第451話 定期メンテ
久しぶりに、
王城の外れにある人気の無い建屋に入る。
秘密の地下室へ通じる扉を開けて。目的の部屋まで降りる。
ZOCという出鱈目な人型兵器が収蔵されている部屋は、より巧妙に隠されている。
複雑な――といってもセキュリティ機能の無い仕掛けを無効化して、秘密の部屋へ。
生体パーツの交換回数を減らすため
一応の切り札である。掃除することにした。
ハタキで埃を払い、モップでゴシゴシしてやる。起動していないので石像みたいだが、肉の弾力はあった。
「ホント、血管に溶液を流して稼働するのに、それが血液じゃないなんて。どういう設計してるの?」
しらべてみてわかったのだが、ZOCもまた、私たちと同じように体内にナノマシンを飼っていた。
私たち宇宙軍のそれとちがって非効率なタイプだ。おまけに人体に対する作用が真逆だ。宇宙軍のナノマシンは人体を守り、ZOCのそれは人体を蝕む。
血肉や脂肪はもとより、皮膚や体毛までをもエネルギーとして吸収する。そうして人体でいうところの老化が進むのだ。それも劇的に。
だから定期的に生のパーツを交換しなければならない。ZOCが人間を襲う理由の一つだ。
この不気味な金属と人肉の塊の存在理由はそれだけはない。人間を排除するようプログラムされている。根拠は、太古に叛乱を起こしたAIと一緒だ。
人間がすべての元凶。だから宇宙を守るため人間を殲滅する。
宇宙史初期ならその理由にも納得がいく。しかし現在はテラフォーミング技術や資源が九九%再利用できる技術が進んでいる。緩やかにではあるが、宇宙の資源を食い尽くしていくだろう。しかし同時に、新たな資源を発見している。
それ以外にも見知らぬ異星人が滅びた惑星など、資源には数千兆年事欠かない。
ZOCの根拠にはちょっと無理がある気がした。
「そのうち新発見や新しい技術が確立されるでしょう。資源が目減りしない未来。ううん、もしかしたら資源を生み出せるようになっているかもしれないわね。そうしたら、あなたたちの掲げる人類殲滅は根底から覆される」
物言わぬ、死肉と金属でできたおぞましいペットに、腐敗防止の注射をする。
接続していたチェッカーツールを外して、数値を確認。
稼働状況に関しては問題ない。ハッキングして書き換えたプログラムにも異常は見当たらなかった。
「問題なし、メンテ終了っと」
秘密の地下倉庫から出て、幾重にも設けた錠前を施錠していく。
「施錠よ~しッ! お声がかかるまでご安全にぃ~」
ブラッドノアで働いていた民間の設備管理員の真似をして、地上へ戻った。
建屋を出たところで、カレン少佐が待ち構えていた。
そばにある樹木にもたれ掛かり、腕組みをして気難しい顔。
男装していた帝国の貴族令嬢は、その名残か中性的な短い髪型をしている。
しかし私は知っている。ウルフヘアーと女を意識した髪型であるとことを! いずれ婚活面の闇に落ちるだろう!
下らないことを考えているのが顔に出ていたのか、カレン少佐は眉をひそめた。
「私に何か用?」
「そろそろジャック・ダルダントンの捜索に着手したいのですが」
「もう少し待ちなさい。ドローンで周辺国を調査しているから」
「顔を変えていたらどうするんですか?」
「問題ないわ。骨格で識別するようにしているから。でもね、そもそもの問題、ジャック大尉の外部野の反応をキャッチしてないの。もしかして死んでるかも知れないわ」
「…………」
「復讐に血道を上げるのもいいけど、せっかく生き残れたんだから第二の人生を楽しみなさい」
「その第二の人生を楽しむためにも、アレを排除したいんですけど」
復讐を諦めろとは言わない。だけど、人生を有意義に生きて欲しい。
言葉にしても伝わらないだろう。これは自身で見つけなければならない答えだ。
「そうね。ベルーガを出るにしても、もうしばらく我慢して。この国の
「……膿を出し切るって何年先ですか?」
「一年もかからないわ。そうね、慎重に事を進めたとして最大一年ってとこかしら」
「…………」
ちゃんと期限を切ったから、カレン少佐も反論できないようだ。一年くらいなら辛抱できるでしょう。
「一年ですよ、一年。一年経ったら、この国を出ていきますから」
「出ていくときは挨拶くらいしてね」
「……顔くらいは出しますよ」
カレンも貴族だ。嘘はつかないでしょう。猪突猛進なところはあるけど、彼女の言葉を信用することにした。
「ありがとう。あなたを信用して待っているわ」
「……用件はすみましたので、これで。王城警護の任務に戻ります」
吐き捨てるように言うと、人づきあいが下手な貴族令嬢は足早に去っていった。
「素直じゃないわね」
ブラッドノアでの詳しい事情を知らないカレン少佐には悪いけど、ジャックが死んでいる可能性を示唆した。
あの男は、私の前にブラッドノアを出た。まず生きていると考えていいだろう。
脳になんらかの障害を負っているようだが、その知性は本物。現に帝国貴族を手にかけて降格したにもかかわらず、恐ろしい速さで大尉にまで這い上がってきた。狡猾な狂人だ。
そんな厄介な相手が仇なのだ。ストレートな性格のカレン少佐では荷が重い。
目に見えない思考戦のやり取りを教えてあげたいのだけど、私の言うことに聞く耳を持たない。困った娘だ。
ま、そういう頭脳戦はエスペランザ准将に教育を任せている。そこまで悪い結果にはならないでしょう。
問題は一年間でどれだけ成長するかだ。
こればっかりは私が手をまわしてもどうしようもない。本人が解決すべき問題だ。
「感情移入のし過ぎね。あの年頃は勢いでものを言うから、聞いていなかったとこにしましょう」
この一連のやり取りが、どうでもいい過去になってくれることを祈りつつ、私は執務室へ戻った。
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