第452話 確認作業
暇つぶしではないけれど、これを機に気になっていることをしらべることにした。
教会のことについてだ。さいわいなことに教会事情に詳しいロレーヌ司教もいることだし、話しあいの時間を設けた。ついでに、王都奪還後、生き残った貴族から聞き取り調査をして調書をつくった者も呼んだ。
ロレーヌ司教とは何度か話をしているので、話しやすい。問題は調書をつくった者だが……。
先に到着したのはロレーヌ司教だった。
妙齢の女司教は執務室に入ると、軽く僧衣のスカート部を摘まみ上げ貴族風の挨拶をした。
教養ある人物だ。彼女の素性を知りたい。
「エレナ妃陛下、お呼びと聞いて参りました」
「もう一人来るから、ちょっと待ってて」
彼女に座るよう促して、侍女に飲み物を用意させる。
それから軽くお茶をしていると、調書をつくった貴族がやって来た。
紫髪紺眼のちょっと小柄な女の子だ。短い髪型――ショートボブで眼鏡をかけている。成人の儀式はすませているだろうが、まだ十代半ばくらいだろう。そんな感じがする。
真面目が服を着たような彼女は、無駄に背筋をピンと伸ばして直角に一礼。
「宮廷司書を務めているヘインシェル・リッペンドロップと申します!」
「貴族だって聞いているけど、アデル陛下から賜っている爵位は?」
「はっ、法子爵です!」
初めて聞く爵位だ。
気になったので、爵位について尋ねる。
「妃陛下、ご存じなかったのですか!」
「……え、ええ、私はこの大陸の人間じゃないから」
「そういえば、
再度、身体を直角に折ってから背筋をピンと伸ばす。
やりづらい。なんというか……肩が凝る。緊張がこっちにまで伝染しそうだ。
「爵位について、説明願えるかしら?」
「私でよけろしければ喜んでッ!」
嬉々とするヘインシェルは、小脇に抱えた資料をそのままで、爵位について説明してくれた。
法子爵は魔術の才能によって叙爵された貴族で、子爵と同等らしい。一応、数いる宮廷魔術師の上位に位置する。
さらに上の法伯は領地を持たない辺境伯と同等だという。こちらは肩書きのある宮廷魔術師だ。法子爵、法伯爵、辺境伯とも、政治的発言力は弱い。
ちなみに、騎士は騎士爵、準男爵、男爵、子爵と出世していき、魔術師は子爵と同列の法子爵から始まり、法伯爵と出世していくのが通例だと知る。
ほかに魔導遺産の管理を任された砲爵や城爵が存在し、それらはひとまとめに伯爵で統一されている。こちらの二つは、魔導遺産という国宝級の魔道具を任されているので、そこそこ政治的発言力はある。
家を出た貴族の次男や三男は大抵が宮廷伯という官僚になることも知った。
どうりで北の古都カヴァロにいたとき、まともな官僚がいなかったはずだ。国家運営の要ともいえる官僚が貴族の出涸らしなのだから。
世襲に関してだが、騎士爵、準男爵が一代限りの貴族で、男爵は二代まで、子爵は三代まで、伯爵は五代までとなっている。宮廷伯も一代貴族にあたる。永代貴族は侯爵から。
帝国とちがって爵位の数が多い分、任期を短くしてある。永代の世襲貴族が限定なので貴族が増えないようになっている。面白い試みだ。
ベルーガ貴族のプチ講義も終わったので、そろそろ本題に。
「二人を呼んだのはほかでもないわ。あることをしらべたいの。協力してくれる?」
一国の王妃からのお願いだ、断れるはずがない。それを知ってのお願いだったけど、二人とも上機嫌で承諾してくれた。
「微力ながら」
「喜んで!」
ヘインシェルのまとめた調書をたたき台に当時の状況を再現する。そして不明だった点について議論を交わした。
マキナ聖王国が王都で非道を働かなかった理由だ。
生き残った貴族たちから聞き取った調書に目を通す。
王都の外では邪教徒だの、神敵だのイチャモンをつけて臣民の家屋や田畑を破壊してまわっている。それが王都だけ被害が少ない。
その理由だけど、ある貴族はこう答えている。
「敵のダンケルク将軍が敬虔な星方教会の信徒だった」と。
本当にそれだけだろうか? だとしたら王城にいた多くの者たちは運が悪かったのだろうか?
王城に詰めていた騎士たちはすべてといってよいほど殺されている。殺されなかったベルーガの貴族たちも過酷な拷問を受けていた。
ちぐはぐな気がしてならない。
王都の民は生かしていたのだ。貴族も人質として残しておくのが妥当だと思う。それを拷問した。それもかなりの数を殺している。
王族の隠れている場所を吐かせるにしては、やり過ぎな気がした。首都を完全に掌握したのだ。時間をかけて探せばいい。それを急いだ……。なぜだろう?
