第450話 ボディチェック



 スレイド大尉たちが王都を出てから、そろそろひと月が経とうとしている。

 正確には二五日だけど、王城の警備を弱めてからそれなりに経っている。そろそろ動きだす頃だと思い警戒しているのだが、目的の大物はまだ釣り上げていない。


 騒ぎはあった。しかし小物だ。王道派の馬鹿元帥が起こそうとしたボヤくらい。出火しても、バケツ一杯の水で消せるボヤだ。張り合いがない。


「カニンシンが自害したから、みんな萎縮しているのかしら?」


 答えのわからない問題ほどモヤモヤするものはない。


 タバコを吸う量が増える。自然と部屋にある灰皿に吸い殻の山ができる。魔族の都プルガートから消煙用の魔道具を取り寄せているとはいえ限度がある。フィルターを交換していないので部屋もだいつヤニ臭くなってきた。

 スレイド家の侍女も険しい顔をしていることだし、換気することにしましょう。


「窓を開けてちょうだい。それと交換用のフィルターも用意して」


「吸い殻は如何いたしましょう」


「捨てておいて」


「かしこまりました」


 劣悪環境が改善されると知るや、侍女は表情をほころばせた。


 服の匂いを嗅ぐ。ヤニ臭い。

 着替えついで、シャワーを浴びることにした。

 あまりヤニ臭いと、アデルに嫌な顔されそうだし。麗しの若奥様は清潔でなくちゃね。


 王族専用の浴場ではなく、寝室へ向かう。王族専用の浴場のほうが近いが、あそこは面倒だ。侍女たちがやたらと世話を焼いてくる。

 まるで幼児を湯船に入れるように、髪の毛から爪先まで洗われるのは大人として恥ずかしい。それも、洗い終えるまで堂々と全裸で立っていないといけないのだから、精神的にキツいものがある。

 だから寝室にあるシャワーをつかうことにした。


 どうせ衣装合わせに隣室にあるウォーキングクローゼットに入るのだ。遠回りにはならない。


 寝室へ向かう。


 途中、近衛の騎士と挨拶を交わして、寝室に入る。

 嗅ぎ慣れた匂いを嗅ぐ。夫と私だけの部屋の匂いに心が落ち着く。


 天蓋付きの豪奢なベッドが鎮座した部屋は実に地球の面積単位でいうところの百畳。部屋というとよりちょっとした運動スペースだ。

 愛を育むベッドだけで十畳近くあり、それ以外にもロッキングチェア、長椅子、寝室に欲しくない文机にトレーニング器具と物は多い。それ以外にも屋内なのにハンモックやブランコがある。これだけゴチャゴチャと物があるのに、部屋が広いせいで手狭感がない。さすがは国王の寝室というべきか……。


 バブリーどころか現実かと疑ってしまう部屋を見てから、併設されている脱衣所へ。


 パパッと裸になって、日課となったボディラインのチェックをする。


 まずは鏡に映った身体を採点。

 髪留めを外して、髪をおろす。するとどうだ。誰これ! って思ってしまう美人が鏡に映った。


 しばしの間を置いて、自分だと気づく。


 日課となりつつある、鏡に映る美人との邂逅を済ませると、お次はボディチェック。

 顔は男性の好みによるだろうから置いておいて、バスト! 鏡に映る私の胸は、まあまあの大きさだ。この惑星基準だとギリ上の部類。ティーレ並みかしら? カーラには劣るけど美しさは負けていない!


 バストは見た目だけで安心してはいけない。慢心は駄目、これ大切ッ!

 胸を下から持ち上げる。存在感を主張する確かな重みッ! 張り、ツヤ、弾力、手触りともに申し分ない。


 二の腕にも隙は無い。今日も絶好調である!


 次は腰のくびれ。これに関しては絶大の自信がある。AIによる食事制限と糖質制限、隠れてコソコソダイエット。そういった努力を怠らずつづけてきた。

 努力はむくわれるものである! だから余裕の満点!


 ヒップは……大きすぎるといろいろと問題が発生するのでほどほど。


 脚線美に関しては、どんな男でも魅了する自信がある。


 以上の結果から、ボディラインは満点。本日もノルマ達成だ。


 ちなみにマスト要因ともいえる体重計は無い。スレイド大尉が体重計を再現してくれたけど、ティーレたちに悪しき文明と破壊された。

 その件に関しては同意だが、あれは乙女の慢心を戒める必須アイテムだ。憎っくき乙女の敵であると同時に、数少ない正直なアドバイザーでもある。悔しいが、アレ無しにはボディラインの維持は不可能だろう。

 忌々しい存在だけど、いずれは導入する予定だ。ブタる前に……。


 シャワールームに入る。


 スレイド大尉作の魔道具タイプの給湯器は便利で、すぐに熱々のお湯が出てきた。

「ふん、ふふ~ん♪」


 タバコの臭いを洗い落として、浴室を出る。


 身体に纏わりついている雫をタオルで拭き取ると、シメであるコーヒー牛乳をガブ飲みした。こちらもスレイド製の瓶入りだ。

 もちろん、コーヒー牛乳を飲むときは宇宙古代史から連綿と受け継がれている正統派スタイル。腰に手を当てる飲むスタイルだ。鏡に映る、下半身の筋毛のラインを目視点検しながら……。


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