんだけど。ブリジットと私の関係は知っているの?」


「知らん。スレイドとかいう若造と聖者様の関係は知っている。成り上がりの若造は聖女様の出資者じゃ。その上役であるお主に協力してやろうと思っておったが……拍子抜けじゃ」


「あらそう。ところで、スシは食べたの?」


 スシは宇宙でも、この惑星でも人気の食べ物だ。シャリやタレが秘伝のため、王都でスシが食べられるのはブリジットの店だけ。午前中に完売する人気商品なので、予約制になっている。入手が困難である新鮮なネタが切れても、チラシズシやイナリズシという手法で販売している。こちらも完売の商品だ。浮浪者の炊き出しにはまわってこないだろう。


「スシはまだ食べておらん。アレは高級らしいからのう」


「食べたくない? みんなから愛されるスシを!」


 老人の喉がゴクリと鳴った。


「そ、そのようなこと……できるのか…………。公明正大で、皆に平等な聖女様の店は完全予約制じゃぞ! いかな王族とはいえ無理は通らんはずじゃ!」


「可能よ。だって私、


 老人は無言で土下座した。


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