「教会関係者の意見を聞きたいところね。ロレーヌいいかしら?」
「私見になりますが……」
ロレーヌ自身も、当時はいろいろあったので詳しい事情は知らないという。それでも思いつく、いくつかの要素を挙げてくれた。
「聖王カウェンクスの意向によるものが大きいと思われます。それにマキナを任されている枢機卿が関係してないとは言い切れません。教会にも派閥の問題もありますので。お恥ずかしい話、星方教会も一枚岩ではないのです。聖典を遵守する聖典派、主神スキーマ様こそ絶対と唱える主神派があります。主神派が裏で暗躍しているとなると……」
派閥については、確認されているのはこの二つだけ。同じ宗教なので権力者争いが表層化したものだと考えていたらちがった。聖典に記された教義に従う聖典派、主神スキーマそのものだけを崇める主神派と宗教の拠り所といえる教えが二つに分かれている。
聖典派は温厚で友好的だが、主神派は星方教会以外の宗教を敵と見なす物騒な連中らしい。いわゆる穏健派と過激派だ。
ほっとしたのは主神派が少数だということ。
平和を求める信徒たちが大多数を占めていると聞いて、安心した。破滅の星はそういった過激派の手先だと思ったが、これも勘違いだった。
星方教会内には聖典派や主神派以外にもさまざまな派閥がある。
派閥といっても、一〇〇人以下の同好会みたいなものだが、聞くだけ聞いてみた。
派閥の基本方針や考え方は、所属している者の立場や聖職者としての在り方である。要するに似たような境遇の者たちのあつまりだ。権力や目的で分かれているわけではないらしい。さしずめ、上に意見を訴えるためのあつまりと考えていいだろう。
過激一辺倒でないのはありがたいが、見分けがつきにくいのは難点だ。
ま、害にならない有象無象なので頭の片隅に留めておく程度にしよう。
問題は主神派だ。
コイツらは、しらべればしらべるほどおかしな点が出てくる。
基本方針が一致しない。
主神が唯一無二の絶対神であることは共通している。しかし、その教義――理屈がおかしい。
一神教には他宗派を受け入れない苛烈な一面がある。それは他者の信奉する神やその信徒に向けられるのだが、なぜか関係のない種族差別にまで繋がっている。魔族を排斥する動きはまだ理解できる。しかし、それ以外の人と異なる種族まで弾圧すると掲げているとは……。
……悪意を感じる。
何者かが、思想をねじ曲げているのだろう。そんな歪んだ悪意だ。
気になって主神派の主立ったメンバーを尋ねるも、ロウェナ枢機卿の名前しか出てこなかった。
これもおかしい。
仮にも主流の聖典派と引き合いに出される派閥だ。それなりに高い地位にある者が名を連ねていてもいいはず。それが枢機卿ただ一人とは。
「誰もが知る派閥よ。なんで教会の有力者が枢機卿だけなの?」
質問を口にすると、ロレーヌは違和感を顔に出した。
「枢機卿がおられるから派閥として成立しているのではないでしょうか?」
仮にそうだとしても、どうやって一人の人間が派閥をまとめあげているのだろう? 手先となる者たちがいるはずだ。教会に属していない在野の人だろうか? いや、無理がある。ほかの信徒が従うとは思えない。
逐次手紙で指示を出しているのでは、とロレーヌは言うけれど、現実的ではない。
私たちのように、ドローンで遠く離れ場所の情報を得られれば可能だが、この惑星にそのような技術は存在しない。よしんば魔法があったとしても、星方教会では魔法の使用を固く禁じている。
魔道具かと疑ってみたが、イデアには魔物が少なく、魔道具の電源である魔石は貴重だとか。
「魔道具の運用は現実的ではありませんね。伝書鳩では?」
そういう連絡方法もアリだろうけど、やはり効率が悪い。
一人の人間がどうやって派閥を操っているのだろう?
謎は深まるばかりだ。
憂国会という面倒な連中も頭を悩ませてくれるが、こちらの主神派もなかなかだ。
ベルーガの革新派や王道派が小物に思えてくる。
あれこれ思案していると、視界の端にそわそわしているヘインシェルが映った。
呼びつけておいて、放置はいただけないわね。
半ば空気扱いされているうら若い女性司書に声をかける。
「落ち着かないようだけど、用事でもあるの? 仕事が残っているとか?」
「あ、いえ、そういうわけではありません」
「じゃあ、なんで急にそわそわしだしたの? さっきまでは落ち着いていたのに」
思ったことを口にすると、ヘインシェルは露骨に視線を泳がせた。
頭はいいみたいだけど、交渉役には向かない娘ね。
「怒らないから教えてちょうだい」
優しい言葉を投げかけると、ヘインシェルはさらに指遊びを始めた。
視線を泳がせ指遊び、まるで叱られている学生みたいね。
気長に待つ。
「あのう、実は……」
ヘインシェルが言うには、〝叡智の魔女〟モルガナの講義を受けるための抽選会の時間が迫っているらしい。
今後とも呼び出すことがあるだろうから、便宜を図ることにした。
特例として講義を受けられる便宜だ。
公平を旨とするお兄ちゃんの奥さんだけど、なんとかなるでしょう。最悪の場合は、スレイド大尉を泣き落とせばいい。涙はタダだ。
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